牛肉と馬鈴薯 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想 : 7
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  • 貧しくとも理想を追い求める生活か、堅実にお金を稼いで豊かな暮らしをするか。この問いは選択肢が増えた現代において私たちの間でよく議論される問題であろう。しかし、この問いに悩んでいたのは、どうやら私たちだけではないらしい。国木田独歩の『牛肉と馬鈴薯』は、この問題について明治時代の紳士たちが語り合うという物語である。あらすじはこうだ。
    ある年の冬、芝区桜田本郷町にある明治倶楽部という洋館の2階に6人の男たちが集まってそれぞれの人生観につい議論していた。そこに、岡本という人物が訪ねてくる。その後、上村という人物の「理想と実際は一致しない。実際はビフテキのようなものである。理想に従えば馬鈴薯ばかり食わなければいけないどころかそれすら食えないことがある」という言葉を皮切りに理想主義を馬鈴薯、現実主義を牛肉として話を進めていく。馬鈴薯は牛肉の付属物であるという上村、主義ではなく好きで牛肉を食っているという近藤。ただ、岡本は牛肉でも馬鈴薯でもない。彼は習慣から逃れて驚きたいという不思議な願いについて語る。この作品は、理想と現実という現代でも身近な問題から最終的には不思議な宇宙を驚きたい、死の秘密ではなく死そのものに驚きたいという一見最初の問題と関係のない問題で締めくくられる。しかし、これらは『人生』という大きなテーマでつながっている。この問題はあまりなじみがないように思えるが実はとても身近なものではないだろうか。昔はどんなに小さなことにでも心を動かされていたのに、大人になった今では何を見ても感動を感じない。そんなことを感じる人は多いのではないだろうか。岡本が言いたいのはこういうことだと私が思う。この作品は理想と現実のどちらがいいか答えを示すものではなく、人生というものを考える作品である。明治時代から変わらない人生の在り方に悩む人間の様子をぜひ一度見てみてほしい。

  • 実質、再読。現実主義か理想主義かという話。
     昔は理想を掲げて追い求めてたけど、若いうちだったしねェ~と馬鈴薯党を掲げていた人たちに、「いや、おまいら馬鈴薯党って言えばかっこいいと思って、言ってただけじゃねえの」て言う近藤の言葉が刺さる。貧は幸なりみたいなこと澄ました顔で言って、本心思ってないだろみたいな。よく言った。
     前に読んだときは、岡本の驚きたいという願いの意味が分からなかったけど、今回再読して驚きたいというよりかは、亡くした恋人と出会い、過ごした時間と同じように新鮮な感情を持った生活を過ごしたいってことなんじゃないかなと。だから、最後にみんなで「あははは~」と笑っていながらも、近藤には哀しそうに見えたんじゃないかな。

  • この話は、理想の人生についての論議だ。

    まずは、「牛肉党」と「馬鈴薯党」の対立が出てくる。
    牛肉党は現実(世俗)主義路線。滋養あるビフテキを食って、俗世間を楽しく生きたい。
    馬鈴薯党は理想主義路線。じゃがいもさえ食えればよい。自然のなかで清く正しく生きたい。

    ここに集った紳士たちは、若かりし頃は馬鈴薯党員であったが、いまは牛肉党に鞍替えしている。じゃがいも生活など、実際にはできやしないのだから、世間で働いてビフテキを食ったほうがよい人生なのだ、と言う。

    しかし、中には満足できない人もいる。第三極の「驚愕党」があるのだ。驚愕党は、現実主義か理想主義かの対立を超えた立場にいる。ビフテキを食う生活に、本当の満足はありえない。なぜならそこは、「私とは何か」という根本問題を忘れ去った慣習の世界だからだ、と言う。牛肉か馬鈴薯かという議論はそもそもナンセンスである。自分というものがはっきりとしていている生活、言い換えれば、自発的な感情(=驚愕)によっていきいきとした生活をできればよいのだ。

  • この作品からは、理想と現実の対比の他に北海道への作者の憧れが込められていると考えられる。

     物語は芝区桜田本郷町にあった明治倶楽部という組織に岡本という人物が訪れる場面から始まる。
     その後、上村という北海道炭鉱会社の社員である上村という男の
    「例えてみればそんなものなんで、理想に従えば芋ばかし喰っていなきゃアならない。ことによると馬鈴薯も食えないことになる。諸君は牛肉と馬鈴薯とどっちが可い?」
    という言葉から、現実主義によった「牛肉党」と理想主義によった「馬鈴薯党」についての議論が行われる。
    それぞれが意見を出し合い議論が白熱していく中、岡本がある女性との恋の顛末について話し始める。そしてその恋人であった女性の死を通して彼の抱いた
    「宇宙の不思議を知りたいという願ではなく、不思議なる宇宙を驚きたいという願」
    という想いについて語り終えたところでこの物語もまた幕を閉じる。

