このところ作品の幅を広げてきた馳星周、満を持してノワールに帰還!というどでかい期待とともに読んでみました。

ただ過去の作品群がどれもずば抜けていたからなのか、それとも読み手の感受性が摩耗したことによるものか、あるいは多少「作られた感」が強いからなのか・・・傑作!と言い切るにはややインパクト不足が否めません。

それでもこれだけ分厚い本を一晩で読み切らせる筆力はさすがの一言。

2019年7月14日

読書状況 読み終わった [2019年6月30日]
カテゴリ 文学

北海道に拠点を置く「都銀」として知られた北海道拓殖銀行において、最後に頭取を務めた方による自伝です。バブルの後始末あるあるですが、この方もたまたま頭取を務めていたことで割を食い、刑務所送りにまでなった気の毒なサラリーマンでした。

本書は例えば北海道新聞社が総括した『拓銀はなぜ消滅したか』(1999)と比べても、まるでリアルタイム感がありません。現場の喧騒とは離れたところで、悪く言えば右往左往しておられたようです。会社というものは簡単にはつぶせない、という普通の感覚がこのタイミングでは致命的な失敗につながった、それだけだと思います。

本書全体から伝わってくる柔和な人柄、また最後のあたりでは年金生活者が困るから金利は上げた方がいいというような平凡な感想を述べておられるところをみても、この人はバブルの崩壊と大量の不良債権がなければそもそも頭取にはなれなかったのでは。教訓としては人間、分相応ということでしょうか。

そういえば昨今は「都銀」という言葉そのものがいまいちピンと来ない時代になりました。わたしが適当な就活をした2006年ごろはかろうじて生き残っていた概念だったのですが。

2019年6月28日

読書状況 読み終わった [2019年6月26日]
カテゴリ 経済

外国人の存在が当たり前になった日本社会。「グローバル化」という言葉もあまり耳にしなくなりました。

本書は「アメリカ人」にターゲットを集中し、「出世」という目標を身も蓋もなく目指します。エビデンス厨や統計的に有意厨なんぞどこ吹く風。「アメリカ人はこうだ!」。

日本で働く外国籍の方々の多くはアメリカ人ではないわけですが、商売の世界ではアメリカナイズの風潮は止まりそうもありません。なんだかんだいいつつもアメリカ人が好きそうな方向で物事を考えたほうが「出世」はしやすそうです。良い悪いはともかくとして。

印象に残ったメッセージは以下です。

・アメリカは予習型、日本は復習型。
・アメリカ人は"Integrity"にこだわる。
・アメリカ人には「こんな質問をしてもOK?」という発想そのものがない。
・アメリカ人は最終的に自分が責任を持てるかどうか、といったこととは眼中にない。

これは果たしてひどい偏見なのかそれとも一面の真理を突いているからOKなのか、いや合ってるからOKというものでも・・・読んでるこっちが心配になってきたりします。

ただ日本のサラリーマンは「わきまえた質問なのか」とか「自分で責任を取れるか」ということを気にしすぎななのかもしれません。外国の方はよく"It's a Good Question"と言います。傍から見て明らかにどうでもいい問いかけに対しても。

後半は英語の勉強法を扱っています。こちらは前半とちがって地に足の着いた、働きながら英語を習得した人らしいノウハウが集まっていて役に立ちそうです。あちこちエッジが効いたビジネス英語指南書でした。

2019年6月30日

読書状況 読み終わった [2019年6月21日]
カテゴリ 語学

最近元号が変わったということで、「平成」を振り返る企画がメディアに溢れています。そのなかで、「ありがとう平成」などという頭の悪そうな企画の数々とは一線を画し、平成時代の負の側面ともいえる「バブル」を総括するのが本書です。

"平成の三十年は、バブルの絶頂に始まり、その崩壊」、その後始末に費やされた「失われた三十年だった"

バブルを総括するという趣旨の本はここ数年でも多数出版され、特に永野健二 『バブル―日本迷走の原点―』(新潮社)は2016年にわたしが読んだ本ランキングでNo.1に輝く傑作でした。そんな数あるバブル本の中で本書の突出したポイントを挙げるとするならば、新聞記者ならではの一次情報、また法廷記録をはじめとする分厚い証言の蓄積でしょう。また永野氏の著作は広く実業界全体を扱ってバブルの多様な側面を炙り出していたのに対し、本書ではそれぞれ特定の「銀行」を各章の主演俳優としてノミネートしているという切り口も特徴だと思います。

