最近はさほど恋愛の話を読むことはなかったが、久しぶりに短編かつ密度の高い作品を読んだ。作中両思いであるかのような描写が含まれるが、個人的には人魚のセリフは少々積極的すぎる貴公子を納得させるための冗談だと感じている。とは言え、種族が原因で引き裂かれた切ないラブロマンスであると願いたい。
貴公子の異常なまでの西洋(西洋人)へのあこがれ、自らも西洋に連れて行ってほしいと商人に懇願する姿勢と、谷崎の半生までの西洋(西洋美術や芸術)への信仰ともいえるほどの強い憧れがリンクしているなと感じる。谷崎は貴公子を一時自分自身と見て執筆していたなどがもしもあるなら面白い。
今まで買い手が見つからなかったことに対し、西洋人は人魚を買おうと思わなかったのか?と聞かれた商人が「人魚の存在は子供時代に童話で聞くことも多く身近で、容姿も近しいために(現地の西洋人と)そこまで珍しくないので買ってくれる人がいなかった」と答えるのも、地域による人魚というものの概念の差が如実に表れており、各国(各地域)の人魚伝説の違いについても興味を持った。
とりわけ作中に紡がれる言葉の形容すべてが美しく、表現が艶やかかつ幻想的で、物語が終わってもなおその世界に取り残されてしまうのかと錯覚してしまう程に奥深い文学表現を楽しめる。人魚の登場とともに怒涛に連なるその静かな絢爛は、読み手が感情移入するはずの主人公が海に入る描写がないにもかかわらず、私を深い海に誘い込んだ。読み終わる前から、美しさを表す言葉の富みすぎているバリエーションに驚かさた。古典らしさも少し感じる言葉遣いとシンプルな文章の難しさゆえに初心者向けではないが、短編であり話の内容自体はとっつきやすくある為日本語の繊細な美しさに溺れたいなら読むべきだろう。