人間椅子 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想 : 19
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  • 物語の主人公は外務省書記官の夫をもち、閨秀作家として名高い佳子。彼女には、見知らぬ崇拝者達から手紙が毎日のように届く。彼女は仕事にとりかかる前に、まずそれらに目を通す。最後に手に取ったものは、原稿で表題も署名もなく冒頭に「奥様」という言葉で始まっていた。読み進めると、どうやら差出人は男で椅子職人であるということ、貧乏で醜い容姿をもつということが分かった。
    男はある日、外国人が経営するホテルの椅子の制作を頼まれる。完成した椅子に座ったところあまりの出来の良さに、この椅子にどこまでもついていきたいという願いが芽生える。その願いを叶えるため椅子を改造し人間が入れるようにしてしまう。人間椅子となった彼は、座った人の肌触りによって個人を識別できるようになる。そうして座った人の肌触りから彼はとある外国人に恋をしたかのように思えたが、妙な物足りなさを感じていた。やはり同じ日本人でなければという思想に至る。そこにちょうど椅子の持ち主となっていた外国人の帰国が重なり、椅子は競売にかけられることとなる。男の望み通り買い手はとある日本人の官吏となる。といっても、普段椅子を使用するのはその官吏ではなくその妻である。その夫人と過ごす日々を重ねていくたびに彼は恋心を抱き始める。男の欲望は膨らみ夫人と直接話してみたくなる。その結果、男がとった行動は手紙を出すことだった。つまり、今手紙を読んでいる佳子に男は恋したのだ。
    「人間椅子」という作品はここまで読むと不気味で気持ち悪い後味の悪い物語であるといえる。実際にはこのあと佳子の元に一通の手紙が届く。結論からいってしまえば、送った原稿は創作ですという種明かしである。しかし、夫人が椅子を解体して事実確認をする描写がないので、本当に創作かもしれないし、現実かもしれないというオチだと私は思った。また、作者は創作と現実はこんなにも境界が曖昧であるというテーマをもち物語を描いたのではないかと感じた。

  • 「奥様、」

    ある日、作家の佳子のもとにこの一言から始まる分厚い封筒が届く。自分宛のものは全て読むことにしている彼女は、他の手紙などを読み終えた後にその封筒を開封した。その中身は佳子が予想した通り原稿用紙だったのだが、そこに書かれていた内容は極めて恐ろしく、気味の悪いものだった。

    その内容は、ある男の独白だった。椅子職人である彼が人生に空しさを感じるあまりに自身が製作した椅子の中に隠れることを思いつき、ホテルのロビーを経て、今佳子が座っている椅子こそ自身が隠れている椅子である、というのだ。その独白には妙な生々しさがあり、本当に彼は椅子に隠れたことがあるのではないかと思わせるに足るものだった。

    自分は醜い容貌の持ち主だと話す彼は、自身をやどかりに例えて「貝殻の代りに、椅子という隠家を持ち、海岸ではなくて、ホテルの中を、我物顔に、のさばり歩くのでございます。」と言う。丁寧な口調で自身の経験や考えを語る様子はねっとりとした気持ち悪さを感じさせる。その経験を「椅子の中の恋」と称した彼は「それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅の嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのではございますまいか。」と続ける。彼は椅子の皮越しに触れる人々の肉体にそれぞれの魅力を感じたという。そして佳子の家に辿り着いた彼は椅子の中の自分を意識してほしいと感じ、彼女が椅子を居心地よく感じるように尽力したと記す。佳子はそのあまりの気味悪さに部屋を飛び出してしまう。彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、見も知らぬ一人の男が入っていた。この可能性は、背中から冷水を浴びたような悪寒を感じさせた。しかし、女中によって直後に届けられた手紙にはあの内容は創作であるという内容が記されていたのだった。

    最後の別封の手紙により、それまでの内容が事実だったのか創作だったのかが曖昧になる所が、この作品の特徴である。この特徴は太宰治の『河童』にも似ている部分があるだろう。語り手がどのような性質を持っているのかによって読み手の感じ方が変わるのはとても面白いと感じた。仮にこの内容が創作であったとしても、最後の手紙を開封しなければ佳子にとっては原稿の内容は現実のままだったと考えると、語り口調の作品において、語り手がいかに重要なのかがうかがえると思った。

