高瀬舟 [青空文庫]

  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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  • 晩春の夕暮れ、音もなく滑る高瀬舟。
    差し込む月明かり
    浮かぶ桜
    一夜の幻灯は
    ひとりの船頭とひとりの罪人

    伏線、描写、どれをとってみても、この物語世界は調和しているにもかかわらず、ものすごく独特で濁っている。
    高瀬舟に乗せられたひとりの罪人は、これまでの罪人とは大きく異なり、ともすれば異常とも見える者であった。冷たい、暗い夜ではなく、温かい、明るい夜。それでいて、見送る者は誰ひとりない、孤独な旅路。
    そんな罪人に心ひかれた船頭。無関心にただ業務をこなすこともできたはずである彼は、どういうわけか罪人に興味を持ってしまった。晴れやかな満ち足りた罪人と罪人でないはずなのに満ち足りない船頭。不協和音ゆえの協和音が船をすべらせるように物語を進める。
    語られる罪人の咎。有体に言えば嘱託殺人や安楽死の是非なのだろうが、どうもそんな気がしない。その部分を取り出して考えることはできるが、それならば、これほどまでの舞台を用意する必要はあったのか。この世界はそんな狭い世界ではないはずだ。
    語りによれば、身寄りのない兄弟が汗水たらして働くも弟は病気になり、治る見込みもなさそうなので死のうと思ったが死にきれず、兄が最期を与えてしまった、ということだ。それを受けて船頭はこれは殺しなのか救いなのか、と自問する。ここまで見ればこの語りを得るために、高瀬舟と異様な罪人は用意されたと見える。
    ところが、罪人のこの語りについて、船頭はこうも言っている。「よく条理が立っている。ほとんど条理が立ちすぎている」と。ここで語りに立ち返る。兄は自殺しそこなった弟に頼まれて、実際にとどめを刺した。この条理。奇妙ではないか。苦しんでいるひとがいるから殺して楽にしてやった。変だ。どうして殺せば苦しみから逃れられると言うのか。死んだことのない者が。
    さらに、この罪人の条理は奉行所などで語られるうちに形成されたのではと推察される。どうすれば殺したという端的事実が、あたかも条理のようになってしまうのか。ひとはどうしたって死ぬ。それが遅いか早いかにすぎない。だが、殺すということはそれを人為的に意図的に与える。現時点でしか起こりえない死ということを、未来に予定してしまう、それが殺し。どう考えたって条理になりえない殺しを、苦しみというものを重ねることで、あたかも条理に組み込んでいる。語りというものはそれを可能にしてしまう。殺したと言えば殺したことになるし、救ったと言えば救ったことになってしまう。
    船頭はこう自問すべきだった。「殺したからと言って、ひとは苦しみから救えるのだろうか」と。しかし、満ち足りない船頭はその問いをくっきりとリアルに描くことができなかった。この罪人は有罪なのか無罪なのかという価値判断に囚われてしまったため。そこで、船頭はお奉行様に聞いてみたかったのだ。ひとに問うてみたかったのだ。
    満ち足りている罪人は殺しという事実を条理として受け取り、満ち足りてしまったのだ。ところが、足りるを知らない船頭はその条理こそが腑に落ちないのだ。
    そう考えると罪人は果たして心晴れやかなのだろうか。この殺しということを条理として語り、信じ込まないとやってられないから、考えることをやめて盲信することにしたのではないだろうか。
    そんなふたりの間に落ちる重い沈黙。光のない、黒い水面。
    あえて語らせない、鴎外の精神性の高さよ。

  • 安楽死って何だろう?望んでもいないのに生かされるのは辛いんじゃないか。死ぬ権利とは。

  • 唯、足るを知る。
    その慎ましさは美しい。
    喜助の穏やかさは神々しいとも言える。

    足るを知らないことを知っただけでも、そこへ近付いたと信じて、わたしは渇望する。

  • 現代にも通ずる所があるのが何とも言えない。色々と難しい話でした。

  • こんな文学作品だったのか、と驚き。
    『自殺幇助(安楽死)は罪か?』がテーマのひとつであった。もうひとつは『足るを知る』ということであろうか。
    一つ目は重いテーマだ…。弟殺しが痛々しく、そして苦しく描かれている。
    二つ目は、喜助の穏やかさに表れている。庄兵衛が隔たりを感じるほど、喜助は出来た人なのだと感じる。
    こんな短い文章にこれらをあますことなく表現している森鴎外に脱帽です。

    と、思ったらこんなのもWikipediaに。なるほど。こういう見かたもできるのか。
    鴎外は同時に自作解説「高瀬舟縁起」を発表しており、これによって長らくテーマは「知足」か「安楽死」か、それとも両方かで揉めてきた。同様の混乱は「山椒大夫」と自作解説「歴史其儘と歴史離れ」との間にも生じていた。しかし、「山椒大夫」には工場法批判が潜められているという指摘から、鴎外の自作解説は検閲への目眩ましであろうとの見解も生まれた。すなわち「妻を好い身代の商人の家から向かへた」という設定は「十露盤(ソロバン)の桁」を変えれば日英同盟の寓喩であり、「知足」のテーマは対華21ヶ条要求への批判として浮上してくる。こうして「高瀬舟」は今、歴史に借景した明治の現代小説としての再評価へと向かいつつある。

  • 森鴎外の作品では一番好きです。面白いよ。5分あれば読めるから一般常識とかの勉強してる人は読んでおくのもいいかもしれない。

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著者プロフィール

森鷗外(1862~1922)
小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医。本名は森林太郎。明治中期から大正期にかけて活躍し、近代日本文学において、夏目漱石とともに双璧を成す。代表作は『舞姫』『雁』『阿部一族』など。『高瀬舟』は今も教科書で親しまれている後期の傑作で、そのテーマ性は現在に通じている。『最後の一句』『山椒大夫』も歴史に取材しながら、近代小説の相貌を持つ。

「2022年 『大活字本 高瀬舟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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