空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

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AtoooooCさん  未設定  読み終わった 

 『空飛ぶ馬』は1989年に発表された北村薫のデビュー作である。続く「夜の蝉」「秋の花」「六の宮の姫君」「朝霧」との五部作は『私と円紫さんシリーズ』と呼ばれ、氏の人気シリーズとなっている。このシリーズをきっかけに、北村氏は『日常の謎を解き明かす本格ミステリー作家』と形容され、『私と円紫さんシリーズ』が新ジャンルのミステリーとしてファンに広く受け入れられたことは事実であるが、一方でこのキャッチフレーズが独り歩きし氏の作家としての本質を見え難くしてしまっていることを残念に思うファンも多いはずだ。昨年の念願の直木賞受賞は幅広い作家としての力量がトータルで評価されたからに他ならない。
 私は、北村作品が支持される理由には、まず読者が文学と接している喜びを実感できることが根底にあると考えている。母校で国語教師として教鞭をとった氏ならではの文学的基盤に、作品の文芸的要素、例えばこの『私と円紫さんシリーズ』であれば、ミステリーの要素や女子大生の《私》の成長小説の要素が乗ることによって二重三重の相乗効果がもたらされている。特に、各編の最後の一文の余韻に作家としての凄みを感じる。
 北村薫が本作『空飛ぶ馬』で覆面作家としてデビューしたエピソードは有名である。女子大生の《私》による私小説の形式をとっていたため、作家の素性自体がミステリーとなり、続編『夜の蝉』で実は中年男性が書いていたことに驚き失望したファンが少なくなかったというオチまでついている。
 《私》は日本文学を専攻する19才の女子大生として登場する。『空飛ぶ馬』では、大学2年時が描かれ、物語のスタートは5月(「織部の霊」)、6月に近世日本文学の加茂芳彦教授の紹介で大学OBにあたる噺家の春桜亭円紫師匠と出会い12月25日に二十歳の幸せな誕生日を迎える(表題作「空飛ぶ馬」)。
 一話完結の短編ミステリー集であると同時に、シリーズを通しての《私》の変化も楽しむことができるのが本作の魅力である。例えば、若さゆえの潔癖さから「現実に街ですれ違うカップルが美しく見えない」(「赤頭巾」より)と語った《私》から「カップルを見てこんな気持ちになったのは初めてだった」(「空飛ぶ馬」より)という言葉が聞かれるようになる。また、「水泳を終えた少年のような顔をしばらく見詰めていた私は、そっと口をとがらせてみた。そして、そんなことをする自分が哀しくなった」と未成熟な自分へのコンプレックスが描かれるシーンがある(「胡桃の中の鳥」より)が、「自分の体がいとしくならない女はいないのではないか」(「空飛ぶ馬」より)というように女性観が緩やかに変化してゆく。『空飛ぶ馬』に描かれる約8ヶ月間だけでも、これほど克明に《私》の成長が描かれる。シリーズを通してこのピュアな《私》がどのような成長を遂げるのか、友人あるいは親の視点で見守ることができる。その成長の節目節目を切り取ったかのような高野文子氏の表紙イラストもまた楽しい。

本シリーズを通読して落語の世界に興味をそそられない人はいないだろう。少なくとも私は北村作品を読むまで飛行機での移動時に機内放送の寄席を聞く発想など全く持ち合わせていなかった。また、埼玉県立春日部高校から早稲田大学へ進学した作者自身をそのとおりの設定で女子大生に投影した点も一興である。私の大好きな宮本輝の『錦繍』も蔵王のシーンに《私》の愛読書として登場する。錦繍は1982年の作品であり、宮本氏と2歳違いの北村薫のデビューがその7年後というのも、北村氏が大器晩成型の作家であることを物語っている。

レビュー投稿日
2018年12月22日
読了日
2018年12月22日
本棚登録日
2018年12月22日
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