感想・レビュー・書評
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先日のセンター試験の国語でちょっと話題になったそうで、未読だったこともあり、ダウンロードして読んでみた。
家族の正月用の着物を縫う女性の場面から始まる。正月用の着物だからそれなりに手をかけているものの、それを着るはずの兄は、「着物なんかで銀ブラができるかよ」と相手にしない。兄が単なるモダンボーイで趣味が合わないからというのではなく、自分がまったくあてにされていないことからくる屈託が、さりげなくもじわっと序盤で示される。
その屈託の末にとった彼女の行動が、当時の女子としてはかなり思い切った突飛なもので、「ええっ?」と思うものの、背景を知ると納得する。生活の中で心身ともに縮こまっていくことの耐えがたさを振り切るために、彼女が河原に飛び出す描写が弾むようでとても美しい。アメリカの原野で野性馬(だったと思う)を走らせる、安岡章太郎の『走れトマホーク』みたいな疾走感を思い出した。
女性のうっ屈と発散を描いたシリアスな短編とも取れるけれど、弟がお姉さんの「長風呂」をほとんど疑わなかったり、父母も「ひょっとして色恋沙汰?」といぶかるものの、詰問するでもなくあたふたし、ゆるっと探ろうとしているさまがなんだか可笑しい。探った末のその原因の示されかたもとてもスマートで、読んでいてもあざとさを感じない。親が娘の心情を理解したとはちょっといえないだろうとは思うけど、最後の二人のふるまいに、なんだか「いいお父さんとお母さんだなあ」と思ってしまった。
今の受験生の年代のかたが初見で読むと、時代の空気が読めなくて面食らうのだろうと思うけれど、意表をついた展開とストーリーテリングの緩急が見事で、あっという間に読んでしまった。「快走」というタイトルも、やっぱりこれしかないという感じで、ピタッとはまっている。出題者のかた、やるねえ。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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