月の立つ林で

  • ポプラ社 (2022年11月9日発売)
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私にとって、青山美智子さんの作品での6冊目を、穏やかな気持ちで読了した。タイトル『月の立つ林で』に惹かれた。『月の立つ林で』とは、どういうことなのか知りたくなった。5章からなる連作作品。全編に登場するのはポッドキャストの番組『ツキない話』、タケトリ・オキナという人の10分間の番組で、毎朝7時に更新される。このタイトルと名前が本作品のタイトルとの関連を想像させる。読み進めていくと、タイトルも人物の素性も明らかになっていく。ラストは感極まり胸にグッときた。

1章「誰かの朔」。主人公は、両親と一軒家で暮らしている41歳の朔ヶ崎怜花。この家には41年間住んでいる。怜花は看護師を辞めた翌日に、心が安らぐ曲を探していて、タイトルとジャケットに惹かれ、偶然に『ツキない話』に出会う。弟は、役者をしている佑樹。所属している劇団は『劇団ホルス』、主宰者は神城龍。ハンドメイド通販サイトを見ていると、偶然目に止まる作品名『朔』、指輪だった。ここにも朔が出てきて、タイトルとの関連が気になる。その作品の作家は「mina」。出会ったのは新月の日、この日が新月だということは『ツキない話』で得た情報だった。その日に出会った『朔』、これは新月を意味するとの説明があった。つながる偶然。展開の連鎖に胸が高なる。この指輪を、お守りとして購入する怜花。そんな中、主役を任された佑樹と面接した職場から不採用の通知があった怜花は、言い合いをしてしまい、すれ違う。互いの状況や感情は、姉弟でも把握できないときもあるあるだろうな。相手が誰でも、自分のことを優先してしまうときってあるだろうから。それでも、一章の終わりには、怜花のもとに『朔』という名の指輪が届き、minaからのメッセージカードにも温かさが溢れる。怜花の生活にも新月が意味をもっていく展開が見えてきてほっとする。

2章「レゴリス」の主人公は、売れてない芸人のポン重太郎こと、本田重太郎。ポンが訪れたバイクショップの店員はサクこと朔ヶ崎佑樹。ポンとサクは、以前ポンサクというコンビで相方だった。この展開に驚き、さまざまな伏線を感じつつ、つながりに興味が高まっていく。佑樹はバイクショップで、ポンは宅配便でバイトしながら、役者と芸人を続けていた。同じ境遇でありながらも、佑樹の道は開けていっている。対して、ポンには行き詰まりを感じる。そんな2人の関係も気になりながら読み進めた。レゴリスの意味は、月に関係すること。これも『ツキない話』からの配信で分かる。それを聴いているのはポン。ここにもまたつながりが生まれていく。タケトリ・オキナは誰だろうと興味は増していく。この章から、青いスクーター、ヴェスパのアイコンでアカウント名「夜風」、ポンのツイッターのフォロワーが登場する。夜風の素性も徐々に明らかになっていく。物語は伏線が複数に渡り進んでいき、登場人物を追いかけながら、想像世界が広がっていく。読みながら楽しみが増していく。

3章は「お天道様」。主人公は56歳の高羽。東京のはずれで二輪自動車の整備工場、高羽ガレージを営んでいる。妻、千代子が事務を担当。冒頭から激しい展開で物語がスタートする。娘亜弥の結婚と妊娠、相手となる内山信彦の登場。亜弥は信彦の会社の異動で福岡へと引っ越す予定。事態が把握できないまま、つながりも意識しつつ読み進めた。高羽は日頃から宅配便を利用していた。高羽宅の不在連絡票の担当者に本田と記されていた。この章で、ポンこと本田の存在が出てくる。物語全体の展開に想像を広げていく。そして、この工場と取引先にサクこと佑樹のバイクショップがあり、高羽と佑樹は面識があった。高羽は佑樹に好印象を持っている。他と比べてしまうと、相手の素性が見えづらくなるかもしれないな。しかし、この後の展開は大きく印象が変わっていく。表面的なものは一部分であり、思いや考えは見えないからな。ほんわかする読後感で、この章を読了した。

4章は「ウミガメ」。主人公は18歳の逢坂那智、アカウント名の夜風。この章は1章とつながりがあり、読み進める楽しさが膨らむ。那智はヴェスパでウーバーイーツの仕事をしている。親からの独立を密かにねらって。配達先で出会うのは那智のクラスメート、神城迅。佑樹の劇団の主宰者の子。さらにこれまでの物語とつながっていく。そして明らかになる、それぞれの家族構成と背景。迅は、両親が離婚した際に、自分で選んで父と暮らしていた。このことも、ラストの胸にグッとくる展開の布石となっていた。それぞれの抱えているものは違うけれど、徐々に打ち解け合う関係に自然なものを感じる。ここで、さらりと出てくるタケトリ・オキナとの接点。加速度を増して、つながりが増えていき、目まぐるしく判明していく登場人物と出来事のつながり。心地よさせつなさとの感情が混在する。そのような中、那智は母との諍いから、事故につながり、ヴェスパが破損する。そこで、さらにつながる、迅から紹介されるバイクショップに勤めている佑樹。那智が助けを求めるのは母。母もまた那智への思いを素直になる。佑樹が持ち込んだ工場は高羽ガレージ、修理したのは、高羽。ここでも、さらりととつながる。心地よい展開。この物語のラストは那智と迅のほのかな関係にじんわりとする。

5章は「針金の先」。主人公は北島睦子、夫は剛志。睦子はハンドメイドアクセサリーを制作、ラスタという通販サイトで販売している。特徴は、天然石やシーグラスと多様な表現が可能なワイヤーを用いること。作家名はmina、1章とつながる。最初は興味が湧いて始めたものが、売れて反響があるのがやり甲斐となり、制作販売への熱量が上がっていた。自然と生じる夫婦の分かり合えない関係への変化。そういうことも起こりうるだろうなと、それぞれの思いに寄り添いながら読み進める。しかし、mina に起こる事故、それを心配する剛志、互いの本音が語られ、縮まる関係。この章でもminaがタケトリオキナの配信を聴きながら制作する。さらに、切り絵アーティストのリリカとの出会い。徐々に明らかになるリリカの素性。ドキドキしながらもページを捲る手が進む。そして、タケトリオキナの正体と配信の目的も明らかになり、胸にグッとくる。目まぐるしく登場人物が入れ替わりながらも、一貫して登場するタケトリオキナ。その正体と、それぞれが配信とつながり、温かいつながりを感じられるようになっていく。その心地よさを存分に味わって読了した。

伏線が張り巡らされる構成と徐々に明らかになっていく登場人物の素性や関係がおもしろく、ラストに向かってドキドキしながらもほっとする読了感を味わえる作品とまた出会えた。その余韻に浸りながら、また次の青山美智子さんの作品との出会いが、すでに楽しみになっている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年6月15日
読了日 : 2024年6月15日
本棚登録日 : 2024年6月15日

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