私自身、谷崎潤一郎の作品をちゃんと読んだのは初めてだったが、とんでもない人間だということはわかった、というのが第一の感想だ。この本を読もうと思った理由はただタイトルに惹かれたからという理由だが、私が想像していた「秘密」よりももっと深く離し難い「秘密」であったように感じた。
普通の刺激に飽きてしまい、どんな遊びにも満たされず、女装をするようになった「私」。まずこの時点で、新たな刺激を求めた結果、犯罪に走るのではなく、見つけた美しい着物で女装をするというあたりに谷崎潤一郎の絶妙な変態さが表現されているように感じた。さらに女装していることそのものが「秘密」ではなく、女装している自分、女性の見た目をしているが本当は男である、男を隠しているということを「秘密」としている点に対して非常に興味深く感じた。また、女装した姿で街を出歩き、犯罪を働くのではなく、「秘密」を持ち、犯罪を働いた人間のように自分を思い込むことに快感を得るという行為は「秘密」の向こう側を体感する行為なのではないかと感じた。
男とT女が再開する場面で、男が女装をしているにもかかわらずT女はきっと早い段階で男の正体に気付き、わざわざ隣に座り、気づかれないように手紙を添えたと思うが、その場では美貌を露わにし、周囲の視線の先として似合うような女の態度を演じていた。だが、その翌日以降に男と会い2人になるときは別の人物のようになっている。少し深読みしすぎかもしれないが、T女は上海への航海での男を忘れられなかったため少し小太りだったのが細なり、また、男を女装の状態でもすぐに見つけ、隣でアピールしたのではないかと考えた。ただ自分の屋敷で2人になったときのT女は「秘密」を持ちながらも、素のT女であったように感じた。また、T女はきっと女装している男を見つけた時から、男が刺激を求めていることを察していたのではないか。だからこそ、いつまで経っても自分がどういうものでどこに住んでいるのかを教えたくなかったのだ。車の中で男に少しで良いから外を見せてくれと言われたときはきっと、好きな人の望みをかなえたい一心と好きな人に対して「秘密」という名の刺激を与えて話さないようにしたいという気持ちで複雑だったのではないか。結局好きな人の望みをかなえたいという方に少し傾いてしまった結果、男にヒントを与え、「秘密」を暴かれてしまい、捨てられてしまった。T女の想いが裏目に出てしまったと感じた。
全体を通して、独特な興奮を感じた。「秘密」というものは知ってしまったら価値がないということを深く考えさせられた。ドロドロしてそうで、してないそんな不思議な変態性に埋もれる感覚になった。日常に紛れ込む「秘密」に興味が沸いたけれど知らないままでもいいのかもしれないと感じた。