    まず、この物語では「牛肉党」=現実主義、「馬鈴薯党」=理想主義というだけでなく、牛肉は東京を馬鈴薯は北海道を表す記号としても使われている。そして、東京よりも自由な北海道に飛び立つべきであるという考えも読み取れる。
    実際に作者である国木田独歩も自然主義者であり、自然豊かな北海道の地に憧れを持っていたという。東京の病院長の娘と恋に落ちた際に2人で北海道に渡って新生活を立ち上げる決意を固めたという話もある。しかし、彼がその理想を現実のものにすることは叶わなかった。このことから、この物語の主役とも言える岡本に独歩は自分の経験を重ね合わせていたのではないだろうか。

     次に、この物語に出てきた「牛肉党」と「馬鈴薯党」についての現代ではどのような議論が行われるだろうか。
     今の時代ではこの『牛肉と馬鈴薯』が書かれた当時よりも馬鈴薯党いわゆる理想主義的な考えもまかり通ることが容易になったのではないだろうか。
     しかしその一方で、今のご時世そう理想ばかりを掲げてもいられない、現実を見なければやっていけないのもまた事実である。そういった面で言えば明治期も現代もそこのバランスは変わっていないのではないだろうか。
     物語内での議論の中で上村が言った
    「理想は則ち実際の附属物なんだ! 馬鈴薯も全まるきり無いと困る、しかし馬鈴薯ばかりじゃア全く閉口する!」
    という言葉は一番バランスの取れた安定した意見なのではなのかもしれない。

    自分は馬鈴薯党と牛肉党のどちらであるか、はたまたどちらの党にも属さない新しい考え方を持っているのか考えさせられると同時に作者の強い北海道への熱が伝わってくる作品である。

  •  明治倶楽部なる社交クラブに岡本誠夫なる文筆家が竹内という男を訪ねて来るところから物語は始まる。
     こういう社交クラブというのはよく分からないのですが、ヴェルヌ『八十日間世界一周』でフィリアス・フォッグが通っていたようなところでしょうか。今の時代に似たような場所はあるのでしょうか。
     それはともかく、明治倶楽部には竹内をはじめ6人の先客がいました。この岡本なる文筆家は結構著名のようで、皆さん遠慮しているというか、一目置いているように見えます。
     北海道炭鉱会社の社員の上村さんが
    「お書きになった物は常に拝見していますので……今後御懇意に……」
    というほどです。
     しかし岡本さんはどういう分野の文章を書いておられるのでしょうか。
     純文学の分野ならこんな場所に来るほど儲からないだろうし、いい暮らしをしているらしい実業家の上村さんが常に拝見するというと、経済関係や政論関係のジャンルでしょうか?それとも大衆文学・今でいうエンタメ関係でしょうか?
     それはともかく、筆の力でこういう場所に出入りできる身分になったとは成功者と言っていい身分です。

      
     国木田独歩の作品は今まで何篇か読みましたが、誰かからの伝聞や書き手の回想という文体が多かったのですが、本作品は三人称文体です。
     内容としては、「少年の悲哀」「春の鳥」といったものから本作品のように立身出世した人々が社交クラブで語る作品まで、幅が広いですね。

     
     それで本作品では牛肉と馬鈴薯に代表される人生観について議論が交わされ、中でも岡本の語りがメインとなります。
     この岡本の語り、前半は岡本の恋愛体験に関する興味深いものですが、それによって得た岡本の人生観を語る後半はよく分かりません。
     人間、同じような経験をしてもそこから考えることは色々あるということを表しているようです。
     自分が岡本のような経験をした場合、牛肉と馬鈴薯についてどのような人生観を持つか考えるのも一興かと。

     
     ところで、岡本が訪ねて来た竹内という男の描写が少ないのはどういうことだろう。
     本作品は三人称で描かれているようでありながら、実は竹内が描写していたということなのでしょうか。そこら辺、叙述トリックのミステリーに使えないでしょうか。
       http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20170724/p1

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