耳目を引くミクロな狂乱よりも、銀行と行政のかかわりにフォーカスすることで病理の根本に迫っていくという手法により、個々のエピソードがその病巣に至るまで深く切り出されていきます。いわゆる護送船団方式といわれる慣行についても考えさせられるところが多くあり、ことに第3章の大和銀行ニューヨーク支店事件の顛末は、頭取の振る舞いが滑稽であればあるほど、むしろ大蔵省という役所の不気味なまでの存在感を思わずにはいられません。

ただわたし個人の感覚では、過去一緒にメシ食ってネタ元にしていた関係者たちを「犯人」みたいに描くのはそもそも人としてどうよ、という気がしなくもありません。メディアというのはそういうものだといえばそうなのでしょうが。

2019年6月20日

読書状況 読み終わった [2019年6月19日]
カテゴリ 経済

化学工業日報社というその名の通りの業界紙を発行する新聞社が、戦後日本の石油化学産業の出来事を綴った編年史。転職を機にお客さまの業界も変わってしまったので(当たり前だけど)、ざっとこれまでの経緯を把握したく読んでみました。

これまでさっぱりご縁のなかった世界ながら、改めて昭和のお役所、化学工業の場合は特に通産省の存在感に圧倒されます。マイティ・ミティの時代ですね。もう今やだれも興味がないことも含め、鉄鋼・造船・重工と似たような数々の「ご指導」があったようです。

それから目を引くのは販売会社をはじめとする合併・提携・解消といった合従連衡の歴史。あっちがくっついでこっちがくっついて今度は分解して・・・もうなにがなんだかわかりません。業界自体が化学反応を体現しているかのごとく。先般も日本触媒と三洋化成の統合が報じられました。業界の皆さまはもう慣れっこなのでしょうか。

なにはともあれ社会の基盤を支えるとともに政治や経済の荒波の中で果敢にバランスを取りつつ進化を遂げてきた我が国の基幹産業。会社ごとの位置づけや特徴もなんとなくわかってきました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2019年6月22日

読書状況 読み終わった [2019年6月17日]

”お馴染みのスミスの曲をいざかけるとお客さんは狂喜乱舞。皆、喜んでいるような泣いているような顔で、思い思いに自分のスミスを歌いながら、踊る。(・・・)DJブースからそれを見ていると、不思議な気持ちになる。みんな、まだこんなにもスミスが大好きで必要なんだ、と思い知らされる。主体はもうないのに、ファンの「ザ・スミス」への思いは毎日息をしている”(P.64~)

80年代イギリスで一世を風靡したザ・スミス、またスミスのフロントマンであった歌手・モリッシーのファン歴34年というブロガー(?)さんによる、モリッシー愛に溢れた本です。

この人(およびこの人たち)の魅力は本当になんだかよくわからないところがあります。著者は「一日何回しにたくなるの?」と現地人に茶化されたことがあるそうで、「暗・・」というイメージは世界共通のようです。

でも単にネガティブな言葉への共感だけであれば、ここまで支持層が広がることはなかったように思われます。やっぱり最後は人生を強く肯定するなにかが伝わるのでしょう。わたしもロックを聴かなくなってもう15年くらいになりますが、それでもスミスに限っては年に数回は何だかんだで棚から引っ張り出してきて、変なエネルギーを受け取っています。

あくまでファン目線のエッセイのような内容なので、モリッシーの伝記的昔話や楽曲・歌詞の分析とかいったものはほとんどありません。いまこの時代に生きていて、なおかつスミスやモリッシーが運よく引っかかった方に贈られるエールのような作品でした。

2019年6月30日

読書状況 読み終わった [2019年6月13日]
カテゴリ 音楽

おそらく日本の会社で最もつかわれているであろうメーラー、Outlookの使い方に的を絞ったライフハック本です。小職もめでたくOutlookを使っている職場に移ることになり、バージョンアップへの順応にも役立つかと思って読んでみた次第。

ツボを押さえた時短術がちりばめられていて、目に見えてフラストレーションが減り、大変助かっています。フォルダ分けをやめたことのデメリットなどは時間が経てばそのうち出てくるかもしれませんがいまのところ特に不具合なし。

それにしても去年まで5年間も使い続け(されられ)たロータスノーツとかいうメーラーは本当にどうしようもなく使えないカスみたいなメーラーで、まじであのゴミから解放されただけでも職場を変えた意味があったのではないかと思うくらいで本当に本当に・・・Outlook最高や!!

