いくつか良質の台湾小説やノンフィクションに触れていたので期待して本作を読みはじめたが、なんともはや。

「汚れた駐車場」や「愛の・・」とか、なんとも懐かしいロック歌詞のような文体に、突然「なんだよぉ!」と意気がる咆哮が入り交じり、何度か背筋を寒くさせられた。

それでも何とか読み通せたのは、狐火が最後にはこの物語に魔法をかけるのではという淡い期待から。

家族をあれだけ細かく描いているのに、祖父の死の真相追及に拘りをみせるのが主人公ただ一人というのは、あまりにも物語のバランスを欠いているし、龍應台の『台湾海峡一九四九』で描かれたような、過去の忘れるには鮮烈で痛切すぎる記憶への焦点も甘く、印象に残らない。

日本軍が行なったとされる南京大虐殺については声高に叫ぶのに、同時代にあった同胞の手による殺戮は、地元でも容易く忘れられ記念碑も取り壊される様は、龍の作品でも扱われたエピソードとシンクロしていて、本書の唯一の読みどころとなっている。

2017年12月4日

読書状況 読み終わった [2017年12月4日]

上巻で、ちょっと感情移入しにくいなと感じていた主人公二人がはじめて相対する場面から俄然面白くなった。
小説上の架空の人物同士の邂逅なのにこれほどワクワクさせられるとは。

物語の紡ぎ方も本当に達者で、トランプの神経衰弱ゲームの手だれのプレーヤーのように、最初はまったく異なる絵柄をめくって読者を幻惑させておいて、後半は一気にペアを重ね、最後には予想もしない全体の絵を完成させるかのよう。

同じ屋敷に住む家族が、多くのそれぞれ異なるパズルのピースを手にしているため、真実は万華鏡のように位置を変えるごと新しく作り直される。
すべてのパズルのピースがそろったとき、ある人物の終わりのない試練とそれに抗する覚悟と沈黙を悟る。

同じゴシック・ロマン物でもロバート・ゴダードとは物語の紡ぎ方が異なる。
確かに、ある人物の秘められた過去にフォーカスし、重要な小道具として手紙が用いられたりと共通点は多いが、ゴダードはここまで複数の視点の切り替えは採用しない。
ある人物の手紙の文面の後、次の章でその人物の視点でその内容を補完するというのは、すべて明々白々でわかりやすくはあるが、想像するしかない不可知の部分も多少残しておいて欲しかった。
ただ、抜群に巧い文章(森や庭の情景描写が見事)と、後味の良い結末に、また次も読みたいと思わせる作者であることは確か。

2017年12月3日

読書状況 読み終わった [2017年12月3日]

書き出しから何度も読み返したくなるような素晴らしい文章で、短い描写にその人の感情や人生を巧みに映し出している。

過去と現在を行き来する物語は数多いが、それぞれが複数の視点(失踪する坊やも!)から紡がれるのは、前作『秘密』同様の著者の特徴で、謎の多層化に貢献している。
この作者は有名人を主人公にするのが好きなのか、前作は国民的大女優、今作では大御所ミステリー作家を登場させている。

少し残念なのは、二人の主要主人公に共感を寄せにくいこと。
彼女たちを取り巻く家族が本当にいい人たちなので、余計に彼女たちの振舞いが独善的にすぎると感じてしまう。

2017年11月23日

読書状況 読み終わった [2017年11月23日]

日本紹介前から随分と騒がれていた話題作。
意味不明なタイトル、毒々しい装幀、香港警察を舞台にした推理小説と聞くと、広範な読者は獲得できないのではと心配になるが、あの傑作『台湾海峡一九四九』や『歩道橋の魔術師』を日本に紹介した翻訳家の手によるものなので安心して読めた。

名探偵が登場する物語を読むのがひさしぶりなので、巻頭から何度も背負い投げを食らったような驚きの連続。
寝たきりで瀕死の教官が、YESとNOだけを操作して、ギリギリと犯人を追い詰めていく様はとにかく新鮮。
読み終えて、一度も旅したことのない香港の町が、少し身近に感じられるのが不思議。

時代を少しずつ逆に遡っていく年代記になっていて、それぞれの短編で当時の政治や社会状況がつぶさに描かれるので、これだけで戦後の香港史を総ざらいできる。

「謎解きの精密機械」や「天眼」などの異名を持つ名探偵クワンの正確無比な推理は、時代を遡っても少しも甘くならず、その点は少し残念な気もする。
最終章はきっと、クワンのビギニング的な短編なのだろうと読みはじめたが、最後の一文に目が点になった。

2017年11月22日

読書状況 読み終わった [2017年11月22日]