  • 江戸川乱歩の1925年に発表された短編小説「人間椅子」。

    題名からしてあまり想像したくはないシチュエーションであるが、想像通り背筋が凍るような気持ち悪さ、おぞましさが詰まった作品である。

    江戸川乱歩は数々の有名推理小説を世に送り出し続けた。その当時探偵小説は黎明期と呼ばれていたが、乱歩は本格的な探偵小説はもちろん今まで見られなかった男装・女装、グロテスクやサディズムなどのジャンルから他にはない唯一無二を確立し、幅広いファンを獲得した。

    ある男からの手紙という形式で物語が進んでいくため、読みやすくなっている。しかし、後半になっていくにつれて手紙を送られてきた奥様があたかも自分であるかのように感じる表現が使われているため、読み終わった後も薄気味悪い感じが残るというものだが、圧倒的な乱歩の表現力で描写されているこの作品はぜひ読んでみてほしい。

  • 本書は「椅子の中の恋」として、ある女性作家のもとに届いた手紙に書かれた、「椅子になった」男の体験談の話だ。読み進める度に非常にぞっとする気味の悪さ、自分に対して手紙を書かれているかのような気分を感じる。

    「奥様の方では、少しも御存じのない男から、突然、此様な無躾な御手紙を、差し上げます罪を、幾重にもお許し下さいませ…私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、世にも不思議な罪悪を、告白しようとしているのでございます。」という書き出しから始まる手紙には、その通り、とある椅子職人の男が、椅子の中に自分が這入ってみるという発想を思いつき、実行した自身の体験談がつらつらと語られている。

    椅子の中に人間がいる、といかにも奇妙な物語だが、気味が悪いのになぜか読んでしまう、人間のスリルを味わいたいというような本能をそそる一冊だ。この読み手に感じさせる気味の悪さには、作者・江戸川乱歩の文字の選択、感触の言語化などが非常に豊かに描かれている点にある。椅子の中で過ごす男の生活感、また椅子になった男の上に次々と座る人々の身体の写実、視覚を閉ざされた椅子の中でしか感じることのできない感覚が表されている。

    非現実的であるのに、どこか妙に現実的な写実が、読書後にも椅子を見るとしばらく人間を思い出してしまうような気持ちにさせる。

    椅子の中の恋という、ただ触覚と、聴覚と、そして僅かの嗅覚のみの恋という体験したことのないものの目線を、是非味わってみて欲しい。

  • 日に日に深刻化していく社会不安によって多くの日本国民がうちに虚無感を抱き、刹那的・享楽的な生活を求めるようになった20世紀の初期、この頃の代表的な文学作品に『人間椅子』という短編がある。

    ある日美しい女性小説家のもとに届いた原稿用紙に書かれた不思議な手紙。本文ではその手紙の内容がそのまま綴られ、まるで自分が女性作家となって送られたその不思議な手紙を読んでいるように感じてくる。手紙の内容は妙にリアリティがあり、終盤には思わず自分は短編小説を読んでいるだけということを忘れ本当に辺りを見回したくなるような読者も少なくはないだろう。これは完全に著者の思うつぼといえる。

    著者である江戸川乱歩は日本で最も有名な推理小説家と言ってもよいだろう。さすがは彼の作品と言うべきであろうか。この『人間椅子』は一般的にスリラー小説(エログロナンセンス)に分類されるのだが常人では思いつくことのないような、ぶっ飛んでる、とも言えるような独特な設定や、先ほど述べたように文字通り「引き込まれる」ような秀逸な文章、最後に残る謎と後味の悪さ、などなど多くのほかの作品とは一線を画した不思議な魅力がある。

  •  「奥様」こと佳子は書斎の椅子に座り、自分に届いた手紙を読んでいた。その中にあった一通の封書、原稿用紙に書かれた、手紙とも小説ともいえない文章に沿って、話は進む。

     自らの作った椅子の中に身を潜め、革を通して人間の肉と骨の感覚を、自身の体で覚えていく男の話。自分の上で若い女の体が踊る感覚に身悶えするさまは、なんというか、ちょっとアカンやつだ。例え方が悪いが、現実と幻想の境目を見失い、二次から三次に走ってしまった犯罪者のそれというか……とにかく、これにぴったりくる言葉があったら、是非とも教えていただきたい。
     そんなアカン快楽を覚えてしまった男の告白は、まさに「ぐんぐん先を読ませていく」もの。結末までの疾走感がたまらない。