2019年6月22日

読書状況 読み終わった [2019年6月11日]

石油精製プロセスの教科書です。初版は1983年の古い本にもかかわらず、2019年もめでたく版を重ねた名著。原題は”Petroleum Refining for the Non-Technical Person”とあり、どちらかというと専門家ではないけど石油業界ではたらいている、あるいは関心のある読者を想定して書かれています。

カラーページも写真もなく、教科書っぽい表やグラフそして【練習問題】まで登場する殺風景な本なのですが、文章に関していえばとても読みやすく、初学者である小職にもある程度までは理解できました。全ては炭化水素(hydrocarbons)のお話ですので、化学の基礎はあるにこしたことはありませんが、なくてもなんとか読めます。

後半で少しだけ扱われる硫黄回収とかエチレンプラントはこの30年でそれなりに進歩もあり、やや古いところもなくはないですが(細かい例をいうと現在のClaus法は95%以上回収できるはず)、細かいことを知る必要のない我々事務方にとっては十分実務にも耐えうるものだと思います。

製油所やそれをとりまくコンビナートがおおまかにどのように成り立っているのかを、簡単すぎず、難しすぎず、ちょうどよく理解するには最適の一冊だと思います。「技術屋さんとも話ができるレベル、ただしすぐ手が届く程度」の知識がまとまっています。

2019年6月16日

読書状況 読み終わった [2019年6月9日]

港湾労働者として肉体労働をしながら哲学的思索を続けた異色の思想家、エリック・ホッファー。本書はホッファーが56-57歳の頃に、後の著作のネタ帳として書いていた日記らしいです。

日々の労働に関する記述の中にふらっと挟み込まれる洞察の数々、そのとき読んでいた本のメモ書き、また全体を貫くその筆致に、同じく賃金労働者として働く自分としては憧れるものがあります。こんなふうに生き、そして死んでいきたい。

そんなわけでとても良い本なのですが惜しむらくはこの厚さで¥3,600というお値段ですよね・・・あと森達也のモノマネ日記とか寒いだけなのでこれカットしてもう少し安くしとけば、とは思います。

2019年6月16日

読書状況 読み終わった [2019年6月5日]
カテゴリ 哲学

「日経トップリーダー」なる雑誌に連載された企業倒産レポートを収録し、11個の「定石」を導き出してまとめた本です。

冒頭で、”通読すると、破綻には一定のパターンがあるとはっきり理解できるはずです”と書かれています。確かにパターンはあるのかもしれません。しかし読めば読むほどケースバイケースというか、じゃあどうすうれば良かったのか、もしいま自分が同じパターンに落ち込んでいるとして何ができるのか、ということは結局判断がつきません。

例えば定石3「攻めの投資でつまずく」とともに定石7「危機対応が後手に回る」が挙げられていますが、攻めの投資は先手を打った危機対応であることも多く、また危機対応が後手に回るのはつまづきそうな攻めの投資を控えることと同じと解釈できるケースもあるかと思います。いろいろと理屈をつけたとしても、後からなら何とでも言えるわな、という気もします。

裏返すと同じストーリーは二つとなく、事実は小説より奇なり。多少不謹慎ですが一種のエンターテイメントとして読むのであれば非常におもしろいです。諸行無常を感じつつ。

2019年6月16日

読書状況 読み終わった [2019年5月20日]

”入門書を探したが適当なものが見つからず、大槻春彦訳の『人性論』(岩波文庫)を買って読みはじめた。だが、そのうち私の関心が他の思想に移ってしまい、第一編を途中まで読んでやめてしまった”(P.4)

冒頭から「ヒュームあるある」で大変共感しました。哲学とか政治思想の本を読んでいると、第二次大戦以降の比較的新しめの話題でも何かと引っ張られてくるのがヒュームという哲学者です。イギリス経験論知らないなんて、そんな蒙昧な頭でもって人文書とか読む資格あんのアンタ(藁というような変な圧力すら感じます。

