1968〈下〉叛乱の終焉とその遺産

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レビュー : 8
著者 :
よーこさん 学問系   読み終わった 

リブについて記述された17章および結論箇所だけ読む。17章は書かれた田中美津本人は批判しているようだけど、読者としてはまとまっているし、なんとなく全体をつかめた気になるし、非常に分かり易いと感じた。当事者の証言を集めて再構成してあり、小熊自身の目をひく分析というのは少ない。だけど、費やした労力には拍手。

719 
田中は72年には、戦災孤児救援活動から、街頭闘争、新左翼くずれの男との同棲という変転中ずっと脳裏にあったのは、「あたしが生きるとは何か」「自分が何者であるか」だったと述べている。また当時の自分の悩みは「生きてない実感」であり、デモや街頭闘争にでたのも「スクラムを組み、インターを歌う中で、確かにここに己れがいる、というその実感があったからで、機動隊との衝突を心ひそかに期待したのも、より強くそれを実感したいがためであった」という。『いのちの女たちへ』127,235

770
1950年生まれの高橋源一郎が、2003年に「学年が2つぐらい上だと、ほとんどどうしようもないストレートな左翼なんだけど、1年下がると半分ぐらいの学生は消費社会化した左翼になっている」高橋の2008年の回想、「体の半分は非政治的。政治運動をやればやるほど、残りの半分が抵抗する。昼にデモに行ったら、夜はジャズを聞かないとおさまらなかった。引き裂かれていたんですね」

792
現代の日本で政治運動に若者が集まらないのは、連合赤軍と内ゲバに象徴される負の遺産と共に、<心><生きてない実感><アイデンティティ>といった問題を、社会や政治と切りはなして論じる慣習や言説にとりかこまれすぎているからだ。身体感覚。他者と肉体接触をすることで(スクラムのデモなど)生きている実感を得ることが可能だった。

801
あの時代の叛乱は、これまで政治運動として語られることが多かったが、実際には若者の自己確認運動や表現行為の側面が強かった。

レビュー投稿日
2009年12月8日
読了日
2009年12月8日
本棚登録日
2009年12月8日
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