押絵の奇蹟 [青空文庫]

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  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想 : 2
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  • なんと息の詰まる、孤独の絶望よ。
    描けぬもの・語れぬものが、もしも形を成したとき…
    語れぬはずの存在が、語れるものとしてこの世に現れ出てしまったとき…
    悲劇さえもよせつけない、どん詰まりの孤独が支配する生。
    これを単なる不義や近親相姦などと読んでは、このどん詰まりの孤独がわかるわけもない。ひとり誰にも言わず胸に秘めたまま死ねばいいはずの彼女が、なぜ「書いた」のか。深淵を覗き込んだ彼女がなぜ最期にことばにすがって手紙を書いたのか。秘密を抱えきれずつらいだなんてそんな甘ったれたものではない。やむに已まれず、彼女は書かねばならなかったのだ。下世話な三文小説だと思うのなら、その程度なんだろう。
    「わたし」という存在は、男女のしかるべき行為でこの世に産み落とされるのではない。たしかにこの肉体は受精卵の卵割により発生したものだ。だが、この肉体に「わたし」が宿されているというこの事実は誰のものでもない。ただそこにあるのだ。理由なんて、ない。
    それを夢野久作は虚構の中で語ろうとしてしまったのだ。しかも独白(モノローグ)という形で。さらにはもうひとりの「わたし」である、孤独な「わたし」に向けた手紙として。当然、輸入の学問に頼る人々にわかるわけもなかろうに。
    観念が形をなすということは目で見えるものではない。生きてそこに在るということでしか「知る」ことができない。だから、彼が描くこの物語もまた、観念がこの世に眼に見えるものとして産み堕とされてしまったら…という観念でしかない。そんな限界の中、彼は話し言葉による書簡形式をとったのだ。しかも、同じ観念に向けて差し出すという。
    さあ、書いたのは誰で、宛てられたのは誰なのか。

  • 「母親が配偶者以外の者を始終想っていれば、肉体関係を持たずとも、その者に似た容貌の子供が生まれる」という奇怪なものだった。
    はたして母親と半太夫は、不義密通を犯していたのか? それとも、互いを想うだけの純愛だったのか?(wikipedia)

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著者プロフィール

夢野久作
明治22 (1889)年1月4日福岡に生まれる。本名杉山泰道。幼名直樹。法号萠圓。父杉山茂丸は近代における政界の黒幕といわれた。旧制修猷館中学を卒業後、近衛歩兵連隊に入隊。慶応義塾大学に入学後、大正2(1913)年に中退。放浪生活ののちに出家し、僧侶となる。大正6(1917)年に還俗し、父の出資による農園を経営する傍ら執筆を開始。結婚し、喜多流の謡曲教授となる。大正8(1919)年に九州日報に入社、記者となる。大正15 (1926)年に「あやかしの鼓」を発表し作家活動を始める。昭和10(1935)年「ドグラ・マグラ」を出版。昭和11年(1936)3月11日逝去、享年47歳。

「2022年 『定本 夢野久作全集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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