ブクログ談話室

ひとはなぜ読書するのか

    未回答
  • 回答数 17件
  • 雑談
ばかばかしい質問ですみません。でも、まじめにきいてます。
皆さんもご存知の通り、読書は一朝一夕で完遂できるほど、簡単な”ひまつぶし”ではありません。遠藤周作もいうように、「くるおもしろい」(=苦しくて、面白い)という代物です。
にもかかわらず、ひとは、私は、物語を・読書する事を、望んでしまいます。それはなぜなのか、よくわからないのですが、読んでいる時は苦しいにもかかわらず、読まずにいられないのです。読書中毒とかそういうのではないと思います。読書している時、きわめて醒めているからです(自覚するところによると)。
あなたは、なぜ人は読書するのだと思いますか?物語をなぜ必要と感じますか?どんなささいなことでもいいので、教えてくださると幸甚です。よろしくおねがいします。
質問No.8115
みんなの回答・返信

なんらかのカタルシスを得たい、というのがあるかもしれません。

物語の主人公に同化して冒険を楽しみたい。
心に溜まった澱のような感情に、言語というカタチを与えて吐きだしたい。
自分の知らない知識、自分に欠けてた視点、自分には思いつかない発想、自分にはない感性に触れて、すべて自分のものにしたい。
その本を読んだ先にある景色を見たい。

…難しくて、おもしろい質問ですね(^_^)
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回答No.8115-091423
コメント 4件
物語や、文章というのは、ヴィークル(=乗り物)だというふうにある作家がいっていました。
たしかに、なんらかの「向こう側」をーーある時は絶望の、ある時はわだかまりの、「向こう側」まで連れていってほしいというのは、読書行為の動機になりますね。
なぜ、文章でなきゃ向こう側を見られないのか。そういう神秘が人間には少なくともあるようです。
コメント、ありがとうございます!
村上春樹さんでしょうか、そうゆう巧い比喩を使うのは。
さておき、もしかしたら向こう側に連れてってくれるヴィークルは文章だけじゃないかもしれませんが(演劇、絵画、音楽etc.)、1番アクセスしやすく1番安上がりで1番遠くまで連れてってくれるのは読書だと思ってますー。
そうです、村上春樹さんがそういうふうに言ってたんです^^
ところで佐藤史緒さん=さとうしおさん、というのでしょうか?
好い名前ですね。
閑話休題。
たしかに、映画、絵画、音楽などなども、「向こう側」に行くヴィークルたりえますね。けど、私が一番深く傷ついたり絶望していたり、まだらに不幸だった時期に思いついたものは、読書行為によって癒されたいというものでした。これが我ながら不思議でたまらないんですよね
さとうしお、で合ってます。台所で思いついたハンドルネームです(^_^)
私も凹んだ時には読書ですね。音楽も良い鎮静薬になるけれど、治療薬にはなりません。やはり「言葉」が大事な気がする。
いやな気持ちを書きだしてみるだけで少し落ち着いたりもしますよね。
不思議ですねぇ。
物語ということで言えば、これはフィクションですから、つまり嘘です。でも、それを読んでいるときに感じる喜びや悲しみや怒りといった感情は、本物です。
世界で一番大きなフィクションは、聖書かもしれませんね。だとすると、人間が宗教を必要とするように、物語もまた必要とするのかもしれません。
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回答No.8115-091434
コメント 1件
宗教は、私にとってすでに踏み固められた物語ですので、あまり意味を持たないのですが、宗教や物語の先にある自由(のようなもの)がほしいという気持ちは共感です。
言葉を味わうためです。言葉をしゃぶる快感。

それはただの言葉での描写に過ぎない。それでも登場人物の会話に耳をそばだてる、風景や人物を心に浮かべる、行動や感情を一緒に経験できる言葉の魅力。
そして思考こそ言葉。私が何となく思っていたこと思ってもいなかったことに言葉で形を与えてくれた誰かの思考の跡を、私は読書で追いかける。

快感に不感症の人もいれば溺れる人もいます。中毒や禁断症状の恐れも。お大事に
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回答No.8115-091430
コメント 1件
お互いにお大事にしたいですよね。
これまた月並みな意見かもしれませんが、自分以外の人生を追体験したいからじゃないですか^^