読み終わって単に「面白かった」で終わりにしてしまう本ではなく、身近なあれこれに応用ができそうなヒントを与えられ、つい実践してみたくなるような、刺激に満ちた本だった。
「行動経済学とは何ぞや?」に答える解説書でありながら、一人の「将来有望」とされたひよっこ学者が経済学にパラダイムシフトを起こすまでの軌跡を綴った自伝でもある。
「革命」のきっかけは、著名な心理学者たちとの親密な交流がはじまりで、やがて彼らとの話し合いから心理学の要素を経済学に取りこみ、二つを結合させようと決意する。
この二つの化学反応は、少しずつ周りからも支持を集め、貴重な資金援助を受け、発展していく。
会議になれば、既存の大御所経済学者から集中砲火的に批判されていたが、やがて学問的な理論と実証を重ねて、彼らにも認めさせていく。
行動経済学という新分野の学問を打ち立てた著者にはさらに隠れた目標があった。
それは、行動経済学を使って世界をよりよくするという野心的なミッションで、すでにオバマやキャンベル政権下で担当部署まで設けられ、政策の立案に関わっている。

常に合理的な行動をするエコンではないヒューマンである我々は、予測可能なエラーをするため、そのエラーを先回りして発生を減らせるのではないか。
たとえば、自動車が通るセンターラインに眠気防止のデコボコの溝をつけたり、トイレの小便器にハエの絵を描き「飛び散り」を防いだり、退職準備貯蓄を増やすために自動加入方式を採用して煩雑さに対する躊躇を減らしたりして効果をあげている。

「ナッジ」には、私たちの注意を引きつけて行動に影響を与える環境をつくるという特徴を持っているため、トイレでよく見かける「いつもきれいにお使いいただき、ありがとうございます」という注意書きも、この好例と言えるのではないか。
ただし、この文面に反発を覚える人たちも少なくない。
「私たちがしたいのは、人々が自分の目標を達成する手伝いをすること」と著者は言うが、常に行動経済学には人々の行動を官僚的に指図しようとしているという批判がつきまとう。

著者も自戒を込めて語る臓器提供をめぐる政策の顛末は、多くの読者が注意して読まねばならない問題を含んでいる。
最初に、この「オプトアウト」型の事例を知ったのは、ダン・アリエリーの著作がはじめだったと思うが、その頃からこれは大丈夫なのかと不信に思っていた。
本書でも最初は効果があると思われた推定同意方式が、いかに最善の策ではなかったかを詳しく書いている。
運転免許更新時に臓器提供の意思の確認を行なうイリノイ州の事例もそうなのだが、左派の社会改良主義的な考えの人たちのある種の鈍感さが如実に現れていると感じた。

2017年11月15日

読書状況 読み終わった [2017年11月15日]

読み終えたばかりでまだ整理がつかないが、この本の本当の主題は何なのかと考えモヤモヤしている。理不尽で苛酷な運命に翻弄され健気に生き抜く若者の姿に涙してほしいという動機付けは著者に当然ない。進化し続ける先端医療の危うさを警告した書でもないだろう。ロボットやAIなどすでに身近に溢れつつある物に心が宿ることを読者に想像させるための書だろうか? それも何かしっくり来ない。よく「ディストピアSF」と評されるが、そのSF的設定をつぶさに見ていくと、細部までよく練り上げられているとは到底いいがたい粗さや幼稚さが目立つ。

もし臓器提供用のクローンを確保しておくなら、それが誰に所有権があるのか判然としないまでも、コストのかかり脱走や自傷などのリスクを伴う運営方法よりも、可能であれば映画でよく見られる液体入りのカプセルの中でチューブに全身が覆われるような飼育方法の方がリアリティがありそう。保護人の監視下を離れて寄宿舎から巣立っていくという設定もよくわからないし、提供の回数は語られるが何が提供されたのかも触れられず、最後の猶予を認められる認められないも求められる親の健康状態次第でそもそも希望自体に無理がある。

こういうSF的要素は物語の背景に過ぎず、拘泥していては著者の本当の意図を見誤るのかもしれないが、それ以外にも不可解な点はいくつかある。特にピエロの登場の場面。「わたし」たちの関係性を暗示するための風船であり、それだけのために都合よくピエロが「わたし」目の前に現れる。介護人という制度も「わたし」がルースやトミーと物語上、少しでも長く結びついておくためだけの作為にしか見えない。そもそもこの「わたし」というのは誰に語りかけているのか? 同じ臓器提供者予備軍なのか、被提供者も含めたすべての人なのかよくわからない。

"どんな環境下におかれても「心」を失わないことの大切さ"であるとか、"困難な制約下でも生き抜いていくことの素晴らしさ"であるとか、そんな健全な課題図書風のものが主題であるとは到底思えない。クローンが自分の親を探しに監視下を離れ自由に出歩く様などの描写は、常人の倫理性を試すギリギリのところを平気で狙っているようで、著者の本当の意図の理解に苦しむ。臓器提供するためだけの若者たちを、読者の誰もがノスタルジックな共感を示す寄宿舎での青春の一コマとして丹念に描いたら面白いだろなという、ごく単純な実験的な試みなのか?