そんなわけでとりあえず『人性論』を読んでみようとするのですがこのつかみどころのなさといったらもうゲンナリするレベル。端的につまんない。もうみんなヒューム引っ張ってくるのやめてよと言いたくなります。そもそも認識論っておもしろいかあれ。

そんな同じ問題意識(?)を持っている著者による解説が本書ですが、これは例の『人性論』を読む前段階として非常に有益だったと思われます。ヒュームが論を立てるときに広げてくる大風呂敷というか、彼がいかに大上段に構えてくるかということを理解しないとあの執拗に分け分けするトーンにはついていけないのではと。(あれは彼が細かいのではなく彼が持ってきたパイがでかすぎた説を提唱中です)。

それからヒュームの立場とよく混同される功利主義とのちがいとか、社会契約三羽カラスとのちがいとか、あるいは宗教とか情念に絡めとられている連中の蒙を理性をもって啓いたるというイメージが実際とは相当ズレていることとか、ポイントをかっちり押さえた解説になっています。

本書を読んで、それから『人性論』も一応最後まで読んで、それでも結局のところヒュームがなにを言いたいのかはよくわかっていないのですが、本書単体としてはよくできた懐中電灯として推奨したいです。

2019年6月8日

読書状況 読み終わった [2019年5月19日]
カテゴリ 哲学

タイトルから何か自己研鑽の役に立つアイデアが見つかるかもと思って読むと肩透かしを食らうので要注意。小集団活動の発展形のお話ばかり。技術者のことを念頭に置いて書きましたというだけで内容は凡庸。

2019年6月8日

読書状況 読み終わった [2019年5月4日]

「第4回twitter文学賞海外部門第1位」。そんなのがあるんですね。

普通の小説なのかそれともドキュメンタリーなのか、はたまたこのタイトルは何なんだ?とか本屋で手に取った時点ではいろいろと謎の多い作品でした。20世紀のもっとも惨憺たる時代、場所はチェコ・スロバキア。舞台設定の時点でさっそく胃もたれがしてきます。

帯の大絶賛とは裏腹にストーリーそのものはチンタラ進み、50ページくらいで飽きてきました。いやアンタの話はしらねえよと言いたくなったりします。読み終わるまで60回くらい。しかし「もっと巻いてくれよ」と思いながらパラパラとページを繰っていると、この小説の面白さというか、巧妙に作り込まれているところを見落としてしまうかもしれません。

あえてカテゴライズするならばカポーティの『冷血』に類するノンフィクション・ノベル(の子孫)であり、つまるところネタバレも何もありませんので、巻末の解説を先に読んでしまう方が良いかと思いました。なるほどあの変なのはこういう意味合いがあったのねとすんなり腑に落ちます。

現代史のひとつのエピソードをこの独特の距離感でもって叙述していくという手法には、確かに何か新しいことをやっている印象を受けます。ただエンタメとして単純に面白いか、あるいはホロコーストの一側面をえぐる迫真のドキュメンタリーになっているか、と言われるとそこは保留せざるを得ません。もうちょっと軽いテーマのほうが逆にパンチが効いたような・・・。

2019年5月3日

読書状況 読み終わった [2019年5月2日]
カテゴリ 文学

M.フーコーによる連続講義をテーマとして、いくつかのキーワードを軸に読み解いていく本。なんとなく院生の研究ノートを読んでいるような感覚でした。退屈感は否めず。長いし。

2019年6月20日

読書状況 読み終わった [2019年5月2日]
カテゴリ 哲学

先日読んだ『満願』(新潮文庫)に強烈な印象を受けたので長編も読んでみようと思い、平積みされていた代表作らしきこちらから入ってみることにしました。

評価の高い作品だけあって完成されていて、読者を引き込んで離さない魅力があります。長編ということもあり、ミステリーとしてもビルドゥングスロマンとしてもてんこ盛り。

ストーリー全体としての盛り上がりとは別にして、中盤に描かれる、ある軍人と主人公との対話がこの小説の性格を決定づけています。サラリーマン生活の長い小職としては、めんどくさいこと考えてないでさっさと原稿書いて送れと思うのですが。

