ニセ札つかいの手記 - 武田泰淳異色短篇集 (中公文庫 た 13-6)

著者 :
  • 中央公論新社 (2012年8月23日発売)
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★生きて行くことは案外むずかしくないのかも知れない

★ 我々は人間の美しさ強さもだが醜さや弱さもありがたがっていい



そういえば内田吐夢との白熱した対話も収録された『タデ食う虫と作家の眼 武田泰淳の映画バラエティ・ブック』(清流出版2009年)で彼が映画をいかに貪欲に見ていたかを知って喜んだものでした。

本書はあの『司馬遷』『ひかりごけ』『森と湖のまつり』『富士』『快楽』など重厚な作風の武田泰淳が1963年に上梓した奇妙な味わいの小説集『ニセ札つかいの手記』で、元本には表題作の他「ピラミッド付近の行方不明者」「白昼の通り魔」の三編が収められていましたが、本文庫には表題作の他に「めがね」「『ゴジラ』の来る夜」「空間の犯罪」「女の部屋」「白昼の通り魔」「誰を方舟に残すか」の七編が収録。

ところで、大島渚の映画『白昼の通り魔』(1966年)が武田泰淳の原作だったことをご存知でしたか? 私はたしかに映像でクレジットを見てシナリオも読んでいたはずなのに、まったく記憶になくて、ええっと驚くことしきりでした。

表題作は、主人公の独身でギター弾きの私が源さんという謎の男から渡された偽札を使う任務(?)を与えられ、その偽札の半分を現金で戻すという、つまり渡された三千円のうち千五百円を使い半分の千五百円を返す。二千五百円だと不足分の千円を自分の懐から捻出しなければならない。私はお金には困っていなくて自活できる暮らしをしている。ではどうしてそんなことをするのかといえば、私は源さんに相方として認められたことを快く思っていて、否、どちらかというと光栄だくらいに考えている節がある。某日、源さんから絶縁という言葉を聞き耳を疑う。手持ちのニセ札が切れて、彼の家族が引っ越すという理由だった。これが最後だといって手にした1枚を、私は警察に手渡してしまう。源さんとの結びつきを確認しようと。

いわくいいがたい心理情景、不可思議な人間関係、つまらないともおもしろいとも断言できない、いいようのない人間の真理。

武田泰淳は全集まで手を伸ばしていなくて、冒頭の五作品以外は竹内好関連で中国思想・文学のエッセイや評論や対談しか読んでいませんから、本書で新たな武田泰淳像が加わってとても新鮮に感じました。

「きまってるよ、そんなこと。ニセ札は数が少くて、めったに見つからない貴重品だからニセモノなんだろ。だから必死になってみんな探してるじゃねえか。本物を探すバカありゃしないよ。本物のお札は、ありきたりの平凡なお札さ」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学(小説・詩歌・伝記・随筆・批評)
感想投稿日 : 2012年12月26日
読了日 : 2012年9月5日
本棚登録日 : 2012年9月25日

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