2017年10月9日

読書状況 読み終わった [2017年10月9日]

相変わらず巻措く能わずの完徹本で面白かったのだが、シリーズの中では完成度はあまり高くない。読者は、あの陰険で高慢なスキナー警部の策謀を、フロストがどんな悪知恵を働かせて、最後に逆転するかを期待して読んでいるのに、あの展開はないわ。マレットなど物の数ではないことはシリーズの読者なら百も承知なのに、早々に敵役が離脱して肩透かしをくらった印象。それと解説の「フロスト総括」も"シリーズを未読の方は..."という但し書きがないとダメだろうというぐらいの壮大なネタバレになっていて、うっかり読んじゃうと大変だと思った。

エログロが多いことを作者の出身地を引き合いに出して解説しているが、単にイギリスの読者を想定してということだろう。ラジオドラマ出身らしく、読者が求めているものを鋭敏に感じとった結果であって、日本の繊細でコージーなユーモア小説愛好家には刺激が強過ぎるかもしれない。きわどいジョークの連発も、日本でなら際立つが、本国ではこれが当たり前の水準ということだろう。それより解説するなら、フロストのきわめつけのジョークを集めたら良かったのに。

「たまには定められた刻限までに顔を出して、嬉しい驚きというやつを経験させてくれてもよさそうなもんだがね、警部」
「おことばを返すようだけど、先生、他人を驚かすってのはおれの趣味じゃないんだよ」 

「スキナーが怒鳴りまくってる。あんたを捜して」
「あのでぶちん、おれのどこに惹かれて、そんな傍目もはばからずに会いたがるんだか?」 

「ノックが聞こえなかったが」
「ああ、だからだな。どうぞ、って声が聞こえなかったのは」

「あんたのお馴染みの、本当はただの尿意なのに直感と称してるやつか?」

2017年8月28日

読書状況 読み終わった [2017年8月28日]

いつもは下品でワーカーホリックの上司フロストの部下となる新人の視点から、読者は架空の町デントンを旅することになるのだが、今回はフロストの視点になっている。これは、署長らによるフロスト追放の画策がサブテーマとなっているため、彼は住み慣れたわが家を追い出される瀬戸際まで追い詰められ、たびたび亡くなった妻への思いに引き戻されるという展開上のことなのだろう。もうひとつ意外だったのは、いつもは読者もへとへとにさせるほど徹夜が続くのに、今回のフロストは割と休息時間が多く、短時間ながらも寝ているのだが、へまは相変らず。

芹沢恵さんの訳は、シリーズを通して評価が高く、今作でも微妙な言い回しを含めた冗談の掛け合いを日本の読者にもニュアンスが伝わるように上手に訳されているのだが、フロストの携帯が鳴るのを常に"さえずる"と訳されたのには違和感を感じた。あのフロスト警部が着信音を小鳥のさえずりのような穏やかなメロディに変えているわけではないだろうにと思って原文を当たると、ただ"when his mobile rang"を"携帯電話がさえずりだした"と訳していた。考えに考えての訳かもしれないが、イメージとかけ離れた不釣り合いな印象。

2017年8月26日

読書状況 読み終わった [2017年8月26日]

あの『真田丸』で「関ヶ原を1分で終わらせた」「大河史に残る"超高速関ヶ原"」と話題になった戦いだが、案外的を得ていたのかも。勝敗が小早川秀秋の裏切りによって決したという説は揺らがないのだが、合戦にまつわる様々な通説に新たな解釈が加えられる。そもそも関ヶ原合戦自体の位置づけが異なっていて、家康にとって実は天下分け目の大戦と勇ましく出陣したわけではなく、公儀から排除され、戦う大義名分も何一つないまま、非正規軍の頭目として、改易などの処分を畏れ焦り暴走気味の反石田三成派の諸将に半ば押される形で戦っただけだった。

苦しいのは新たな新説が打ち立てられるわけではないこと。というのも未発見の新資料を元にしているわけではなく、既存資料の矛盾を指摘するなどして選り分けているだけなので、新しい解釈ではより分からない空白部分が広がった印象だ。ただ単に後世につくられたフィクションだと切り捨てるだけではなく、架空の話がいかにでっちあげられ創作されていったかを推理しているのは面白いところ。必ずしも徳川史観に彩られた都合の良い改変によるものばかりではなく、より劇的でスリリングにと、語り伝える上で欠かせない脚色が徐々に加えられたのだ。

2017年8月24日

読書状況 読み終わった [2017年8月24日]

