刺青 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想 : 6
  • 青空文庫 ・電子書籍

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  • 江戸時代が舞台の作品である。この時代は美しいものが強者であり、醜いものは弱者であった。そのため美しくあろうと努めたものは、体に刺青を入れるようになった。作中では刺青のことを絵の具と表している。そんな時代に清吉という若い彫り物師がいた。清吉は刺青の名手であり、刺青会で評判が高いものの多くは清吉の作品であった。しかし清吉は誰にでも刺青を施すわけではなかった。清吉のおめがねにかなう者でないと刺青を彫ってもらえず、彫ってもらえたとしても構図や費用など自分で決める権利はなかった。また、清吉は彫っている最中に客が痛がるのを面白がるようなところがあり、いわゆるサディストであった。そんな彼には長年の夢があった。それは、絶世の美女に刺青を入れることであった。しかしそんな美女はなかなか現れなかった。そんな時清吉のもとに若い娘が訪ねてきた。その娘は若いがどこか色気があり清吉の理想の女性であった。清吉はそんな娘の悪女な本性を見抜き娘に麻酔をかけ勝手に巨大な女郎蜘蛛の刺青を彫った。清吉が刺青を彫り終わり女が目覚めたとき女は内面まで別人のようになっていた。刺青を入れることで仮面をかぶるのではなく、刺青を入れたことで女は仮面が取れたのだろうか。

  • 「いれずみ」ではなく、「しせい」と読むということを初めて知ることになった谷崎の処女作。短い文章の中に、倒錯性が凝縮されている。

  • 六つのストーリー別に簡単に述べた後、最後に全体の感想を書こうと思います。

    「少年」
    学校では目立たない信一は、ある金持ちの家の次子であり、家では姉や馬丁の子である仙吉をいじめて遊んでいた。「栄ちゃん」も、その仲間に加わって遊ぶようになるのだが、あるきっかけを機に姉と信一の立場が逆転する。マゾヒスティックな誘いは妖艶である。信一は次第に姉の前に屈していくのだった。

    「幇間」
    幇間の三平は、人に面白可笑しがられるのが大好きな性分であった。好いたおなごに言い寄ろうとするも笑いを取るネタにされてしまう。それでも彼は、「卑しいprofessionalな笑い方」をしてかれの性分を貫いた。その姿は、可笑しくもあり、悲しくもあった。

    「秘密」
    秘密に憧れ、隠居した主人公。ある時彼は、女装して外出することに快感を覚えるようになり、顔に塗りたくった化粧の下に隠れた秘密を密かに楽しむようになっていた。
    ある日、昔恋に落ちた女と出会すのだが、彼女の美しさは健在で名も所も知らない彼女は正に「夢の中の女」であった。そんな中、所を暴きたいという好奇心が抑えきれなくなってそれを実行してしまう。その瞬間、女の秘密は暴かれ「夢の中の女」ではなくなった。
    「秘密」は「秘密」であるからこそ魅惑的で美しい。しかし、「秘密」を暴くのは簡単で、それを見てしまった時、その美しさは幻と化す。
    彼は、「秘密」などという手ぬるい快楽には満足しなくなって、血だらけな歓楽を求めるようになった。

    「異端者の悲しみ」
    谷崎の懺悔の記だが、そこにも美しさは確かに存在する。
    友人の死、妹の死に軽薄な自分に罪悪感を抱き、それをうやむやにしてしまう悪夢。彼の文学はここから生まれ、生き続けているのだ。
    彼の見た美しさを、私も見たい。

    「二人の稚児」
    それほど仏に嫌われて居る女人が、どうして菩薩に似て居るのだろう。それほどの容貌の美しい女人が、どうして大蛇よりも恐ろしいのだろう。(229)

    寺で育った二人の稚児は、女というものを知らない。その未知の世界への好奇心は日々膨らむばかりで、千手丸はとうとう下界へ降りてしまう。
    浮世の愉しさを知った彼は、共に育った瑠璃光丸をその世界へ誘うが、瑠璃光丸は仏の教えを守り続けるのだった。
    浮世を知らなかった千手丸は、初めて目の当たりにした景色を、どう感じただろうか。
    二人の稚児の、果たしてどちらが本当に幸せだったのだろうか。

