マインドハッキング: あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア

  • 新潮社 (2020年9月18日発売)
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10代後半から20代前半でどれほどのことができるだろう?
鼻ピアスに髪を染めた表紙のこの若者は、若くして車椅子での生活を強いられ、プログラミングにのめり込むと同時に政治にも興味を示し、とりわけオバマ陣営の選挙活動に感化され、母国カナダの政党に加わり党の選挙対策を進めるが、あまりの後進性に絶望し、イギリスに渡る。
大学に通いながら今度は英国の少数政党に参画するが、党勢衰退を予測して煙たがれ辞める。
次いで軍事コンサルタントのデータ分析官として働き始めるが、ある画期的手法で膨大な個人データを集めることに成功する。
それを利用して、ターゲットに個別のメッセージを流布し、世論を操作するビジネスモデルを確立する。
アメリカの大富豪からの資金援助を受け、全世界で明らかな違法行為に手を染める同社に次第に不信感を強め、昇給を固辞して会社を辞める。
その後に起こったブレグジットや米大統領選でのトランプ当選に同社が深く関与していることを知り、告発を決意し、ガーディアンやニューヨーク・タイムズなどで不正の実態を話し、アメリカやイギリスの議会の公聴会で証言する。
フェイスブックからは訴えられ、すべてのアカウント停止措置も受けている。

ここまで15歳から25歳までの出来事で、すべての内幕を暴露した本書出版時もまだ20代だろう。
おそらく映画化されるだろうし、本書にも出てくるヒュー・グラントは、本人役で出演することになるはずだ。
映像化も楽しみだが、本書の価値は単なる原作以上のものがある。
告発内容も凄いのだが、とにかく全編に渡って入る著者の政治・社会学的分析が的確で、専門家も顔負けだ。
選挙におけるマイクロターゲッティングの対象者の選定や、文化と過激主義の不思議な相関関係など、当事者の視点とは思えない深みがある。
騒動が落ち着いたら、カナダのトルドー首相は、台湾のオードリー・タンのように、著者をデジタル担当大臣として登用したらいいのではと思わせるほどの有能さ。

本書で最も意外で印象に残るシーンは、スティーブ・バノンとの初対面の場面だろう。
いまのように誰もが知る存在になる前のバノンが、同社のターゲティング責任者である二十歳そこそこの若者に会いに、わざわざイギリスを訪れる。
目は血走りやさぐれた感じの強面の男が矢継ぎ早にする質問に淀みなく答える著者。
最初のミーティングから波長が合い、オタクな仲間同士、時を忘れ語り合う。
「文化を変えたいんだ」とバノンが語れば、「では、どう文化を定義しますか?」と合いの手を入れる著者。
意外に感じたのはこの部分で、短兵急な狂信者のイメージしかなかったバノンが、根本的な変革を志向していたと知り、恐ろしさはかえって倍増した。

政治とファッションは根源的な部分で共通しているという指摘も面白い。
他人との関係のなかで自分自身をどう見ているのかという微妙な構成概念に基づいているため、どちらも周期的に変遷する文化とアイデンティティだと捉えられ、同じ現象を違うやり方で明示しているに過ぎない。
イスラム過激派にしても、ナチやKKKにしても、イデオロギーより彼らが信奉する美学やファッションを分析するほうが遥かに有益だと断言する。
文化と過激主義はお互いを補完し合える関係なのだから。

オバマ選対本部がパイオニアとなり、2008年のアメリカ大統領選挙で展開したマイクロターゲッティングは、大量の有権者データを取り込んで細かくカテゴリー化する機械学習アルゴリズムを使い、どの有権者を説得して、どの有権者を投票所へ向かわせるべきなのか、最適なターゲットを予測する。
ターゲット対象は、「支持者でありながら必ずしも投票しない有権者」と「投票するが支持者ではない有権者」で、「投票所に行かない有権者」や「支持者になりそうもない有権者」はもとより、「支持者で投票もする有権者」でさえ対象から外される。

ケンブリッジ・アナリティカ(CA)は上記を改変し、「投票所に行かず支持者になりそうもない有権者」も対象者に変えた。
ターゲットとして最もふさわしいのは、神経症型か自己陶酔型の人間で、ストレスをもたらすナラティブに対して弱く、衝動的怒りや陰謀論に傾きやすい集団と定義する。
CAは彼らに対して、フェイスブック上の広告や記事経由でナラティブを流し、感情に火をつける。
フェイスブック上にフェイクページを作り、怒りに火をつけるようなビデオや記事を大量に見せるのだ。

ただでさえ、ソーシャルメディアの登場で、アメリカ中央部の保守的な白人男性は、田舎者と揶揄され、さらし者にされやすくなっている。
CAはそれを逆手に取って、「普通のアメリカ人」がからかわれるコンテンツを多用した。
フォックス・ニュースの視聴者はトランプへの批判を見て、「トランプへの攻撃」ではなく「自分たちのアイデンティーへの攻撃」として内在化したが、この背景には、ポリティカル・コレクトネス=アイデンティティーへの脅威という認識がある。
そのため、トランプ批判が起きれば起きるほど、ますます視聴者は意固地になった。

選挙活動は、伝染病に対する公衆衛生対策と同じだ。
1 個別にカスタマイズしたメッセージに感染しやすいグルーブを見つける。
例えば、フォックスニュースを見て怒りを溜め込んでいる視聴者などがそれに当たる。
2 伝染性ナラティブに影響されやすい特性を明らかにする。
例えば、「医療保険コストが高くて生活が苦しい」など。
3 ワクチンとして対抗ナラティブを流布させる。
例えば、「悪いのは不法就労者やオバマケアだ」など。

ターゲットされた人々は、自分の問題を外在化して、厳しい現実 - 例えば雇用主が社員の福利厚生に無関心であること - から目をそらし、不法就労者やオバマケアへの敵意を募らせていく。
もともとは左派である民主党側で生まれた手法が、右派の共和党陣営で扇情的な世論操作として形を変えたのだが、特定の有権者に対して特定のメッセージを直接届けるマイクロターゲッティングは、政治的メッセージを世の中に向かって広く発信するのではなく、プライベート空間に閉じ込める格好になる懸念があるため、公共性はどんどん失われていく。

膨大なデータを使ってコンテンツを作り、ターゲットに向けて流布し、スケールアップして世論を操作するという手法は、必然的にターゲット集団の心理プロファイルへのアクセスが必要となるが、フェイスブック経由で必要なユーザー情報をいくらでも入手できることが判明する。
同社のユーザーのプライバシーに関する管理体制が緩いことを利用して、たったの100万ドルで、何千万にも上る個人データを入手できたのだ。
これからは、アンケートや電話による質問は必要ない。

リアルタイムで自動生成する個人データを活用し、その中から特定のパターンを識別するアルゴリズムを書くだけだ。
さらにその他のデータとして、国勢調査データ、住宅ローンの申請データ、航空会社のマイレージ情報、健康状態、銃の所持なども加味すれば、家族や友人でさえ伺いしれず、ひょっとすると本人でさえわからない全情報が、クリックひとつで呼び出せるようになる。
ただ、アメリカでは利用可能なデータセットが海外では乏しいか利用できない問題があること、フェイスブックの穴が塞がれた今、今後も同様の手法が可能なのかさらに知りたいところ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年12月20日
読了日 : 2020年12月20日
本棚登録日 : 2020年12月20日

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