豆の上で眠る (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2017年6月28日発売)
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『アンデルセン、グリム、イソップ、アラビアンナイト、といった世界中の子どもが知っている童話に、私は毎晩、耳を傾けながら心地よい眠りについていた』。あなたも小さい頃、何かしら童話の世界に触れ、心をときめかせたことがあるのではないでしょうか?でも、アンデルセンだけでもその数は212にものぼるという圧倒的な数の童話作品。これだけあると、必ずしもみんながみんな同じ作品を知って育ったわけでもないのかもしれません。でも、そんなよく知る童話も大人になって読むと見方が違ってくることはないでしょうか。王様が上司だったら自分はどう立ち回るだろうかと考えてしまう「はだかの王様」とか、結局は血筋かよと思ってしまう「みにくいアヒルの子」などなど。そしてこの作品で取り上げられているのはアンデルセンの「えんどうまめの上にねたおひめさま」。私はタイトルさえ知らなかったこの作品ですが、あなたは知っているでしょうか。嵐の夜にお城を訪れたボロボロの身なりの少女。私はお姫様だと語ります。ベッドの上にエンドウ豆をひと粒置いた上から、敷布団を20枚と、羽布団を20枚を重ねその上に少女を寝かせてどのように反応するかを試します。少女は何か硬いものがベッドの中にあって眠れなかったと答えます。王子様はそんなに感じやすいのは彼女こそお姫様に違いないと少女をお妃にするのでした。めでたしめでたし。というお話。さて、このお話からあなたは何を感じるでしょうか。

『三豊駅で新幹線を降りた。今日、帰省することを家族には伝えていない』という主人公・結衣子。胃潰瘍で入院した母の見舞いに実家に戻ります。『見覚えのある後ろ姿が目に留まった。姉だ!友人らしき女性と一緒だ』と地元の大学に通う姉・万佑子を見つけます。『二人同時にこちらを見上げた。八ヵ月ぶりの姉とその友人』、しかし『目に留まったのは、傷痕だ』、『右目の横に、豆のさや形の傷痕がある。姉にではない。隣にいる連れの女性にだ』と、動揺する結衣子。『どうして?という思いが頭の中を駆け巡って』しまいます。そんな結衣子は『苦手だったのは文字だ』と『本を開こうとしない私に、万佑子ちゃんは自身が小学校に上がったころから、読み聞かせをしてくれるようになった』と過去を振り返ります。体の弱かった万佑子をローラースケートに連れ出した結衣子。『無理矢理フェンスから離した』、という次の瞬間、『万佑子ちゃんの顔から血が噴き出すようにながれていた』と、右目の横に大きな傷が残ってしまった万佑子。そのことを悔いる結衣子。そして『八月五日、万佑子ちゃんが目の横に傷を負った三ヵ月後』、裏山で遊んだ後、先に帰った万佑子。『それが、私が最後に見た万佑子ちゃんの姿だ』と家に帰らず行方不明になってしまった万佑子。でもこれが『悪夢の始まりだったのだ。』と結衣子の日常も暗転していきます。

アンデルセン童話の「えんどうまめの上にねたおひめさま」の物語を巧みに取り入れたこの作品。「豆の上で眠る」という書名だけでなく、鍵を握る女性の右目の横の傷も『豆のさや形の傷痕』と童話に絡めて表現します。また、この童話に初めて接した結衣子は『初めて読んでもらったときは、よくわからないな、という感想だった』ことから、『その物語に書かれていることが真実かどうか実験をしよう』と両親の部屋に入って羽布団を借りその下にビー玉を置いて、その上に寝て本当にビー玉を感じられるかを万佑子と一緒に試します。実体験したエピソードは記憶に残るもの。結衣子にこの童話が強く印象に残ったのは、万佑子がいなくなった後のまさかの展開が『豆の上に眠るような感覚』と感じ、この童話とこの作品の展開を上手く繋げていると思いました。また、「シートン動物記」の「オオカミ王ロボ」に登場する『ブランカ』から飼い猫の名前を取り、失踪したブランカを探すという中盤の展開、さらには『このまま万佑子ちゃんはいなかったことになってしまうのではないか、絵本の中から出てきた、私だけに見えるお姉ちゃんだったことになってしまうのではないか』という表現など、童話や本の世界観を作品に上手く重ねていこうという湊さんの細かい工夫がとても印象的でした。

結末の一行に強い問題提起を行うこの作品。基本的な設定と結末に若干の強引さを感じざるをえない点が少し残念でしたが、本の帯にある『お姉ちゃん、あなたは本物なの?』というミステリーを物語の核にして、過去と現在を巧みに交錯させながら、まさかの結末を見せてくれるところなどはとても読み応えがありました。また、湊さんの作品らしく、うぐぐと嫌な感じもたっぷり盛り込まれていたようにも思います。

童話とミステリーを織り混ぜながら展開させるという湊さんの意欲作。大人になって童話の見方が変わるように、今まで見てきたものが違って見えてくることもある。それが望む、望まないにかかわらず…。そして、すべてを知った結衣子が訴えかける問題提起の結末に、うっ!という思いの残った、そんな作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 湊かなえさん
感想投稿日 : 2020年5月27日
読了日 : 2020年5月26日
本棚登録日 : 2020年5月27日

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コメント 2件

nejidonさんのコメント
2020/05/27

さてさてさん、こんにちは(^^♪
このタイトル、やはりそうだったのですね!
素話のネタのひとつとしてよく披露しますが、短くて面白いので子どもたちは大好きです。
はい、私も実際に豆をひと粒置いて寝たことありますよ・笑
なーーーーーんにも感じませんでした(^^;
そして「さすが、お姫様!」と感動したものです。
文学作品には、民話や昔話からとったタイトルがよく見受けられます。
元の話を知っているとより楽しめるのでしょうね。
ちょっと嬉しくてコメントしました

さてさてさんのコメント
2020/05/27

nejidonさん、どうもです。
私は知らなかったんですよね、この作品。
だからなんだかピンと来なくて、途中で、読書を中断。童話の方を読んでみました。Webの童話解説も読んでようやく少し納得しました。実際には感じたというよりは、「よく眠れたか?」という質問に、硬いものがあって眠れなかったと王子様を前に大それたことを答えた、そのこと自体が特別な人=お姫様ということだ、という記述を読んでなるどなあ、そういう考え方もあるのか、と思いました。大人な考え方ですよね。やはり、大人になると違う見方をするようにもなるのかなと思いました。
コメントありがとうございました。また、よろしくお願いします。

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