私たちは、染物を実際に目にし手に触れてはじめて「美しい」と感動することが出来るが、作家はこの美を直感的に理解し、その形状や色彩を言葉にのせて読者に感じてもらわなければならない。作者ほど、自らの感覚を純化し、言葉で説明するのが上手な作家を私は知らない。最後の蘇芳色の染め上げシーンなどは圧巻の一語に尽きる。長年、時代劇を物してきた著者がひそかに、日本の美意識に批判的なまなざしを持っていたのは意外だった。メスティソの女性染色家を主人公にすることで、退屈な中間色のオンパレードとか、通ぶった渋好みに悪態をつける。

2017年7月23日

読書状況 読み終わった [2017年7月23日]

毒にも薬にもならないような駄法螺話に、聞き惚れ妙に感じ入ることがあるように、佐藤正午が目指すのもそうした話芸ならぬ文芸の道なのかもしれない。"生まれ変わり"は本書の主題ではなく、スープを飲んでもらうための単なる"出汁"にすぎないと彼は語っている。「書きたかったのは、あり得ないことに直面した人たちが、それを受け入れるかどうか、その反応の濃淡」だと。なるほど、当然としてそこにあることが当然とは思えなくなり、正しい現実がしっくりこず、だんだん心細くなるなるほどの感覚との齟齬。「うんあるよ、もちろんある」

一方で自らの感覚を否定し現実に前のめりに受け入れようとする人たちも登場するが、彼らもやがてその現実に追放され、過去からは不意打ちのように記憶の書き換えを突きつけられる。

もっとも面白い読みどころはやはり、三角がひとりその夜の瑠璃とのシナリオを延々と空想するところだろう。命の字が命に見えなくなったり、は行とま行の順番に違和感を覚えるなど、退屈だと思われる話かもしれないが、自分の感覚が現実とうまく調和しないという点で、本書の主題ともつながる重要なパートだと感じられた。

2017年6月30日

読書状況 読み終わった [2017年6月30日]

勘違いしがちだが、著者はマルチタスクが問題だとは言っていない。
マルチフォーカスがダメだと言っているのだ。

この本で推奨されている「決断すること」になんら躊躇を感じなかったジョブズも、Next時代の最初の合宿で、会社の目標をすごいマシンにするか、納期厳守にするか、価格を3000ドル以下に抑えるかを決めようとする愚を犯している。
この3つはすべて、なにがなんでも実現しなければならないことで、彼も優先順位付けを苦手としていた。
美しい事務所やかっこいいロゴへの拘りも、それ自体は悪くないが、その決断に伴うトレードオフを無視していたのだ。

本質と本質でないことの区別は、本書でも語られている通り重要で、生まれたばかりの会社を率いるCEOなら必ずやらなければならないことだったが、ジョブズにはそれが出来なかった。

しかしトレードオフを重視し過ぎるあまり、本当に重要なことだけに集中し、やることを減らし、周りとの間に境界線を引くというのはどうだろう?
視野を狭め、可能性を見逃すことになりはしないか?

ジョブズが講演で語った「点と点がいつかつながると信じる」ことは、あちこちに散らばって無関係で無意味とさえ思えた可能性が、結果として一つにつながることで、iPhoneやiPadを生んだプロジェクトも、ある日「iPadあれ」とジョブズが宣言し、その意思を実現するため会社全体が全精力を傾けるという形で進められたわけではなく、社内の至る所でぶくぶくと泡立っている可能性を整理し、なにかまったく新しいものへとつなげる道筋を思い描くことで実現した。

2017年6月2日

読書状況 読み終わった [2017年6月2日]

漫画『へうげもの』では、信長の死の真相を伝えるためのメッセンジャー的な役回りとして描かれていた弥助だが、読む者に何か歴史的な役割があったのではないかと感じさせる不思議な存在。

本能寺の変で信長とともに襲撃を受け、明智軍に捕まったのに、なぜか許され解放されているのが一番の謎。

信長の家来とは言っても元は宣教師の奴隷で、献上品として所有権が移っただけで、光秀が「こいつは動物だ」と人間扱いしなかったとも言われるが、インドで軍事訓練を受け、主君への忠誠心から、自発的に嫡男信忠を救うため二条城にも赴き、明智軍とも戦っているのだ。

見上げるほどの長身で、腕力が強く、武器の扱いにも優れ、長距離の旅を物ともしない戦士としての側面と、生まれながらの奴隷で、信長が人目で気に入ったため献上され、光秀からは人間ではないから放っておけと無視される悲しい所有物としての側面の、どちらの人物像が正しいかは少ない資料から想像するしか手がないが、あの本能寺の変を生き延び、間近で事態を目撃した生き証人の証言が、イエズス会を通じてでも記録に残らなかったのは返す返すも残念でならない。

2017年5月14日

読書状況 読み終わった [2017年5月14日]