そこからラストまで響き続ける「記者の倫理感」みたいなのがくどいので素直でない読者にはいささかウゲゲという印象を与えるかもしれません。少なくともわたし個人は食傷気味の読後感がぬぐえず。主義主張のないやつを読んでみたいところです。

2019年5月3日

読書状況 読み終わった [2019年4月27日]
カテゴリ 文学

最近一部で再び注目を浴びる20世紀ロシアの哲学者・文芸批評家M.バフチンの主著、『ドストエフスキーの詩学と諸問題』です。

ドストエフスキーの小説における「対話」、「相互作用」に重点を置き、作者ないし超越的なひとつの視点を前提に論を立てる従来の批評を痛烈かつしつこく攻撃しているあたり、60-70年代のポストモダン全盛期の勢いを感じられますね。

それは置いておくとして、本書のすごいところは何といってもドストエフスキーの小説の特徴を、ある種誰でもわかる言葉でクリアに説明しているところでしょう。わけのわからない言葉遊びのような文章の羅列に終始する文芸批評とは一線を画しています。

例えば「第5章ドストエフスキーの言葉」、いささかミクロな文体論が展開されている箇所でバフチンは以下のように書いています。

”(・・・)多様極まりないタイプの言葉があれこれと、不断に、かつ激しく交替することである。パロディーから内的論争、論争から隠された対話、隠された対話から落ち着いた聖者伝的調子の文体模写への、あるいはまたそうした聖者伝的調子からパロディー的叙述を経て、ついには異常に緊張した開かれた対話へとたどり着くといった、激しくも思いがけない移行の連続ーーーこれこそが彼の作品の波立つ言語平面である。しかもこうしたことすべてがわざと、はじめも終わりも不明瞭な、議事録風の情報伝達的な言葉のあいまいな糸で編みあわされているのである。しかしまた同時に、ほかならぬこの無味乾燥な議事録風の言葉そのものにも、すぐ隣り合った言表の鮮やかな輝き、あるいは濃い影が落ちかかるのであり、その光と影はその言葉にも二重の意味を持った独特の調子を付加するのである”(P.409)

一見いろんなことをいっぺんに言っていて雑な印象を受けないでもないですが、多くのドストエフスキー読者が端的に食らうであろう圧倒的なまでの「文章(体)力」の内部構造を、簡潔に描き出した上できっちり収拾をつけています。

また特に第1章に顕著にみられる、他の論者との対比および類比によって自説を丁寧に彫琢するスタイルも本書全体に明瞭な印象を与えています。自ら編み出すキーワード(ポリフォニー、カーニバルetc.)の鋭さもさることながら、地道にゴリゴリと攻めてくる批評という感じでしょうか。

いささか分厚いのと第4章で中だるみするところがあるので読むには多少根気がいりますが、ドストエフスキーにKOされた経験のある皆さまは一度読んでみると存外にスッキリするかと思います。

2019年5月2日

読書状況 読み終わった [2019年4月14日]
カテゴリ 文学

ビジネス書として読むには応用性に疑問があるうえにきわめて冗長、国際政治の本だと思って読むとあちこちでめんどくさい礼賛コールが入る一方で分析はWikipediaより薄いので、どっちにしてもつまらない本。

2019年7月14日

読書状況 読み終わった [2019年3月17日]

変な色情話ばっかりで全然笹川良一の伝記になってないし塩野七海を10倍濃くしたような「旦那」礼賛がキモくて最後まで読めず駅のゴミ箱へGO。

2019年6月8日

読書状況 読み終わった [2019年3月2日]
カテゴリ その他

馳星周の自伝っぽい雰囲気漂う小説。大学生だった頃を思い出してしまって何とも温かく、痛々しく、切ない後味が残ります。

2019年6月30日

読書状況 読み終わった [2019年2月9日]
カテゴリ 文学

サラリーマンの「停滞」について語る本です。いわゆる中堅社員のみならず、20代から定年間際の世代に至るまで、対象ジェネレーションは広めに扱われています。

こういうテーマはどうしても個別の印象論になってしまい、「あいつの問題はさあ・・」というシラフの居酒屋談義みたいな話に終わりがちなのですが、著者は大学の先生だけあって、「停滞」とはどのような現象なのかということをくどいほど説明していてそこは好印象でした。

