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感想・レビュー・書評
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『ダイアナの馬』の作者、牧野信一は明治29年(1896年)神奈川県足柄下郡小田原町緑町に生まれる。牧野の作風は、初め私小説的作風であったが、幻想的作風に転じていく。(日本人名大辞典による)この転換期の頃に書かれた、この作品は夢か現かわからない感覚をおぼえることができる作品となっている。特にこの作品の冒頭にある主人公三木の回想シーンは、幻想的作風がよく表れている。
この作品は昭和5年(1930年)「報知新聞」報知新聞社にて10月4日~15日の間に発行された、新聞連載小説である。この作品を書き始める前の昭和3年(1928年)、牧野は飲酒癖が昂じて、生活が窮乏し、神経衰弱も進んでいたため、故郷である小田原に戻っていた。郷里での生活、懐かしい山々や海の景色、そして、ギリシアとローマの古典などの耽読は、帰郷前後の牧野の作風に影響を及ぼした。そして、牧野が再び上京したのは、昭和5年(1930年)のころである。
この作品は、丁度牧野が再び上京してきたころの作品で、小田原で見てきた景色や、小田原の特産品である蜜柑が作中にみられる。特に、「明るい芝原の丘があった―魚の泳いでゐるのが手にとる如くうかゞへるすみ渡つた小川が流れてゐる―(中略)・・・・あの綺麗な蜜柑畑の丘へ昇つて行きながら、途中で振り返ると和やかな海原が池のやうに見降ろせる……。」は、牧野が帰郷で何を見てきたのかが分かる。また、上京したころの牧野は、幻想化された郷里を舞台として、「ギリシア牧野」といわれる、神話的物語を書いている。またこの作品の題名にあるダイアナはローマ神話の女神であるが、ギリシア神話の処女神アルテミスと同一視されている。このアルテミスの神話に、水浴するアルテミスの裸身を見たアクタイオンの話がある。作中には「ダイアナは、若者アクテオンが、その様子を眺めたのを、己れの処女性のために憤激のあまり甕の水を投げつけると、…」とある。
今回特にレビューで取り上げている、三木の回想シーンは、ある意味で言えば、牧野自身の回想ともいえるだろう。昭和4年9月19日に、小田原から鈴木十郎宛に送った手紙に、足柄上郡山田村の村長を車で送ったということが書かれている。その手紙に「昨べ夜半柏山の先の、川を渡り、畑を寄切る、丘を越えた山田といふ綺麗な村の村長を送つて、深夜のドライブを試みたが、その邊は僕の最も好む風景であることをこの春頃発見したのだよ。」とある。この景色は、冒頭の回想シーンに出てくる景色の描写に近似している。牧野は、小田原で見てきた景色を回想し、作品に落とし込むことで、夢と現の双方を混在化して、表現することができている。そして、その牧野の作風によって読者は、幻想的な感覚をおぼえ、作品に引き込まれてしまうのだろう。
参考文献
"牧野 信一", 日本近代文学大事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2024-06-29)
"まきの-しんいち【牧野信一】", 日本人名大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2024-06-29)
"ディアナ", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2024-06-29)
"アルテミス", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2024-06-30)
牧野信一著、河上徹太郎他編『牧野信一全集』(第3巻)人文書院、一九六二年
牧野信一『牧野信一全集』(第6巻)筑摩書房、二〇〇二‐二〇〇三年詳細をみるコメント0件をすべて表示