     男が入っていた椅子は、やがて当初のホテルから、とある場所に移される。その行先は――「奥様、あなたは、無論、とっくに御悟りでございましょう。」

  • 8月夕方のブンゴウメールにて。
    この作品も、好きな乱歩作品です。
    孤独で醜い椅子職人の独白なのですが、偏執的な描写にうわぁと思っていたところにあの展開。やられます。
    再読でも面白かったです。

  • 本書は江戸川乱歩という有名な作家による「人間椅子」という作品である。話は閨秀作家として活躍している女性視点から始まる。自分宛に手紙がたくさん届くにもかかわらず一枚一枚読んでみることにする彼女は、その日もとある原稿用紙に手を付けていた。その原稿用紙は「奥様」という呼びかけの言葉から始まっていたが、いつものような手紙ではない不気味さを感じた。なんと差出人は椅子の中に入っていた男だというのだ。彼はひょんなことからここ数か月間にわたり彼女が愛用していた四つ足の肘掛け椅子の中に身を潜め、密かに彼女に対しての恋心を募らせていった。普段は女性に見向きもされない、醜い容貌の持ち主である男は椅子の中に入ることによって非日常な体験をし、日々募らせていた容姿に対してのやるせなさを発散していたのであろう。
    私自身江戸川乱歩の作品を一冊も知らなかったため本書が江戸川乱歩デビューの一作となったのだが、今回この人間椅子を読み自分がいま座っている椅子ももしかしたら中に人間が入っているのかもしれないという、読者をざわつかせるような書き方にとても魅力を感じた。本書が書かれている時代は現代とは違い、とても身分差があったことが本文から読み取れる。しかしこの格差があったからこそ、この男は椅子の中での生活に背徳感を感じながらもより高揚を覚え、出るに出られなくなってしまったように感じた。この男は外国人女性に対し高揚感を抱いていたが、話が進むにつれ日本人女性に座ってもらわないと満足できなくなっていることに気づく。そんな時、男に転機が訪れる。運のよいことに、外国人向けのホテルが営業方針を変える関係で、例の椅子は日本人に買い取られることになったのだ。実はこの買取先は閨秀作家である彼女で、話は冒頭につながる。彼は彼女に座ってくつろいでもらうだけでは物足りずにこの原稿を通して彼女に思いを伝えようとしたのだ。ここまで読み進めると、読者である私のみならず彼女は恐怖で足がすくんでしまった。
    最終的にこの原稿自体は男が作り出した物語で、作家である彼女に見てもらいたかっただけなのだが、最後まで予想がつかず、読み手を驚かすことができる江戸川乱歩の作品はとても刺激を受けた。私自身本を読むことを全くしないため、久しぶりに読書をしたのだが江戸川乱歩の作風はトリックを駆使した推理小説ということで自身にすごくあっていると感じた上、あまり読書になじみがない現代の若者でもするする読める長さ、わかりやすさ、面白さだと思った。本書をきっかけにして、様々な作品に触れていきたい。

