なぜ自分だけがこんな目に? 不運がついて回るのは、自分が悪いから…。
一見「普通」に暮らしているように見える人々が各々の心に抱える哀しさや寂しさ、恨みつらみも怒りも、前に進むために、三島屋の銀次郎が引き受ける。
市井の人々の苛烈で醜悪な人生の起伏を。
「わたしはね、おまえと同じように、どこから見たってまっとうなお人がさ、『こんなことをお聞かせするなんて死ぬほど恥ずかしい、申し訳ない』なんて言いながら、こっそり声をひそめて語ってくれるお話を、いろいろ聞いているんだよ」
言語化できずに心に抱え込むあまり、自分が恐れているもの、欲しているもの、困っていることが見えなくなり、闇が肥大化する。
塊となった心の暗闇は、人の心を押しつぶし、ある時は、誰かを恨むことで解消しようとし、最後には自分を責める以外の方策がなくなり、自責の念と自己否定の轍に入り込む。
その様がすべてのシリーズの短編のなかで、実に細やかに描かれる。読みながら、私の心も語り始める。
本作第三話【魂手形】ではおちかに関する描写に涙が零れた。
「おちかが背負わされた暗闇は、おちかにしか見えぬものだ。その重みも、おちかにしか感じられない。周りの者どもがどれほど案じて手を差し伸べても、その暗闇には実体がないから掴めない、触れない。
中略
それくらい重たくて厄介な暗闇を、おちかは背負っていた。
いや、背負っている。今でも。
きっと一生背負い続ける。おちかは自分の背中の暗闇を決して忘れまい。ただ、暗闇に飲まれずに、自分の人生を生きなおそうと決意したのだ。」
心の奥底にしまい込んだ弱さや切なさを覗き込むのはとても勇気のいること。
丸ごと受け入れて、否定も助言もせずに耳を傾けてくれる他者の存在は不可欠だが、誰それの共感や同情で解決するのは一時的なもの。
私の哀しみは私にしかわからない。
私の寂しさは私にしかわからなくていいんだ。
私の弱さも脆さも自分でしっかり引き受けて、自分で選んで生きていく。
登場人物に近すぎず、遠すぎず。
作品のために、人を動かし、出来事を起こすのではなく、人が動き、出来事が起きる小説(これ、角田光代さんの言葉)。
次作も心待ちにしています。
- 感想投稿日 : 2021年4月2日
- 読了日 : 2021年4月1日
- 本棚登録日 : 2021年3月26日
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