ただ当たり前ながらみんなに効く処方箋があるわけでもなく、「じゃあどうすればいいか」ということについてはごく普通のアドバイス集といった感じです。

これを読んでいるわたし自身も典型的「中だるみ社員」であり、結果的に最近、勤める会社を変えるという選択をしました。中途採用とはいえあくまで日本の会社の総合職ですので、数字で見える成果を急ぐよりもまずは職場に溶け込むことを優先して動いています。

もちろん「即戦力」という言葉はそれなりに重く、溶け込み優先を選択しているがゆえに自家発電されるプレッシャーもあります。これについては背中を押されたような感じがします。

”すぐに再転職を考えているのでなければ、まずはその会社での仕事のやり方に適応しそれをもとに与えられた仕事に没頭することが大事ではないでしょうか。同時に、職場での人間関係に配慮していく必要があります。それによって、転職者の場合もキャリアの停滞に陥りにくくなると考えられます”(P.157~)

毎日見たことも聞いたこともないできごとが押し寄せてきて、エキサイティングであるとともに困惑しながらの日々です。ぼちぼちやりましょう。

2019年1月27日

読書状況 読み終わった [2019年1月26日]

カトリックの研究者・山本芳久氏と若松英輔氏の対談本。若松氏の文章は過去に『イエス伝』や井上洋二著作集のあとがきなど読んだことがあり、やたらポエミーでさっぱり意味不明だったので嫌な予感がしたものの、ツイッターのキリスト教界隈で話題になっていたのでまずは読んでみました。

結果相変わらず相性がよくありません。山本先生はうまく受け流して時には質問を無視して軌道修正してくれているのに、相手方はぼんやりした言葉でしつこく絡んでくるだけ。挙句は非論理性を変に正当化し始めたり(P.135)、唐突に「聖なるもの」概念を使って煙に巻いたり(P.225)。この人酔ってんのかなと。

2019年6月20日

読書状況 読み終わった [2019年1月23日]
カテゴリ 宗教

オランダ出身のカトリック司祭であり、多くの著作を残したヘンリ・ナウエンが、人びとの生活の指針のようなものを説いた本です。

著者の素晴らしいところは、いまここにある世界の暗い部分を消して無視することなく、また自身の内にある弱さに目を伏せることもなく、この浮世を生きる人びとに実感をもって伝わる言葉を綴っているところだと思います。俗世を超越したような「お説教」の次元には留まりません。

確かにどの文章も最後は「神の愛」なるものに帰着します。そこが受け入れられるかどうか、という問題はあります。表層的に読んでしまえば退屈な本かもしれません。しかしクリスチャンではない自分でも共感できるところは少なからずありました。


"これらのことのゆえに私たちは、思い煩いに終止符を打つことができるでしょうか。たぶん、できないでしょう。私たちがこの世にある限り、緊張と精神的圧力に絶えず見まわれ、私たちの心は決して思い煩いから自由にされることはないでしょう。しかし、私たちの思いとこころが、私たちを取り囲む神の愛に絶えず立ち戻りさえするなら、くよくよ悩みがちな自分に、絶えず微笑みを向けることができるようになります。そして神の国の光景をかいまみる目と、その訪れを告げる響きを聞く耳を、つねに持ち続けることができるでしょう"(P.130)

"現代社会で私たちは、人間の悲惨さを伝えるあまりにも多くの「ニュース」にさらされているので、その過重な負担のせいで心が麻痺しやすくなっています。しかし、神の憐れみ深い心に限界はありません。神の心は人間の心より、はるかに、果てしなく大きいものです。そして、神はその大きな心を私たちに与えようとなさいます。それは、私たちが燃え尽きたり、麻痺したりすることなしに、すべての人を愛することができるようになるためです"(P.164)

"人間関係を、あたかも「人間が作る」もののように生き、人の定めた規則や慣例が変更され、変化するたびにそれに左右されるものと見ているなら、現代社会を特徴づける果てしない分裂や疎外感以外のものを見出すことはできないでしょう。しかし私たちが、愛の源としての神を、飽くことなく、絶えず求め続けるなら、神の民への神の贈り物である愛を見出すことができます"(P.192)