  •  作家である佳子が日課として行っている、読者から送られてきた手紙を読むことから、特にその中の原稿用紙に書かれた手紙を読み始めるところから物語は始まる。
     その手紙は、自分の罪を告白したいという旨のものだった。しかし、手紙を書いた男の「私」が自分の犯した罪を告白するにあたって、自分の容姿が酷く醜いものであることや貧しい家の生まれでその日を生きていくのも苦労するような暮らしであることなど、全くその罪に関係のなさそうなことから細かに書かれていて、どんどん読み進めてしまう。その読みやすさから、本題である「私」の罪、なんとも気味の悪い罪が告白されても、遠くで起こっている自身には関係のないものだという感覚が、徐々に近づいてくることに気づかせないところが面白いポイントだろうと思う。
     また、後半部分の「いっそ読まないで、破り棄すてて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸きがかりなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。
    」からもわかるように、気づいたとしても離さないラインの絶妙な気味の悪さや、知らないほうが怖いという感覚を持たせるのが良かった。
     そして最後に、その気味の悪いものは気づいていなかっただけでずっと近くにあり、気づいたときにはもう手遅れなほどの距離にあるとわかった時の気持ち悪さは、手紙を宛てられた佳子というよりは読んでいる私たちのものになってしまっているような気がする。そう感じるのは最初と最後以外すべてが手紙形式で佳子の感情などがわからないからかもしれない。
     また、気味の悪さはその手紙によるものだけではなく、その後送られてきた同じ筆癖の手紙により、先の手紙が単なる物語であると告げられたことも大きい。先にその手紙のほうを読んでいれば物語として読むことができただろうが、あれほどまでに細かに書かれたものを読んでからだと疑わしく思える。それこそ、初めは自分と関係ないところでの気味の悪さだったから物語として楽しめる節もあった。そういう部分があるから物語だという言い分も捨てきれない。しかし後半あまりにも自分の事と思うほどの描写、官吏に椅子が買われたとか、書斎に置かれただとかは佳子が一度は本当の事と思わされるものだったから、後の手紙のほうが嘘なのではないかとも思う。
     長い最初の手紙が本当か、後から送られてきた手紙が本当か、どちらが本当の事なのかわからないところが、気味の悪さや恐怖感を増幅させるいい終わり方だった。

  • 日本を代表する推理作家といえば、江戸川乱歩なのではないかと思う。

    乱歩を語る上で欠かせないのが、彼が耽美派の小説家だったということである。それは、彼がただの推理小説を書いていたのではなく、彼が“美”を纏った小説を書いていたということだ。耽美派とは、文字通り「美しいものに耽る」という理念で、美しさに最高の価値を置く人々のことを指す。だから、乱歩は体裁としては推理小説だが、それは淡々とトリックを並べて解決するようなものでは無いと言って良い。この『人間椅子』という作品も、耽美派の世界観が全面に出ている作品だ。

    「私は今、あなたの前に、私の犯してきました世にも不思議な罪悪を告白しようとしているのでございます。」とある女流作家宛にある手紙が届くところから話は始まる。そこに書いてあったのはとある男の告白分だった。自信の容姿にコンプレックスを抱いていた男は、自殺を踏みとどまり、女性に近づくために自分の作った椅子の中に入ることを思い付く。ある屋敷におかれた椅子の中で数ヶ月暮らした男は、ある1人の女声の肉体に烈しい愛着を覚える。そして、その思いを伝えるために、男は筆を取ったのだった。「実は、あなたなのでございます。」そう書かれていた事実が恐ろしくなって、その女流作家は部屋を飛び出てしまう。しかし、そこで「お送りいたしましたのは、私の拙い創作でございます」との旨が書かれた別の手紙が届く。

    美しく、気持ちの悪い話だというのが純粋な感想だ。結末についての議論はあるだろうが、私はこの結末がとても好きだ。創作だという手紙を送ったのは事実だが、果たしてそれが本当に創作だったのかという疑問も残り、読後感のモヤモヤ感が、良い意味で残ることだろう。個人的に、記憶を消してまっさらな気持ちでもう一度読みたいと思うほど、展開のテンポの良さには感動させられた。

    「椅子の中の恋!それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中へはいってみた人でなくては、わかるものではありません。それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅かの嗅覚のみでございます。暗やみの世界の恋でございます。」

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著者プロフィール

1894(明治27年)〜1965(昭和40年)、小説家。
1923年、『新青年』に掲載された『二銭銅貨』でデビュー。
1925年に『新青年』に6ヶ月連続短編掲載したうち2作目の『心理試験』が好評を得、初期作品は日本人による創作の探偵小説の礎を築いた。また同時期に『赤い部屋』『人間椅子』『鏡地獄』なども発表、幻想怪奇小説も人気を博した。
1927年に休筆したのち、『陰獣』を発表。横溝正史に「前代未聞のトリックを用いた探偵小説」と評価される。
1931年、『江戸川乱歩全集』全13巻が平凡社より刊行開始。
1936年、少年向け推理小説シリーズの第1話「怪人二十面相」を雑誌『少年倶楽部』に連載。太平洋戦争により一時執筆を休止したが、戦後再開し、子どもたちから絶大な支持を受けた。

「2021年 『人間椅子 江戸川乱歩 背徳幻想傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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