西太平洋の遠洋航海者 メラネシアのニュー・ギニア諸島における、住民たちの事業と冒険の報告 (講談社学術文庫)
- 講談社 (2010年3月11日発売)
マリノフスキーによるトロブリアンド諸島の民族誌。贈与交換の制度的な結晶としてのモカの慣行と、それを支える呪術に関する生き生きとした叙述もさることながら、以後の比較・理論的研究に資するように貴重な文化事例を記録するための方法論についてしっかりとした議論がなされる。
モカではまさにモカの中で交換されるための希少品(首飾りと腕輪)を当該地域に住む集団間で一方は右回りに、他方は左回りに交換する。モカは互酬的な贈与であり、首飾りをもらった後に数年おいて腕輪を返礼する(もしくはその逆)。モカでの交換に伴って、生活物資の物々交換も行われるが、住民たちの心理にとって重要なのは儀式的に贈与される装飾品である。ここで、モカの参与者をまとめ上げるためにも、モカにおける贈与の価値を高めるためにも重要なのが呪術である。
マリノフスキーは参与観察を通じて、モカの慣習と呪術の意義に特に注目したためにこれらについては詳しく論じられているが、例えば首長位がどのように受け継がれるか、一般人と首長の格差は何によって決まっているかなどはあまり論じられていない。それよりもむしろ、丁寧な描写を通じて、未開人は生活上最低限必要な身体的欲求を充足するための経済活動のみを行うなどといった当時の未開人観を覆すことに主眼があるようだ。
マリノフスキーはトーテミズムヤタブーなどの概念のように一地域で見つかった文化事例が、その概念を知ってから世界を見ると世界中多くの場所で独立に発見されることがあることを参照しつつ、モカが象徴する贈与の問題系を新たに切り出している。そしてそれはモースの『贈与論』で結実することになる。近年はこのような態度を逆に先入見を持ってフィールドに行くものが陥る誤謬と考える向きもあるかもしれないが、他の現象と比較可能な認識が得られて初めて学問的意義を持つのだというマリノフスキーの主張は意義深いと思う。
- 感想投稿日 : 2021年8月14日
- 読了日 : 2021年8月14日
- 本棚登録日 : 2021年8月14日
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