田園の憂欝 或は病める薔薇 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字旧仮名
0.00
  • (0)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 5
感想 : 0
  • 青空文庫 ・電子書籍

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 季節に合わせた本選びは読書の醍醐味の一つだろう。物語世界と現実がリンクすることでより没入感は高まり、登場人物の心情にも共感しやすくなる。
    ご多分に漏れず、私が田園の憂鬱を読書アプリにDLしたのが五月の中頃だった。しかし梅雨に読もうと思い立ったはいいが、結局少しも読み進めないまま気が付けば夏の盛りを迎えた。そのような経緯でこの時期にレビューを書いている。

    田園の憂鬱のストーリーラインは実にシンプルだ。兼ねてからの望みだった田舎暮らしを始めるも、次第に精神を病んでいく男の話である。連日の雨からなる日常描写が実に巧みで、読んでいてこちらまで気が塞いでくる。

    読了後、二つの疑問が残った。一つはモチーフとしての薔薇である。旧タイトルの病める薔薇が示すように、この物語において薔薇が重要な位置を占めることは間違いないだろう。しかし、登場シーンは三回のみと限られている。主人公の態度も奇妙だ。薔薇を「自分の花」と呼び執着を見せる割には、物語終盤まで気に掛ける様子もなく放置する。

    もう一つはポオの引用である。自分の知識では到底答えに辿り着けないだろうと思い、いくつかの文献をあたった。その中で、立教大学の有馬三冬氏の発表を見つけた。曰く佐藤とポオが共通して扱うモチーフに庭園があるという。ポオの庭園観からこの作品を読み解こうとする試みだった。なお、私の理解不足から少なからず誤読が含まれているだろうことを断っておく。以下はメモ書きである。

    ・ポオが言う「新奇の美」とは自然と人工が混ざり合ったものである。作品に対する作者は宇宙に対する神である。これは庭園と造園主にもいえる。造園には楽園(エデンの園)を求める一面がある。

    ・田園の憂鬱に登場する庭はかつて人工的なものだった。だが放置され、今では自然が入り混じるものだ。主人公はそれに感動を覚える。ここからポオと似た美的感覚が見られる。
    ・主人公は文学者であるが作品を生み出すことに失敗している。執筆から逃避する中で庭の剪定を行う。庭園=作品であり、病んだ薔薇は作品の失敗を表している。主人公は作者としての絶対性に欠けているため、芸術家として成功できない。
    ・楽園志向が見られる。主人公は楽園を求め田舎に移住するが、獲得できずに終わる。庭の剪定は造園を通して楽園の再現を試みている。

    物語のラストで長く続いた雨は上がる。しかし薔薇は既に病んでいた。

    https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=17516&item_no=1&page_id=13&block_id=49
    「『田園の憂鬱」における楽園への志向と挫折 : ポオの庭園物語との比較から」
    有馬 三冬[発表者]
    石川 義正[コメンテーター]
    福嶋 亮大[司会]

全1件中 1 - 1件を表示

著者プロフィール

佐藤春夫

一八九二(明治二十五)年和歌山県東牟婁郡新宮町(現・新宮市)に生まれる。一九一〇年上京後、与謝野寛・生田長江に師事。また永井荷風に学び、慶應義塾大学在籍中から「スバル」「三田文学」で詩歌と評論に早熟の才を示した。一九一八(大正七)年、谷崎潤一郎の推挙により文壇に登場。青春の憂愁を詠う『田園の憂鬱』や、探偵小説『指紋』、ユートピア小説『美しき町』など、洒脱なロマンに独自の作風を示し、新進流行作家となった。一九三五(昭和十)年より芥川賞の初代選考委員を務め、戦中・戦後にわたって長く文壇で重きをなした。著作は、詩歌から小説、戯曲、評伝、童話など多岐にわたり、『殉情詩集』『維納の殺人容疑者』『晶子曼陀羅』『わんぱく時代』などがある。一九六四年死去。

「2021年 『佐藤春夫中国見聞録 星/南方紀行』 で使われていた紹介文から引用しています。」

佐藤春夫の作品

田園の憂欝 或は病める薔薇を本棚に登録しているひと

新しい本棚登録 0
新しい本棚登録 0
新しい本棚登録 1
新しい本棚登録 1
ツイートする
×