外科室 [青空文庫]

  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想・レビュー・書評

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  • 文語体で語られる短編小説。上と下に分かれている作りで、語り手は医学士の友人を持つ画師の「私」の視点で物語は進んでいく。メインとなる登場人物は重い病を抱えている貴船伯爵夫人と夫人の手術を担当する高峰医師の2人。物語は画師である「私」は友人の高峰医師の手術を見学することになったところから始まる。夫人の病は胸の下を切り開かなければならないので麻酔を使おうとすると、夫人は暴れないから麻酔を使わないでやってくれと必死に言う。なぜ麻酔を使うのを拒否するのかを聞いてみると、麻酔を使うと眠っている間に譫言を言ってしまうから、自分には人に言えない秘密があるから絶対に使わないでくれと夫人は言った。夫人と看護師は麻酔のことで言い争っているが、一刻を争う病状なので高峰医師は麻酔なしで手術を行うと言って夫人の胸の下にメスを入れていく。夫人は足の指一本動かさず痛みに耐え手術が進んでいく。しかし手術が佳境になるといきなり夫人は跳ね起きてメスを握る高峰医師の右腕に取り縋った。医師が「痛みますか」と問うと「いいえ、あなただから、あなただから」と夫人は答える。しかし次の瞬間「でも、あなたは、あなたは私を知りますまい!」と夫人は言って、医師の右腕に自分の手を添え自分の胸の下をメスで深く掻き切って息絶えてしまう。高峰医師は真っ青になりながらも「忘れません」と言い、上が終わる。下は9年前、小石川にある植物園を高峰と「私」が歩いている場面から始まる。そこで2人とすれ違った着飾った見物客一行の1人に貴船伯爵夫人がいた。「私」は「見たか」と高峰に尋ねると何も言わずに頷くのみ。そして最後に青山の墓地と谷中の墓地、場所は違えど貴船伯爵夫人と高峰医師は同じ日に亡くなったという文章で下は締めくくられる。
    この作品は実は高峰医師と貴船伯爵夫人はお互いがお互いに一瞬で一目惚れし、お互いがその想いを心に秘めて9年後に手術室で再会し、同日に息絶えるという現実ではありえないような、仄暗いけれどロマンチックなところが見どころだ。この作品は明治時代の日本が舞台で、江戸から明治になる際に「士農工商」の身分制度が撤廃されたと言えどまだ身分の差は埋められず、自由に恋愛することは難しい。しかも貴族の娘と医学士という身分の差では堂々と会うこともできなかったのではないかと思う。文語体で書かれていてとっつきにくさを感じるが短編でさくっと読めるのと、美しい文章と切ない内容がとてもマッチしている作品なので是非読んでみてほしいと思う。

  • 秘めた愛ってやつですか。
    その精神力はどこから湧くんですか。
    全体の幸福のために耐えるわけでもあるまいに。

  • 『外科室』は観念小説である。観念小説とは、「作家が時代社会、世相などから触発された観念をその作品中で明白に打ち出している小説。」とある。『外科室』における観念とは何か、考察したい。本文中の最後に、「語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。」とある。泉鏡花の作品には仏教に関するものが登場する。ここでの宗教は仏教であると考えられる。また、罪悪とは自殺のことなのではないかと考えた。手術を受ける貴船伯爵夫人と執刀医高峰の自殺の背景にあったものは、二人の間に叶わぬ恋があったことである。なぜ二人は結ばれなかったのか、それは近代という時代の中で、女性が結婚をしない、または、離婚をするということが容易ではない、また女性は家にとらわれ続けるという点にあるのではないかと考えた。同年の作品、樋口一葉『十三夜』では、離婚を決意した女性が、実家で父親に離婚を許されず、そのまま自分の嫁いだ家へ帰るという作品もあることから、そのように考えた。『外科室』には、近代の歪な男女の関係に触発された、泉鏡花の恋にまつわる観念が現れているのではないだろうか。
    このように、短く、読みやすい中にも、考察しがいのある要素が多く盛り込まれていて、なにを批評しているのか、時代背景や作者のバックグラウンドを調べてみたくなるなど、読了後も楽しませてくれる作品である。また、読了後も楽しませてくれるという点では、その世界観やセリフの美しさに浸れるということもある。貴船伯爵夫人の麻酔を巡るやり取りや、手術開始後の貴船伯爵夫人と高峰の間に流れる耽美な雰囲気によって引き込まれた私は、高峰の「忘れません」までに、ささやかな違和を感じ、作者泉鏡花に少し突き放されたような感覚を覚えた。そのまま読み進めると、貴船伯爵夫人の衝撃的なのに儚さを感じさせる最期を目の当たりにし、さきほどの突き放された感覚と立て続けに、この世を去っていった夫人が遠のく感覚がした。

