勝負師 [青空文庫]

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  •  1949年に行われた、将棋の名人戦の観戦記。傑作。二年前の観戦記「将棋の鬼」では、蛋白な描写が目立ち、面白くなかったのだが、その反省を活かしてか、本作「勝負師」は将棋観戦記随一の名作と呼べるほど至上の出来であり、将棋のみならず、勝負の世界に生きる人々の貴重なドキュメントとなっている。

     坂口安吾は碁打で、将棋に関してはシロウトなのだが、その事自体は作中何度も明言している。しかし盤上の戦況を読み取れないことを逆手に取り、棋士の表情や場の雰囲気に全集中力を向けたことがこの観戦記を傑作に仕立て上げたのであろう。
     名人戦が始まり、中盤に差し掛かる頃、作者が久方ぶりにゼドリン(覚醒剤)を服用するのだが、その理由が、以下のように描かれている。
     『ほかの参観人は将棋の専門家、又は、好棋家で、棋譜をたのしむ人たちであるから、控室で指手を研究して愉んでゐるが、私は将棋はヘタクソだから、さうは、いかない。もつぱら対局者の対局態度を眺めてゐるのが専門で、だからこそ、ほかの見物人はみんな控室でワア〳〵やつてゐるが、私だけは盤側を離れたことがないのである。哀れな見物人である。指手の内容が分らないのに、二時間の長考にオツキアヒをしてゐるのだから、バカみたいなもので、ねむくなるのは当然だ』
     要するに、棋士の表情を一日中眺めるため、覚醒剤が必要だった、ということである。半ば狂気めいている試みだが、氏の観察力は恐るべきものであり、木村義雄、塚田正夫、升田幸三、大山康晴、土居市太郎といった歴々たる棋士たちの息づかいが聴こえそうなほどの卓越した描写が次々とならぶ。特に、氏の大山康晴に対する評価は妙妙たるもので、同じ8段の新進気鋭の棋士たちが揃うなか、棋譜が読めなくても、彼のちょっとした受け答えや身振りを観察した上で彼を『頭抜けたアクターであり、その底にひそむ勝負師の根性ははかり知れないものがあるやうである』と評している。この後から際立ち始める大山の輝かしい記録が、この坂口安吾の評価を寸分の狂いのないものであることを立証している。

     ただひとつ不満があるとすれば、彼ら勝負師の負けたときの態度、及びそれを気にする様についての氏の批評である。この批評の時だけ、氏の個人的な意見が飛び出すのだが、いわく、勝負に負けたら、体裁を気にせずに泣き崩れたって良い、という意見である。
     ここに描かれている勝負師たちは、盤上の勝負を生業としており、そして、ほとんどの勝負に勝ち続けた人たちである。つまり、膨大な敗者を目の前にしてきた人たちなのだ。その頂上決戦で、負けて泣き崩れたとすると、その下の膨大な敗者たちが救われないのは自明であって、これを考慮すれば、その態度を気にする事がいかに重要で、かつ尊いことであるかがわかる。少し滑稽に思うのも無理はないが、勝負師の世界においては、「勝つこと」が全てであり、それと同じく「負けること」も全てなのだ。
     
     とりあえず、観戦記録としてこれほど生き生きとしたものを読んだことが無い。

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著者プロフィール

(さかぐち・あんご)1906~1955
新潟県生まれ。東洋大学印度倫理学科卒。1931年、同人誌「言葉」に発表した「風博士」が牧野信一に絶賛され注目を集める。太平洋戦争中は執筆量が減るが、1946年に戦後の世相をシニカルに分析した評論「堕落論」と創作「白痴」を発表、“無頼派作家”として一躍時代の寵児となる。純文学だけでなく『不連続殺人事件』や『明治開化安吾捕物帖』などのミステリーも執筆。信長を近代合理主義者とする嚆矢となった『信長』、伝奇小説としても秀逸な「桜の森の満開の下」、「夜長姫と耳男」など時代・歴史小説の名作も少なくない。

「2022年 『小説集 徳川家康』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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