<追加>
本当はこっちを言いたかった・・・現実逃避。わたしの場合は日常が基本的に絶望しかないので。
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回答No.8115-091412
コメント 5件
さっそくの回答、ありがとうございます^^
では、評論などを読書する行為はいったいなんだろうかとおもいました。
それはその作品が好きで、より深く理解する為じゃないですか。
なるほど、そうかもしれないですね。
突然で恐縮ですが、例えば「書評を読む」という行為は誰かの読書体験の追体験ではないでしょうか。そう考えれば「自分以外の人生の追体験」に含めていいかも。
山ろくさん、コメントありがとうございます^^
そのとおりですね。
  • 名無しさん 名無しさんの回答 2019年09月13日
極端に言うと時間つぶしで読書していますが、それだったら他の事でもいいですよね。なぜ読書することを選んでいるのかというと、それが一番面白い事だからなのかな~と思います。私にとって本を読む行為は、排泄したり寝たり起きたり食事したりする行為と同等なのかもしれません。それにしてもめっちゃ難しい質問ですね!色んな人に聞いてみたくなりました。
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回答No.8115-091495
コメント 1件
読書でないと、まかなえない想像界の充実というものが、ゾーンポリティコンである人間に、一体どうして必要なのかとよく考えますが、あまりわからないのです。これといった答を期待しての質問ではないですが、皆さんの答を知るとなかなか面白い気持ちがします( ´-`)
現実から離れ別世界に遊ぶことができるから人は読書をするのではないでしょうか。
例えば、過去の時代の物語であれば、読書をする事でその時代に生きていた人々の営みを追体験するかのような面白さが味わえます。私は多くの場合、このように経験がない世界に行く感覚に魅力を感じ読書をしています。
人によっては現実逃避の手段にもなるでしょう。
ただ、私自身は現実逃避のために読書をすることはほとんどないように思います。
2
回答No.8115-091462
コメント 1件
読書によって現実を離れて人は何を望むかというのがわからないんですよね。読書は面白いばかりではないのに、苦しい思いをしてまでなぜ想像界を充実させなくては生きていけないか。それが気になります。
本は、自分が知らない、経験をしたことのない世界を体験できるツールだから。ではないでしょうか。

知らない事を知る、というのはとても楽しいです。
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回答No.8115-091451
コメント 3件
再読という行為かありますが、知っているにも関わらずまた楽しめたりすることがあると思います。
再読であったり、結末を最初から知っている作品を読むような行為であっても、「知る」という事象は発生していると思います。


例えば、
・初読の時には気づかなかった伏線を発見(物語の構造を知る)
・初読の時には感じなかった感想を得る(自分自身や、作品自体をより深く知る)
・(結末を知っている、未読の作品の場合)
作品の描写を通して、表現の方法を知ったり物語の世界観をより深く知る等
再読等の場合、自分は↑の事を楽しみに読書を行っています。
これらの「知る」事象がなければ自分は、再読等は行えないですね……。

「味わいなおす」だけだと、「もういいや、時間の無駄」と途中で投げ出してしまいます(汗)
良い質問だと思うので、私も真面目に答えます。ただ、拙く、分かり辛いものになってしまう事を、先に詫びておきます
「読みたい」=「埋めたい」です
私は、自分の心に穴が開いている、と感じて生きています。私にとって、この穴を埋める唯一の方法が、面白い本を読む、なんです
一冊で事足りれば苦労しないんですが、良い本に巡り合えても、すぐに穴が、また広がってしまう。だから、次の本を読む、の繰り返しになっていますね
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回答No.8115-091448
コメント 1件
河合隼雄がいってたのですが、物語は、傷口から始まって傷口にもどるのだそうです。私は、読んだら読んだでまた傷口が広がることもあります。
  • 名無しさん 名無しさんの回答 2019年08月31日
少しでも「世界」を知った気になりたいからかな~。
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回答No.8115-091418
コメント 1件
読書行為によって、人は、少しでも世界を知った気持ちになって、そうして安心を得たいんですかね・・・・・・。
  • 名無しさん 名無しさんの回答 2019年10月22日
大学時代、同じようなテーマのレポートを書いたので、参考になれば…

内容的には
1 人はそれぞれの経験や知識から、思考や信念、道徳観念や嗜好などを造り、それが集まり自己となる。
2 本や物語というのは、その知識や経験を得る上での一つの手段である。
3 本から知識を得ることや、物語を体験し感動したり興奮したりすることは、自己を構成、あるいは確認する手段の一つである。

みたいな感じだったと思います。
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回答No.8115-091690
コメント 1件
じつをいえば、返信の内容よりはレポートを書いたという事実にむしろ励まされました。ああ、真剣に考察した人が自分自身以外にもいるのだなあと。
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