  • この作品の著者である泉鏡花(いずみきょうか)は明治6年に生まれ明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家である。彼と同年代頃に活躍した作家には、樋口一葉や与謝野晶子、石川啄木などがいる。彼の代表作は、本作の、『外科室』の他に『夜行巡査』等がある。彼の独特の文体は川端康成、三島由紀夫らに影響を与えたと言われている。
    この物語は上と下の2つにより構成されている。物語の主人公は外科医の高峰という男だ。
    上では、著者が高峰の勤務している病院で、高峰が執刀するとある貴婦人の手術に立ち会った時の出来事が綴られている。貴婦人は最初手術をすることを拒んだ。しかし、一刻を争うと説明すると麻酔をされて眠りについている際に重大な秘密を明かしてしまうかもしれないから、麻酔なしで手術をしてくれと頼み、麻酔なしで手術が行われた。しかし、術中、貴婦人は突然起き上がり自身の胸をメスで刺して死んでしまう。
    一方、下は上の出来事の9年前の物語であり高峰はまだ、医学生であった。舞台は上の病院とは所変わって、植物園で著者と女性について話している。

    明治後期から昭和初期にかけて書かれたものということもあり、言葉遣いがとても独特で読みとりずらい部分が多く感じた。
    特に私は、秒と書いてセカンドと読ませているのには大きな疑問を抱いた。
    また、なぜ、上と下の話を逆に持ってこなかったのかも大きな疑問である。

  • 麻酔なしで手術とかありえんだろ(>д<*)とゾワゾワしながら読んだ。血なまぐさいはずの光景が、すごく静かで厳かな雰囲気で、最後には納得してしまいました。
    泉鏡花は初めて読んだのだけど、この文章、はまるなあ。

  • 悲しい。けれど、これは時代背景がよくわからないので。婦人が罪作りだなと思いました。それは二人の望む結末だったのかと。

  • 愛とは。

  • 明治、大正、昭和の戦前程までの
    日本人は、きりりと引き締まっている
    ところがあるので、それが文語体の
    世界と妙にマッチしていて、読んでいて、
    心地が良かった。
    伯爵夫人が麻酔なしで手術を願うシーンは、
    鬼気迫るものがあるが、その願いが、
    たった一度だけの青年医師との邂逅が
    もとだったとは、それも触れ合うことのない
    もので、ピュアも極まれりの感想を持った。

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著者プロフィール

(いずみ・きょうか)
1873年金沢市生まれ。1893年、「京都日出新聞」の「冠弥左衛門」連載でデビュー。主要な作品に、「義血侠血」(1894)、「夜行巡査」(1895)、「外科室」(1895)、「照葉狂言」(1896)、「高野聖」(1900)、「婦系図」(1907)、「歌行燈」(1910)、「天守物語」(1917)などがある。1939年没。近年の選集に、『泉鏡花集成』(ちくま文庫、全14巻、1995-1997)、『鏡花幻想譚』(河出書房新社、全4巻、1995)、『新編 泉鏡花集』(岩波書店、全10巻+別巻2、2003-2005)、『泉鏡花セレクション』(国書刊行会、全4巻、2019-2020)など、文庫に『外科室・天守物語』(新潮文庫、2023)、『高野聖・眉かくしの霊』、『日本橋』(ともに岩波文庫、2023)、『龍潭譚/白鬼女物語 鏡花怪異小品集』(平凡社ライブラリー、2023)などがある。

「2024年 『泉鏡花きのこ文学集成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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