    「母を恋うる記」
    美しい日本語で描かれる幻想的な光景。あたかも目の前に存在するような景色が懐かしくもあった。そんな情景を夢の中で歩く、子供だった「私」も「今年で三十四歳になる」。「そうして母は一昨日の夏以来この世の人ではなくなっ」た。母を想う心と、母を思わせる光景とを、夢の中の世界で描いた秀作。

    シンプルなストーリーの中に、彼の独特の美的描写とマニアックさが見えた。
    特に、「秘密」が面白いと思った。主人公は秘密に快感を見出す人であり、秘密を探したり、作ったり、暴いたりしていた。そして他人から向けられる目を楽しみ、優越感を感じていた。ここから、主人公が秘密に快感を見出していることわかった。
    人は秘密というものに魅力を感じたりする。主人公はそれがさらにエスカレートした人なのだと感じた

  • 冒頭から「全て美しいものは強者であり、醜いものは弱者であった。」という言葉が強烈であった。主人公の刺青師である清吉は、自ら彫る人から刺青の構図までを決め、更にはその刺青をすることに苦しむ男の声に快感を覚えている様にとても猟奇趣味な人間であると感じた。また散々男の刺青を施しているのに対し、夢は美女に姿勢を施すことというのもなかなかである。そんな清吉は今までどんな女を見てもこの人だという女には出会えずにいたのにもかかわらず、平清の前を通りかかった際に見つけた女は足を見ただけで今まで求めてきたような女だと思い、翌年に出会った時にもそれに気が付いたということも、かなり奇妙な人である。それに伴い冒頭に述べた美しいものは強者という、その基準は決して容姿だけではないのだということを表しているとも感じた。
    また娘(清吉が惚れた女)に関しては、薬を与えられ眠っている間に勝手に姿勢を施されたにもかかわらず「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」と言ったその姿は一見すればこれから先もいろんな男たちをただ肥料としていく性分の女として見られるが、女の強さを描いているようにも感じられた。清吉も娘も、娘の背中に清吉の魂と生命を注ぎ込んだ女郎蜘蛛の刺青を彫り上げた瞬間お互いの性格がガラッと変わるのが非常に面白い。私は、女が痛みに耐えて色上げを終えた途端、打って変わって態度が大きくなりまるで別人のようになったところで思わずゾワっと来た。清吉も女も、1つの刺青だけでそんなに情緒が変わるものなのか、と不思議に思う部分もある一方、その一つの刺青にすべてを注ぎ込んでいるのだという熱い思いも伝わってくる。
    冒頭に述べたように「全て美しいものは強者であり、醜いものは弱者であった。」とあるだけにこの作品の1番伝えたい言葉はこれであると感じていたが、読んでいる途中、既に清吉が美女だと感じている女が苦しみながら刺青をされる側であることに違和感を感じることもあったが、最後のどんでん返しで清吉を圧倒する女の変わりっぷりにはきっと誰もが驚き、納得する場面であると思う。
    一度この作品を読んだだけでは若干理解が難しい部分があったが、読み返すことでなるほどと感じることが多くあった。また刺青ということで読んでいるうちに自分自身も作品の中に入り込み刺青を彫る、色上げをする痛さがひしひしと伝わってくるような感情移入をしてしまう作品だった。短編ではあるがとてもインパクトのある作品であり、この短い中にも谷崎の独特な世界観をよく表している作品といえると思う。

  • 美しい情景が浮かぶ。
    鏑木清方の刺青の絵を思い出す。

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著者プロフィール

谷崎潤一郎

明治十九年(一八八六)、東京日本橋に生まれる。旧制府立一中、第一高等学校を経て東京帝国大学国文科に入学するも、のち中退。明治四十三年、小山内薫らと第二次「新思潮」を創刊、「刺青」「麒麟」などを発表。「三田文学」誌上で永井荷風に激賞され、文壇的地位を確立した。『痴人の愛』『卍(まんじ)』『春琴抄』『細雪』『少将滋幹の母』『鍵』など、豊麗な官能美と陰翳ある古典美の世界を展開して常に文壇の最高峰を歩みつづけ、昭和四十年(一九六五)七月没。この間、『細雪』により毎日出版文化賞及び朝日文化賞を、『瘋癲老人日記』で毎日芸術大賞を、また昭和二十四年には、第八回文化勲章を受けた。昭和三十九年、日本人としてはじめて全米芸術院・米国文学芸術アカデミー名誉会員に選ばれた。

「2021年 『盲目物語 他三篇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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