夜行巡査 [青空文庫]

  • 青空文庫 (1999年9月10日発売)
  • 新字新仮名
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青空文庫 ・電子書籍

感想・レビュー・書評

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  • 泉鏡花の観念小説の代表作の一つである。観念小説とは作者が社会に対して感じた疑問や批判を作中で具現化させたものである。
    この作品の場合、最後に語り手が「ああはたして仁なりや」ということで主人公である八田巡査の行動が正しいものであったのかを問うことで観念小説として成り立っている。
    そしてその疑問は読み手である私たちにも問いかけている。
    八田巡査は真面目で規則のためなら慈悲すら与えない男である。貧しい老車夫を見苦しいと叱責したり、他人の軒先で寒さを凌いでいる親子を追い出したりするほどである。
    そんな規則、仕事に真面目な八田はあるとき、自身と恋人との仲を引き裂こうとする恋人の伯父が川で溺れてしまう。仕事だからと助けに行くが、泳げない八田は一緒に溺れてしまう。世間は八田の行為を仁のある人だと、評価した。しかし男を助ける行為は正しいかもしれないが、その行動は恋人にとっては正しいと判断できない行為でる。恋人が八田を引き留める際に八田自身、男のことを「殺したいほどの親父」と言っている。そんな男を恋人より優先する行為は果たして仁ある人の行動なのか。普段から規則と言い慈悲すらない男は、一回の行動で仁ある人間といていいのか。それらをよく考えさせられる内容になっている。
    規則を守ることは大切である。しかし規則に縛られ規則のために生きている八田の行動は仁と言えないのではないかと私は思った。
    ぜひ読む際は八田の行動を許せるのかどうか考えて読んでみてはどうだろうか。この作品の見方が変わってくるかもしれない。

  •  ある日の職務中、八田は、彼が恋をしているお香という名の女性と、その叔父が話している場面に偶然出くわす。酒に酔った叔父が、八田とお香を結婚させないのは、お香の亡き母親が叔父の弟に取られてしまった復讐のためだと溢すと、その言葉を聞いたお香は叔父の腕を振り払って逃げてしまう。叔父は、お香が川に身を投げて自殺すると思い込み、彼女を追いかけるが、そのとき酩酊状態だった叔父は、足元が狂ってそのまま川へと転がり落ちてしまう。その後すぐに駆け付けた八田は、叔父を見捨ててお香と一緒になるか、川に飛び入り叔父を助け、巡査の職務を全うするかどちらか一方の選択に迫られる。そしてこの小説は、『ああはたして仁なりや―』から始まる一文で締めくくられ、クライマックスを迎える。最後、八田はみずから下した決断を遂行したが、果たしてそれは本当に仁と呼べるものだったのだろうか、というのが、この話の一連の流れである。
     『夜行巡査』は、職務に忠実なあまり人間性が乏しい八田義延という巡査と、そんな彼に恋をするお香という女性の悲恋を描いた泉鏡花の短編小説である。また、この小説の中心人物となっている八田を通して、思いやりや愛などといった既成道徳通念に疑問を投げかけた観念的な作品でもある。普段から、老いぼれた貧しい車夫の身なりを見苦しいと批難したり、他人の家の軒下で寒さを凌いでいる母子を容赦なく追い出したりと、異常なほど職務を全うしていた八田が最後にとった行動を、読み手はどのように受け止め、評価するのだろうか。この物語の中に出てくる「仁」、すなわち、思いやりや愛とは、例えば老いぼれた貧しい老人に食べ物を恵んでやることだったり、軒下で寒さを凌ぐ母子を自分の家に入れて暖をとらせてやることだったりする。だから、規則に従い続け、常々彼がとっている行動を鑑みれば、最後の行動にさえ思いやりや愛は存在しなかったのかもしれない。しかし、八田も八田で、みずからが己に下した判断に躊躇する素振りを見せている。お香が八田に、叔父を見捨てて二人で一緒になろうと畳み掛けるなか、その言葉を即座に撥ねつけるかと思いきや、常に組織のもとに従順であり続けた八田の心にも、ちいさな葛藤が生まれている。だからこそこの本は、八田のように規則を重んじる人や、また一方で思いやりや愛を大切にする人にとって、「仁」という既成道徳通念を再認識するきっかけになるのではないだろうか。

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著者プロフィール

(いずみ・きょうか)
1873年金沢市生まれ。1893年、「京都日出新聞」の「冠弥左衛門」連載でデビュー。主要な作品に、「義血侠血」(1894)、「夜行巡査」(1895)、「外科室」(1895)、「照葉狂言」(1896)、「高野聖」(1900)、「婦系図」(1907)、「歌行燈」(1910)、「天守物語」(1917)などがある。1939年没。近年の選集に、『泉鏡花集成』(ちくま文庫、全14巻、1995-1997)、『鏡花幻想譚』(河出書房新社、全4巻、1995)、『新編 泉鏡花集』(岩波書店、全10巻+別巻2、2003-2005)、『泉鏡花セレクション』(国書刊行会、全4巻、2019-2020)など、文庫に『外科室・天守物語』(新潮文庫、2023)、『高野聖・眉かくしの霊』、『日本橋』(ともに岩波文庫、2023)、『龍潭譚/白鬼女物語 鏡花怪異小品集』(平凡社ライブラリー、2023)などがある。

「2024年 『泉鏡花きのこ文学集成』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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