著者はビル・ゲイツとも古くから親しく、彼の話も本書には詳しいが、ジョブズ以上の先見の名や慧眼に驚かされる。
プログラムにもお金が支払われるべきだという彼のマニフェストは、時代の流れを変えたし、パーソナルコンピューターが企業中心になりつつあると最初に気づいたのも彼だ。
ジョブズは、マイクロソフトが事業用を基本として業界を次々と標準化していく過程でできた、個人用という穴を突き進むことで活路を見いだした。
これは、ゲイツが作ってくれた穴でもある。

ラスベガスにおけるゲイツの「デジタル家電プラス」構想も、来るべき未来を正確に予言していた。
このゲイツの構想に驚き、ジョブズに「マイクロソフトにやらせちゃだめです。これは我々がやるべきことでしょ」と談判したのがアップルの幹部たちで、後の「デジタルハブ」戦略に結実する。

このように権限を委譲されたジョブズの部下たちは、アップを牽引するまとまりのあるチームで、激しやすく気難しいジョブズをうまくあしらい、時には押し戻す力まで持った、成熟したグループだった。​

「自分たちにとって最良と思える方針をスティーブに承認してもらうにはどうしたらいいのか、スティーブの専制的な決定や浅慮な決定、あるいは先入観などをどうすれば突破できるのか、あるいはどうすれば迂回できるのか、さらには、スティーブが次に向かう先を予想しようと、折々、関係するメンバーが集まっては相談していた」と元幹部のテバニアンは語っている。

そもそもジョブズは、食事に誘うといった、チームをまとめるためにリーダーがよくやることを何一つやっていない。彼はただ彼なりのやり方で、二人きりで散歩に誘うのだ。

ジョブズには、簡単にあきらめない粘り強さや、スピリチュアルな感覚が生む視野の広さといった優れた特質があるが、部下たちのやる気を引き出す力も類いまれなものがあった(そのための金銭的な報酬も惜しまなかった)。

本書の後半は、彼の飼いならすことができず残ってしまった欠点も取り上げ、弁明しがたい行状の数々も率直に語られ、単なるジョブズ万歳本になるのを防いでいる。

公式伝記本を嫌悪するティム・クックのジョブズとの思い出は、本書でしか読めない感動的な場面が多く、自らの肝臓の提供をジョブズに申し出ていたとは知らなかった。

2017年5月4日

読書状況 読み終わった [2017年5月4日]

ロシアにおける革命で、なぜ臨時政府は失敗し、ボリシェヴィキは成功したのかという問題意識から、「破局の8ヵ月」を描き出す。この問いは、いまよりはるかに広大で多民族が暮らす国家だったのに、革命が分離独立を誘発するきっかけにならなかったのはなぜかという疑問と、あれほど急進的なものではなく、漸進的でよりゆるやかな共和制への移行が進まなかったのはなぜかという問いにもつながる。レーニンとトロツキーという、既存の秩序を歯牙にもかけない「子供」らによって、民衆の反乱も「底が抜けた」混乱状態も、まるごと全肯定されたのだ。

革命を生んだのは戦争だった。第一次世界大戦という総力戦は、武器を与えられた農村出身の兵士たちを、前線だけでなく帝政政府の喉元にも放った。自己抑制も義務や権利の意識にも乏しく、ただ家長としての皇帝がいるだけだった農民にとって、二月革命は家父長的な規範さえも奪うものだった。「われわれは権力の担い手を倒しただけではなく、権力の観念そのものを倒し、滅ぼしてしまったのではなかろうか」と嘆いてみても後の祭り。「底の抜けた」ロシアでいまさら義務や責任を説いてみても、長く苦しい戦争に疲弊した彼らの耳には届かなかった。

臨時政府の面々には同情を禁じ得ない。このまま世界革命を目指して混乱が進めばよいなどと無責任に考えず、何とか事態を収拾し秩序を取り戻そうと奔走した。戦争から簡単に離脱すればよいというのも無茶な話で、まずは軍を立て直し、結ばれた秘密協定の遵守も確約しなければ、財政援助や軍事援助を途絶えさせ、ひいては革命そのものの運命も潰えかねない。民衆は確かに、戦争継続を推進力とする臨時政府ではなく、戦争終結を唱えるレーニンらの勢力を選んだのだが、道化師のような仲介者の余計な介在がなければ、必ずしも必然の結果ではなかった。

2017年4月30日

読書状況 読み終わった [2017年4月30日]

読み終えて改めてマークの立場になって考えてみる。依頼された取材を放ってしまい、取材対象者に首ったけのロザンナは、世間の彼に対する疑惑を消し去ろうと躍起になり、お節介にも旧妻宅にまで押しかける。やがて自分でもいよいよ制御が効かなくなり、新しい証拠を探し出しては、「どんどん突拍子もない推理」にのめり込んでいく。しつこく食い下がる彼女に振り回され、息つく暇も与えられず、最後には逃げ道さえも塞がれ、とことん追い詰められるマーク。ある種ホラーだし、優秀なんだかポンコツなんだかわからない恋人探偵の物語の結末は、最悪。

