軍人の青年が映画女優に恋をした。叶わぬ恋と分かってはいるが恋慕の情抑え難く、青年は休みの度に彼女が出演する映画を観に出掛ける。想いは日毎に募って行き、青年は彼女の映画がかかっていない日には彼女の自宅へ出向くようになる。とはいえ直接訪ねるわけではなく、近くの公園からじっと窓を眺め続けるだけという、一見無害だが実は疑いようもないストーカー行為に没頭する。公園を通り掛る売笑婦にからかわれながらも、恋しい人の窓を眺め続けていたある日、女優の家の女中だという少女に声を掛けられる。『女優は青年がいつも公園にいることを知っていて、女中の誰かに恋をしている為なのだと思った、それで女中のうち一番可愛い自分が疑われ、身に覚えがないと否定したら、白を切ってあんな一途な思いを無碍にするなんてと怒りを買いクビになった』、と説明する少女。本当のところはうちのお嬢様が好きなのだろうと迫られた青年は、いや僕が好きなのはまさしく貴女ですよと口走り、少女はまあ嬉しいと受け入れて青年を自宅に招く。そこですれ違った伯母だという女性はいつかの売笑婦だった。青年は少女が女優の家の電話番号を知らないことを確かめ、何者なのかを理解する。一晩を過ごした後、幾ら払えばいいかと聞く青年に少女は、あなたを落とすことはみんなの間で賭けになっていたからお金は要らないと答える。それでも青年は少女に金を払い、部屋を後にする。その後、そういう出来事とは関係なく、青年は平穏に歳を取り結婚し、幸せに暮らしたっぽい、と終わる。
結構アイロニカルというかシニカルというか、深い話だと思うのだが、すごく短いページ数に収まっていて、卓抜した構成力にぐっと来る。いつの時代のどこの国なのかも分からない、夢の中の出来事のような、でも色や明るさ、温度まで想像出来る、不思議な印象。