創作人物の名前について [青空文庫]

  • 青空文庫 (2001年10月29日発売)
  • 新字新仮名
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青空文庫 ・電子書籍

感想・レビュー・書評

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  • これは文字通り「創作人物の名前について」を書いたエッセーのような作品である。彼は作品において重要なものはストーリーやキャラクターだけではなく、「そのキャラクターにあった名前を人物につけること」だと考えているようだ。彼が作品内に出した例を一部紹介すると、清子と松子では清子の方が病弱な印象がある。岩田と青柳だったら青柳の方が中性的な美少年であるような感じがする。江川蘭子なんて、なんとも良いところのご令嬢といった感じだ。昔からこのあたりの印象やイメージは変わっていないようで驚きだ。この本の中では、彼の名前に対する考え方や、名前を考える時にどんなことをしているか、名前をつける時に気をつけていることについて等々、とにかく「名前」について語っている作品である。
    メタ的視点から考えると、創作において実在し得る名前について著者はこのように記している。「田中という人物が唾棄すべき悪党であったり、林という美人が自動車に轢き潰されたり、中村という先生が八ツ切りにされたりしたら(中略)それ程でなくとも作者として一種の変テコな失礼を四方八方に働らいたような良心的な苛責を感ずる事になるのだからツイ遠慮したくなるのである。」
    あくまで作家は商売なのであって、読者や現実問題についても色々考えさせられる部分である。これについて調べてみると、実際にいろんな作家や漫画家もこの問題について考えていたようで、デスノートの夜神月(やがみらいと)やドラえもんのジャイ子等も同じような理由で名前を不自然なもの、または本名を公表しない形をとっていたようである。
    名前をつけるという行為は古代から現代まで続く世界の習慣である。日本では、その人の名前を呪いやまじないに使ったりと神秘的な力を秘めているという考えもある。名前をつける、という行為についてもっと色々な作家の考えを知りたいし、この習慣に関してはもっと芸術性を見出されるべきではないかと考えさせられた。

  • 西尾維新作品に出てくる人物の名前は、絶対にいねえよこんな名前が多くて、だがしかしすぐに名前を見ると思い出せる。
    やはり名は体を示すのか、しかし在り来たりが多いと読者も退屈するのは事実であって……。さじ加減が難しいんだなと他人事のように思ってしまうのであった。

  • 物書きあるある。

  • 確かに大変そうだ。。。

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著者プロフィール

1889(明治22)年〜1936(昭和11)年、福岡県福岡市生まれ。小説家。幼名は直樹。海若藍平、香倶土三鳥、杉山萠圓など複数の名義がある。祖父杉山三郎平の教育により弘道館記述義、四書五経、謡曲、仕舞を学ぶ。1915年、喜福寺にて出家し杉山泰道へ改名。1917年より雑誌『黒白』などにエッセイを寄稿しはじめる。1920年に九州日報社に入社。童話などを本紙に発表。1924年に一度退職するも、翌年に戻る。1926年に『新青年』で募集された懸賞に「あやかしの鼓」が二等で入選。文壇デビューを果たす。1929年『押絵の奇蹟』発表。1933年『氷の涯』発表。1935年『ドグラ・マグラ』が松柏館書店より刊行。1936年、脳溢血のため逝去。

「2025年 『怪夢 夢野久作 狂気ト理知ノ傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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