芥川龍之介の作品の中でも気軽に読むことができるものだと思う。それ故に論文に書くほど研究対象になる作品ではないのかもしれない。この作品に関する論文を見つけることができなかったのだ。しかし、この作品は芥川が自殺する2年前に発表されている。この作品に主として描かれていた人物が自殺していることから、この時期には既に、芥川龍之介の頭の中には自殺という考えが、意識的ではないにしても、浮かんでいたのではないかということが伺える。
萩野半之丞の人柄や、この小説の最後などは、人間の愚かでありながらも面白い部分を表していると思った。 小説の途中で、半之丞が夢中になった女性であるお松の話が入るのだが、それは猫嫌いなお上が原因で、お松が自分の飼っている烏猫を川の中へ放り込んで殺してしまったという内容である。この事件のあと、お上が「まるで猫のように」、職場中の女性の顔をひっかいたというおちがつく。おそらく、お上が烏猫に呪われてしまったということを表しているのだと考えられる。始めはなぜこの話をわざわざ書いたのか疑問に思ったが、読み進めていくと、半之丞が自殺した場所も、お松が飼っていた烏猫を放り込んだ川と同じ川であったことから、実は半之丞の自殺と烏猫の死にも、関連性があるのではないかと考えた。しかし、最初に述べたように、この作品はそこまで重々しい内容ではないから、そう見せかけているだけなのかもしれないとも考えられる。些細な内容だと言っても、作者はあの「羅生門」を書いた、芥川龍之介であるからだ。
芥川龍之介が発表した作品は非常に高尚なものばかりであるが、この作品のように、おかしみがあり、軽々しさを感じられる内容でも、意味深長であるかのように見せることのできるのが、芥川龍之介の文章力・表現力であるということを実感した。