(20160220)

2014年11月9日

読書状況 読み終わった [2019年1月19日]
カテゴリ メンタル強化

(一部の)景気が良くなるにつれて、またぞろ経済事件ニュースが増えてきて、ニュースサイトでは「地面師」という言葉を度々目にします。しかしいまいち何をしている「師」なのかよくわかっておりませんでした。そんな中、敬愛する森功氏がそのものズバリの本を出してくれたので迷わず購入した次第です。

「地面師」さんは何のことはなく、地主に成りすまして誰かに土地を売り、カネを受け取ってドロンという実にシンプルな詐欺をやっている人たちのようです。なんとなくグレーな詐欺かと思っていましたが真っ黒でございました。

グレーに見えるのはその詐欺グループがなんというかアメーバ的というか、首魁のような人はいるのですが、犯罪組織というほど確たる構造を持たず、その都度適材適所(?)で集合離散を繰り返すという性質にあるように思われます。地面師の事件は粉飾決算のような「見ようによってはセーフ」という経済事件ではなく、結果はどうみてもアウトなのですが、にもかかわらず捜査はことごとく不完全燃焼で終わってしまうのです。

最後に紹介されている世田谷の事例では、「被害者」の息子が事件の全容を語ります。このケースではこの息子が詐欺グループと深く噛み合っているので特にややこしいのですが、他のエピソードでもあるように、「被害者」と「加害者」を含め、関与のレベルが異なる参加者たちが入り乱れていて、しかも揃ってうさんくさいので、捜査当局もあえなく的外れのところにピントを当ててしまいます。

無論犯罪を肯定するわけではないのですが、地面師の詐欺はシンプルな犯罪のようで謎が多く、キャラクターにも個性があり、解き明かしの楽しみもある秀逸なテーマといえそうです。そしてかかるテーマを最高の形に仕立てる最適任者、森功氏の筆もいつもながら冴えています。

2019年1月6日

読書状況 読み終わった [2019年1月2日]
カテゴリ 経済

「私的キリシタン探訪記」。ノンフィクション作家の作品ながらいわゆるノンフィクションとは風合いが異なり、こういう本です、と一言で表現しにくい本なのですが、この一風奇妙な副題の通りの本です。

舞台は1600年前後のキリスト教の到来から迫害の時代、なかなかボリュームのある本なので多くの出来事や人物が描かれるものの、軸足は現代日本に置かれ、また視座は一貫して著者自身です。

日本におけるキリスト教の迫害のイメージというと、わたしの中ではまずは教科書、そして遠藤周作の『沈黙』で形成されています。嘘だと思いたい凄惨なお話の連続。本書ももちろんそういう史実が扱われます。ただ、できることならば目を背けたいという著者の思いと共感していくうちに、ある程度「怖さ」は薄まっているようにも感じます。

著者がクリスチャンではないこともあるいは奏功しているのもかもしれません。「殉教」について変に超越したような美化がなされるわけでもなく、普通の感覚で読める本です(わたしは信徒ですが昨年なったばかりということもあって、殉教の教義的な記述、例えば列聖の基準などの方に違和感を覚えます)。

比較的短い第5章「大村」が特に印象に残っています。グーグルマップで大村市の衛星写真を参照すると本当に普通の住宅地でしかありません。しかし唐突に「首塚」や「妻子別れの涙石」という史跡が図示される。この何とも言えない、絶句するしかない、そんな感覚が本書にもあるいは著者にもあったのではないでしょうか。

諸宗教・教派や国家間の軋轢を扱わざるをえないテーマだけに、読んでいる間は「中立性」が論点になるようにも思われたのですが、読了したときにはそんなものは実にどうでもよいことだと感じました。どなたにでも紹介できる一冊です。

マジメ信者君のようで恐縮ながら、本書を読み終えて、自分の内に刻まれた聖書の言葉を最後に引用します。

"それで、死んだも同然の一人の人から、空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように多くの子孫が生まれたのです。この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束のものは手にしませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声を上げ、自分たちが地上ではよそ者であり、滞在者であることを告白したのです。"(ヘブライ人への手紙11:12-13)

2019年1月12日

読書状況 読み終わった [2018年12月31日]
カテゴリ 宗教
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