その夜、エレインとマークとの間に起きたことが描かれ、真相が判明するが、複雑な感慨。誰も他人のことなど気にかけない昨今、途方に暮れ泣きじゃくる彼女に、親切心から声をかけた結末が、あのように終わるとは。「不運なことに、エレインは語りすぎた。それも、間違った話題で」という一文にグッと来る。なぜエレインを結婚式に招待したかの真相も明かされる。障害のある兄からは家に縛られ、古くからの友人からは、自分の寛大さの道具として扱われ、最後には自由に思いの丈を喋ったがために、殺されるエレイン。あまりに不憫だ。

2017年4月29日

読書状況 読み終わった [2017年4月29日]

著者は"ドイツの宮部みゆき"と評される国民作家で、本作も売れに売れた模様。正直、失踪者自身が「壁の花」と揶揄されるほど魅力に乏しく、謎の解明に当たる主人公への共感も薄い。むしろ彼女に振り回される男たちに同情を覚えるほど。驚天動地のアクロバティックな展開があるわけでも、せつなく泣きたくなるようなストーリーでもないのだが、とにかく読ませる。ありふれた日常性から、これほど複雑で多面的な謎を紡ぐ作者の技量に感心させられるとともに、その作者をこれだけ多くの読者が支持しているというドイツの出版界が羨ましく感じられた。

問題なのは実は、謎そのものではなく、謎への適切なアプローチではないだろうか。すでに警察の捜査は打ち切られ、何年も経過し半ば忘れられた失踪事件を、失踪者の古くからの友人であるロザンナが昔の上司からの要請で、ジャーナリストへの復職がてら、当時の関係者にインタビューをしていく導入部。最重要容疑者として疑われ、散々マスコミに追われ辟易しているマークに、当時の状況、なぜ見ず知らずの女性を空港から連れ帰ったのかを質す時に、ロザンナが投げかけたのが「エレインは、あなたのなかの何に触れたんですか?」という問いだった。

問われたマークは、虚を突かれたように驚き、「いい質問ですね」と応える。散々攻められた昔の事件をいまさら掘り返すジャーナリストに向かい、怒り出すのではなく、ただ「それが一番核心を突く問題だ」と取材に協力する姿勢を示していく。ここで彼はようやく「初めて、ついに決定的な問い」を投げかけられたのだ。この時に語られる彼の説明の真偽もさることながら、未解決の問題の解明につながる重要な一歩は、こうした核心を突く質問 - 適切なアプローチではないだろうか。

空港であの日、なぜマーク・リーヴはエレイン・ドーソンを家に連れて帰ったのか? あの夜、二人に何が起こったのかという問いもさることながら、二人の兄、セドリックとジェフリーの関係性も面白い。体が麻痺して自由に歩けないジェフリーが、友人のセドリックに「おまえは心の障害者だ」と嘲る様は、この小説がどれほど複雑で多面的な関係性を扱っているかよくわかるシーンだった。

2017年4月16日

読書状況 読み終わった [2017年4月16日]

本書で詳しく紹介されている小水力発電の取り組みは、水源地域の地元自治体に活力を与える良いモデルプランだと思う。
池井戸潤さんに小説で取り上げてもらえば、さらに全国の注目を集めそう。

少しダム技術者の就職斡旋的な面も感じないわけではないが、先日の新潟での観光放流での事故のニュースを聞くと、こうしたOB人材のノウハウや経験がうまく次世代に継承されていくことは愁眉の急だと感じた。

ダムは壊れず半永久的に使えると太鼓判を押していたり、人口はエネルギーによって決まるといった少し強引な仮説など、鵜呑みには出来ない面もある。

治水と利水という2つの矛盾する目的から、多くのダムで発電に適した満水の半分くらいしか水を貯めておけないのは、次世代のエネルギー活用を考えると理不尽で、それなら河川法の条文を変えればよいというのは、いかにも元建設官僚らしい発想だ。

昨今はダムを観光資源として見直す動きが進んでいるが、そうした中で新潟のような放水事故が起きてしまうのだから、よくよく自治体の職員は注意してかからなければならない。
単純に資源開発だ、これだけ儲かると前のめりになっても、地域の人々の「我々の川」という意識の前では、慎重な配慮が必要だ。

2017年3月4日

読書状況 読み終わった [2017年3月4日]

"ブラック奨学金"や"教育無償化"など、いまも問題に事欠かない日本の教育現場だが、本書は戦後から現在までの塾と学校を、ある家族の視点から綴った物語。大著だし、何世代にも亘るのでそれなりに感慨があるかと思ったが、教育現場の変遷に主眼が置かれているためか、家族小説としては食い足りず、リアリティに乏しい。タイトルも、鋭利な野心家で常に満足を覚えない妻になぞらえたり、未完だが弛まず完成を目指す途上としての教育の有り様になぞらえたりしているが、結局は満ちるでも欠けるでもない中途半端な立ち位置を暗示してしまっている。

