書物の倫理 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想 : 1
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  •  冒頭、「本の箱は捨ててしまう」と書かれていて、衝撃的だった。
     私なら箱やカバーどころか、オビや折り込み広告の類いまで大事に取っておきます。
     本は大事に扱うので、汚れるのも嫌なのです。
     よく、
    「何度も読むので本がボロボロになった」
    という言い回しがありますが、私なら何度読んでも綺麗なままです。
     それと同じように、以前、出久根達郎が、
    「辞書を使う時、カバーや函は捨ててしまうものだが」
    と書いていたのを読んで驚いたことがありました。
     私が高校時代に使っていた英語の辞書は、今でも箱やオビがついています。
    (ほとんど使ってないんだろうという突っ込みはなしだ)
           
     それはともかく、この三木清の文章は1933(昭和8)年4月のものだとか。
     当時から本を取り巻く環境は大きく変わりました。
     今では一般の書店で箱入りの本はほとんど見なくなり、電子書籍まで出ています。
     出版点数も多くなり、再読に値しない本も点数稼ぎのようにどんどん出版されています。
           
     しかし
    「本は道具と同じように使うべきものだ」
    「自分の文庫(本棚)にはにはその隅々に至るまで自分の息がかかっていなければならない(=活用しなければならない)」
           
    という意見は拝聴して実行しなくてはいけないでしょう。
     本を道具のように使いこなして活用したからこそ、三木清は哲学者として後世に業績と名を残すことができたのです。
     私などは本を大切にする愛書家なのですが、積ん読の傾向が大いにあります。
     本は大切に所持しているだけでは駄目で、活用しないと。
     それにはまず、いつも思うのですが、速読のマスターが必要です。
       http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20170202/p1

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著者プロフィール

明治三十(一八九七)年兵庫県生まれ。京都帝国大学で西田幾多郎、波多野精一、ハイデルベルク大学でリッケルト、マールブルク大学でハイデガーの教えを受ける。大正十五(一九二六)年三高講師を経て、昭和二(一九二七)年法政大学教授。翌年、羽仁五郎と「新興科学の旗のもとに」を発刊、同年の「唯物史観と現代の意識」は社会主義と哲学の結合について知識人に大きな影響を与えた。昭和五(一九三〇)年共産党に資金を提供した容疑で治安維持法違反で検挙、入獄中に教職を失い著作活動に入る。以後マルクス主義から一定の距離を保ち、実在主義と西田哲学への関心を示す。昭和十三(一九三八)年には近衛文麿のブレーンとして結成された昭和研究会に参加、体制内抵抗の道を摸索したが挫折。昭和二〇(一九四五)年三月、再度、治安維持法違反容疑で投獄、九月獄死。未完の遺稿に「親鸞」がある。主著に「パスカルに於ける人間の研究」「歴史哲学」「構想力の論理」(全二巻)「人生論ノート」のほか、「三木清全集」(全二〇巻、岩波書店)がある

「2022年 『三木清 戦間期時事論集 希望と相克』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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