マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社 (1990年10月3日発売)
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感想 : 20
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吉本隆明は1924年11月25日生まれですから、今年85歳になる、マルクスからCMまでその意味を解き明かす、知の巨人、と形容されることが多い詩人・文芸評論家・思想家。

彼が他を寄せつけないずば抜けた特異性とは、ひとつは大学教授などの務めに就かず常に在野にあって何事にも束縛されない位置にあること、ふたつ目は構造主義だの現象学などという世界中の主義主張に呪縛されないで、まったく独自の自前の思想を構築しようという意欲に燃えていること、みっつ目は、昨年話題になったCD・DVDで存分に聞けますが、難解な晦渋に満ちた自らの思想を、孤高然とするのではなく常に私たちに向けて平易に語りかける努力を惜しまないこと、この3つはいくら強調しても強調しすぎることはなく、その思想の正当性に疑問を感じるという人がたとえいるとしても、他を圧倒するものであると思います。

自ら個人誌『試行』を出して、定期購読者がいたとはいえそれで十分な生活が出来る分けはなく、それを補うべくパチプロのようにして生きた初期の時代、学閥や子弟を作れる境遇にはなく、代わりにその思想に共鳴した人たちの無理解や曲解、早い話は教祖に祭り上げられて踊らされた時期、またそのエピゴーネンの訳知り顔が彼の思想性を歪曲した季節などなど、どれも有り体に、東京大学教授として東大出版会や岩波書店から本を出し、学会で発表して、全国に学際的に師弟関係を結ぶということでもしていれば起こり得なかった雑事だったかもしれません。

でも、それらをひっくるめて、世間全部を生きて思索する現場としたことこそ、聖も俗も混在した活き活きとした彼の思想世界を作ることになったのだと思います。

まあ、偉そうに言っても、全著作を揃えて読んでいるのに、いまだにどれだけ理解しつくしているのか不明ですが、多分、もし理解度検知機なるものがあったら、相当ひくい数値を針は指すのではないかと思いますけれど、何しろ伊達や酔狂ではなく、難解な部分はさておいてもその面白さは相当なもので、常に興味深く興味尽きなく読んでいます。

この本も、原始キリスト教批判とかマタイ伝とか普段耳慣れないものが登場して戸惑うばかりですが、ひとつ解ることは彼が巨大なものと格闘していること、ものすごい馬力で今まで見たこともない確信に満ちた考えを突きつけているということです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学(小説・詩歌・伝記・随筆・批評)
感想投稿日 : 2009年11月24日
読了日 : 2009年11月25日
本棚登録日 : 2009年11月24日

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