2017年2月24日

読書状況 読み終わった [2017年2月24日]

著者が本書を書くきっかけとなったのは、大坊珈琲店の一杯のコーヒーだった。
彼はそこで、並々ならぬ情熱を傾けて一杯を淹れる大坊勝次の姿に感動し、日本には他にも人生を賭して磨いた技があるのだろうと直感する。

厨房がすでに実験室と化したフランス料理界の創造性の豊かさを知っているアメリカ人の目には、細部にこだわりプロセスを重んじる和食は、驚嘆すべき奥深さと映ったか、筋の読める映画のような退屈さを見たか。

細部へのこだわりは、何も懐石料理にのみ見られるものではないし、日本人にのみ見られるものでないことは、広島でお好み焼きを焼くロペズの姿を見ればよくわかる。「野菜の水分量とか鉄板の熱の伝導率とかを、人生を賭けるに値する挑戦とみなすところ」が実に日本人的だという著者の視点は、実に新鮮だった。

広島で著者が罪悪感を抱えお好み焼きを食べる場面を読めば、食がそこに住む人々の歴史や文化と切り離せないものだとわかる。

本書に出てくる「懐石料理に失望しないためのテスト6項目」にはニヤリとさせられた。
来日中の外国人を案内する時には、ずいぶん参考になると思う。
和食を代表する懐石料理や京都について、「息を呑むほど美しいが、琥珀に閉じこめられた化石のようだ」と語る著者の指摘に、細部やプロセスの重視という日本料理の美点が、ある面では欠点となることを思い知る。

ほぼすべての日本食に利用される発酵も、要は「管理された腐敗」であり、「指の爪の下に土が入りこむようになる」ほどの手間をかけてこそ、発酵の過程で生じる「うま味」も得られるのだ。

2017年2月19日

読書状況 読み終わった [2017年2月19日]

シリーズも3作目を数え、あらためてデントン署管内は変態だらけだと思い知る。
今回は神出鬼没の露出狂まで登場し、よせばいいのに署の正面玄関でご開陳に及ぶ。
それを見た署員らは、あんぐりと口を開け、うめき、ペンを投げつける。
そこに颯爽とフロスト警部が現れてのひと言にニヤリとさせられる。

死体現場での警察医による死亡宣告にも、「そりゃ良かった。これほど匂いがきつかったら生きてたくないもの」とか、「そうだろうと思った。さっき煙草すすめたのに返事がなかったから」と不真面目に返す。

今回はさすがに部下がキレて、度重なる低俗な冗談に腹を立て、フロストに食ってかかる。
「あなたには人並みの思いやりもないのか? なんでもかんでも、つまらないジョークに仕立てあげなくちゃ、気がすまないんですか」と。
そのフロストの返答にハッとさせられ、しんみりとなる。

ともあれ、小説の出来としては、前2作を超えることはなかったが、なんといってもユーモア小説界のフェルメールとも言えるほど希少なシリーズなので、繰り返し読むことになると思う。

2017年1月19日

読書状況 読み終わった [2017年1月19日]

ゲイツは、"ジョブズ式経営"などというものは絶対にまねすべきではなく、彼のようになりたいという人は大抵、「半分天才・半分くそ野郎」の後者の方だけまねて終わるんだと語っている。
元フォーチュン記者で、友人として家族ぐるみのつきあいのあった著者は、すでに公式伝記本を含め語り尽くされた感のある人物像に異を唱え、シェークスピア作品を地で行くドラマチックな人生をいま一度掘り下げ、読む者の心を打つ作品に仕上げている。

とにかく矛盾の塊のような男で、著者はまずジョブズがもつ二つの側面に注目している。
すさまじばかりの自信家で、人を見下す傲岸不遜な態度をとる一方で、向上心が強く、自らの足らざる部分への内省を欠かさない男。
人の役に立ちたいと思いつつも、周りの人間をバカにする。

「慈善事業を支援したいという気持ちはあるが、そのような活動につきものの非効率性は大嫌い。仏教に帰依しつつ、資本主義に傾倒している。かたくなだが学びの意欲は強い。席を蹴って出ていったかと思えば戻って謝罪したりする」。

アップルを率いた初期の頃は、文字通りの「半分天才で半分くそ野郎」だった時代で、信奉者と同時に多くの敵を作り、会社を追い出される。
その後の見事な返り咲きとアップルの驚くべき再生の影には、彼が抱えていた矛盾を、追放後のいわゆる「荒野の時代」と呼ばれる時期に獲得した術で、押さえ込んだことにあると著者は語る。

