かちかち山

著者 :
  • 青空文庫 (2003年8月25日発売)
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感想 : 2

様々な場面で他人に迷惑をかけ、それを楽しむたぬき。たぬきはおじいさんの畑を荒らし、慈悲をかけてくれたお婆さんにも襲い掛かり、そればかりかおじいさんを騙して笑いそのまま帰ってしまう。おばあさんを傷つけられたおじいさんは怒り、悲しみに暮れる。そんな時、白うさぎがやってくる。事情を知った白うさぎは、お爺さんのため、たぬきを懲らしめることを約束する。そして、そんなことはみじんも知らないたぬきは白うさぎに遊ぼうとさそわれワクワクしながらそれについていく。
幼少の頃読んだ「かちかち山」はこのようなストーリーだったと記憶している。
多くの人はこのおとぎ話を小さい頃に読んだことがあるだろう。幼いころは、ただただうさぎの報復のやり方が斬新で、それに華麗に騙され毎回良いリアクションをするたぬきが痛快だ、というように感じていた。しかし時を経て思い出してみると、児童向けに調整されたものを読んでいたとはいえ、存外残酷な描写が多かったのだなということに気が付く。世間でもこの作品は残酷だ、サイコパスだ、等様々な評価を受けているのをよく耳にする。そのような視点につい流されそうになってしまうが、それらを無視して改めてまっさらな気持ちでこの話を読んでみると、ぬぐい切れない残酷さの中に、それだけではない、傷つけるという行為の中に愉悦を感じる人間の業を、どうしようもなく感じてしまった。
 まず、この話はたぬきがいたずらを老夫婦に仕掛けることから始まる。この物語におけるたぬきはハッキリと悪役だ。意地悪をするつもりで人間に近づき、おじいさんの畑を荒らし続け、善人の皮を被っておばあさんに嘘をつき、縄を解いてくれたところで殺し、それを婆汁にしておじいさんに食わせ楽しむなどの大罪を犯し、挙句には謝罪も何もなく去っていく。最終的にたぬきが懲らしめられることを考えれば、児童文学としては子供の反面教師的な存在だろう。子供の頃の私も、悪いことをしたら罰が下るのだなと思った記憶がある。
 しかし、この話の中で悪なのは本当にたぬきだけだろうか。
 たぬきにおばあさんを殺されたおじいさんは、たぬきを懲らしめようと白うさぎに頼む。快諾した白うさぎは害を加えるためたぬきをおびき寄せ、あの手この手を使って毎回たぬきに苦痛を加える。嘘をついてたぬきの背負うしばを燃やし、それを見て笑い、またある日には薬だと嘘をついて火傷に唐辛子をすり込み、そして最後には泥船に乗ったたぬきを助けることなく溺れさせる。
 このように並べてみると、白うさぎの行動にはたぬきの行動と酷似している部分が多々見受けられる。最初から相手に危害を加えるために近づき、あらゆる手を使って相手を苦しめそれを見て笑う。この物語が始まる前のたぬきへの白うさぎの気持ちや、どんな出来事があったのか等の情報は知ることはできない。しかし、白うさぎはたぬきに復讐するために同じような残忍な方法を選んだということは事実だ。たぬきと同じやり方で他人を害してしまった白うさぎは、結局はたぬきと同列の存在になってしまったのだ。結果や経緯はどうあれ、白うさぎは残酷な方法で人を騙し傷つけそれに愉悦を覚える動物だと証明してしまった。反面教師と同じ道を歩んだ者は結局同じような悪人になってしまう、この物語はこのことを示唆していた。
 この話をもう一度読み返してみると、子供の頃には気づくことのできなかった教訓を新たに発見することができた。この物語は単なる子供が楽しむためのおとぎ話ではなく、大人が読んでも何かを感じることができるように設計された物語だったのだ。今回は、たぬきと白うさぎの行動について焦点を当てて読んだが、新たな視点を持ってまた読んでみれば、それに応じて新たな発見をすることができるだろう。そう考えると、一つの物事に一つの視点でもって覗き込んでもすべての事柄を推し量ることはできない、ということも教えてくれた良い作品であると思う。

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感想投稿日 : 2021年7月27日
本棚登録日 : 2021年6月28日

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