西の魔女が死んだ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2001年8月1日発売)
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『おばあちゃんの思い出』、この言葉を聞いただけで目頭がなんだか熱くなる方は多いのではないでしょうか。2000年3月に公開されたドラえもんの同名映画を思い出す人もいるかもしれません。私にとってもおばあちゃんは特別な人でした。共働き家庭で育った私は、おばあちゃんと過ごした時間が両親との時間より格段に長かったこともあり、両親にも相談できないこともおばあちゃんになら話せる、両親に話すことでも事前におばあちゃんに話して意見を聞いてからにする。そういう日常を送っていました。でも、今思えば話しやすいが故に、そんなおばあちゃんには随分とわがままを言ったようにも思います。親しいからこそ何でも話す、わがままも言う。でも、そんな私が話すあんなこと、こんなことをいつも『そうだな。』『がんばったな。』『よくやったな。』と静かに聞いてくれたおばあちゃん。おばあちゃんの思い出は誰にとっても特別じゃないでしょうか。

『西の魔女が死んだ』唐突な書き出しで始まるこの作品。『英国人と日本人の混血であるママは、黒に近く黒よりもソフトな印象を与える髪と瞳をしている』というママ。だから、おばあちゃんは英国人という主人公・加納まい。そんなおばあちゃんを『西の魔女』と呼んでいた まい。『回りの世界から音と色が消えた。失った音と色は、それからしばらくして徐々に戻ったけれど、決して元のようではなかった。二度と再び、まいの世界が元に戻ることはなかった』というおばあちゃんの死という現実に向き合いながら、ママと、おばあちゃんの家に急ぐ まい。そんな途上、二年前に一ヶ月の生活をともにしたおばあちゃんとの思い出が記憶に蘇ります。小学校を卒業し、中学校に入ったばかりのその時期に『わたしはもう学校へは行かない。あそこは私に苦痛を与える場でしかないの』とママに訴える まい。ママは、そんな娘を無理に学校へと追いやるのではなく、おばあちゃんの家に連れて行く決意をします。

『まいと一緒に暮らせるのは喜びです。私はいつまでもまいのような子が生まれてきてくれたことを感謝していましたから』と喜んで迎えてくれたおばあちゃん。『「今日は裏山で働いてみましょう」おばあちゃんが突然言い出したので、まいはびっくりした』というそんなおばあちゃんとの二人暮らしが始まりました。そんな中、『まいは、魔女って知っていますか』と尋ねるおばあちゃん。『魔女』という言葉にとても興味を持ち自分も魔女になれるのかと問う まい。そんな まいにおばあちゃんは『それではまず、基礎トレーニングをしなければ』と答えます。そして、おばあちゃんが見守る中で まいの魔女修行が始まりました。

『櫟や樫、榛の木や栗の木などの点在する陽当たりのいい雑木林』という森、『木のまばらなその林の床一面、真っ赤なルビーのような野いちごの群生』という野苺畑などの絶妙な表現。また、ホトトギス「テッペンカケタカ」、こじゅけい「チョットコーイ」、鶏「コケコッコー」という鳥の鳴き声のリアルな描写。おばあちゃんの家の周りのあんな情景、こんな情景が、読書という文字からしか得ることができない状況にもかかわらず、目の前に森が大きく広がるのが見え、また、耳に鳥のさえずりまでが聞こえてくる。まるで自分がその場にいるかのようなとても臨場感を感じられる描写に満ち溢れていて、思わず私も深呼吸したくなりました。

ママからは『昔から扱いにくい子だったわ。生きていきにくいタイプの子』と言われていた まい。学校生活に馴染めず今も苦しんでいる中学生も数多くいるこの社会。それは今も昔も変わらないこの国の現実なのかもしれません。でも一方で核家族化という言葉が変化ではなく、もはや当たり前となった時代には、以前より子供に逃げ道が少なくなったように思います。私は、かつておばあちゃんと長い時間を過ごすことができました。喜び、怒り、哀しみ、そして楽しみの全ての感情を共にする中で、どんなに救われたかわかりません。今の自分があるのはおばあちゃんがいたから、大袈裟でも何でもなく、自信を持ってそう言いたいと思います。でも、おばあちゃんは何も特別なことを教えてくれたわけではありません。魔女修行をする まいにもおばあちゃんは語ります。『いちばん大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力ですよ。自分で見ようとしないのに何かが見えたり、聞こえたりするのはとても危険ですし、不快なことですし、一流の魔女としてあるまじきことです』。自分の意志の大切さ。自分が自分であるために。大人への階段を自分の力でのぼっていくために。そう、そんな時代を送る子どもたちに向けたとても印象的な言葉だと思いました。

もうため息が出そうになるくらいに澄み切った美しい森の描写と、柔らかなぬくもりの感じられるおばあちゃんの まいに対するあたたかい眼差し。そこで紡がれる人の優しさと、慈しみ。『おばあちゃん、大好き』という まいに、『いつも微笑んで、「アイ・ノウ(知ってますよ)」、と応えた』というおばあちゃん。その静かな結末に、悲しさと切なさを超えて、愛おしいさと懐かしさを感じることのできる、とてもかけがえのない時間を綴られた梨木さん。素晴らしい作品に出会えました。ありがとうございました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 梨木香歩さん
感想投稿日 : 2020年4月23日
読了日 : 2020年4月22日
本棚登録日 : 2020年4月23日

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