「欠点はなくならなかったし、優れた別の気質に変化したわけでもない。ただ、自分をコントロールする術を学んだ。自分の才能に混じる毒気をコントロールし、人当たりの悪さをコントロールする術を学んだのだ」。

私は、最後まで彼の欠点はなくならなかったというのは同意だが、必ずしもそのコントロールが自発的なものだったかは疑問だというのが、本書を読んだ感想だ。
負の部分のコントロールは、内発的に行なわれたというより、周りの人たちや環境によって半ば強制的に行われたのではないか。
その証拠に復活のきっかけとなった荒野の時代のNextでも、ジョブズはまだ自分の弱みに気づくことができていない。
優先順位付けが苦手で、本質と本質でないことの区別ができず、CEO失格の烙印を押される。
変化のきっかけは、ローリーンという伴侶を得たこと、技術を搾りとってNextに持っていこうとしたピクサーで大いなる学びを手にしたこと、アップルの部下たちの方が彼をうまく御したこと、そして癌になったことが大きい。

ピクサーにおける学びが本書の後半の読みどころの一つ。そこで出会ったキャットムルらとの親交を深め、『トイ・ストーリー』の制作過程ではスタッフの面々に刺激を受け、他の人の才能を認めるようになった。

「ここはまた、スティーブが消費者技術の事業について学ぶ場所、アップルやNeXTよりも多くを学ぶ場所になっていく。そして、スティーブは、強みをふたつ手に入れる。逼迫から反撃する力と、イノベーションを目いっぱい活用し、そうすることである分野において先頭に立つ力だ。追いつめられたときにがまんして反撃する力と、ひらけたところを全速力で駆けぬける力といってもいいだろう。ピクサーは、また、経営という意味では、マイクロマネージメントをやめ、才能ある人々に裁量権を与えたほうがいい場合もあると学ぶ場所にもなる。もちろん、ゆっくりとだったし、不承不承だったし、みずからの衝動に反して学んだわけだが」。

2016年11月27日

読書状況 読み終わった [2016年11月27日]

このシリーズは、何の歴史素養もない探偵役の宮田が「あなた、何もわかってないのね」と相方の早乙女からチャチャを入れられながらも、素人らしい素朴な疑問を合理的な歴史解釈につなげていく様子が面白いのだが、今回はそもそもの出発点を「これだけの連続する災い事を崇徳院の呪詛のせいにするのは無理がある」という直感に置いたところで失敗していると思う。そのため焦点が崇徳院なのか西行なのかハッキリせず、配流地の讃岐は訪れないまま、西行の墓の謎はうやむやで、今更感の強い生首トリックと時代遅れの男女の駆け引きで終わってしまった。

香川県の坂出市に行けばわかるが、現地では崇徳上皇は"最恐の怨霊"ではなく"すとくさん"と親しまれ(上皇が暮らした住まいを再現した建物は現在、地域の集会所として使われている)、かつ現地で上皇は殺害された(現場や下手人名も特定されている)と信じられている。宮田が本書で働かせるべき疑問や直感は、ここから生まれるものだと思っていただけに残念でならない。

2016年11月6日

読書状況 読み終わった [2016年11月6日]

自伝協会?コナン・ドイルの赤毛連盟を想起させるが、ミステリ的な味わいは薄い。協会の目的や謎の主催者の運命は比較的早い段階で明かされる。物語と語り手である小説家が書き上げた作品とが交じり合い、どちらが幻かわからなくなる様は、佐藤正午の『鳩の撃退法』に似ている。あちらでは「小説家ならふたりを幸せにできるはずだ」と主人公に語らせていたが、こちらの小説家も相当な自負を持っていて、「芸術家なら、どんなことでもできる」「この20世紀に芸術家であり女性であるということは、なんて素敵な気分なんだろう」と感慨に浸っている。

自伝や回想録という実際の体験の語りを通して、真実とは何かが問い直される。「小説の素晴らしさは、一つの物語を多様な方法で無限に語り直せる」ことにあり、「時間はつねに取り戻され、何者も失われず、奇跡が終わることはない」。小説家なら、一度はこのような物語を書き上げたいと念じずにはいられまい。

すぐに小水と奇声を発するエドウィーナも物語には欠かせない登場人物だが、友人としては最悪な禁忌を犯し、何度も口喧嘩の末に別れても、次の夜にはフラーの家の前で歌うドディも不思議な魅力を持っている。

極めつけは著者の分身であるフラーで、小説家の性が透けて見える。これ以上深入りするのは危険だとわかりながらも、小説のネタにとギリギリまで首を突っ込むところや、彼氏の別荘で別の女性の痕跡を発見した時も、「私は意外な成り行きというものに目がない」と慌てる彼氏をよそに一人この状況楽しむのだ。

2016年10月2日

読書状況 読み終わった [2016年10月2日]
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