新装版 矢沢永吉激論集 成りあがり How to be BIG (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2004年4月24日発売)
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糸井重里氏による複数回にわたる聞き取りをもとに構成された、矢沢氏28歳時点での半生記である。単行本としての刊行は1978年となっている。

矢沢氏にとっての節目となる時代ごとに区切られ、「広島」「横浜」「キャロル」「E・YAZAWA」の4章立てとなっている。それぞれ、生い立ちから高校時代まで、上京後のバイト生活やキャロル以前のバンド活動、ロックバンド・キャロルとしての活動期、そしてソロデビュー後に分かれる。巻末にはあとがきに代えて、インタビュー・構成を担当した糸井氏による取材の振り返りと矢沢氏に対する印象が6ページほどで感傷的に綴られている。

テレビなどでときおり耳にする機会のある矢沢氏の特徴的な口調が活字として再現されている。聞き取りではあるが、文章のなかでは改行と会話文を多用するスタイルを採用している。独特の言い回しの強い影響力により、本書を読み終えた直後は脳内が「矢沢口調」に変換されてしまっていたのはおかしかった。

本書が伝える矢沢氏の半生を短く表現するならシンプルに「ハングリー」の一言に尽きる。物心つかないうちに父親と死別し、母親とは生き別れ、育ての親がわりとなった祖母の愛情には守られながらも貧窮うちに過ごした幼少期が原点である。矢沢氏の場合はそのような貧しさに心折られるのではなく、むしろバネとしてモチベーションに変えて逞しく成長する。小学校時代から勤しんだバイトの給料の大半は食糧に消え、中高時代は札付きの不良として学校に君臨する。そして初恋・音楽との出会いを経て、高校卒業後はミュージシャンとしての大成を実現すべく満を持して上京する。その後は仲間を募って結成した「ザ・ベース」「ヤマト」「キャロル」でのバンド活動と、並行して描かれるアルバイト、奔放な異性との交流、妻との出会いと夫婦生活、そして大人の汚い世界の一端も垣間見せつつソロデビューで幕を閉じる。

貧困を糧としてスタートした矢沢氏の人生は泥臭くも活力と反骨心に溢れ、ドラマティックである。本書を読む限り、氏の成功の理由はなんといってもその圧倒的なバイタリティだろう。ロックミュージシャンとしてスターになるという自らが打ち立てた目標を達成することを最優先とし、ときには身近な人間を踏み台にすることも厭わない。自身も自覚するほどの我の強さと行動力は、おそらく周囲の人間にとってはその求心力に惹かれると同時に疲弊することもしばしばだったのではないかと想像する。

人生の苦さも多分に含んだサクセス・ストーリーが誰を対象に編まれたかは糸井氏によるあとがき代わりのエッセイからも明らかだ。それは若き日の矢沢氏と同じような境遇にあり、普段は本などは読まないようなヤンチャな若者たち、いまの言葉でいえばまさしく"ヤンキー"たちに向けられている。だからこその読みやすさに気を遣った構成であり、「ファミリー」を重視する氏の価値観もヤンキー・マインドと親和性が高い。そのような本書は、対象をはずれた読者にとってはおそらく時代がかった暑苦しい苦労話に過ぎないかもしれないが、まさしく本書がターゲットとした読み手にとっては、きっと人生を導くバイブルたりえたのだろう。

ブルボン小林氏の書評本『あの人が好きって言うから』のなかでお笑いタレント・出川哲朗氏の愛読書として紹介されているのを読んで興味をもった。出川氏が本書に心酔する様子は想像に難くないのだが、ヤンキー・マインドとは縁遠い私にとってはフィーリングの合う内容ではなかった。読後感や雰囲気が似ているなと思い浮かべたフィクションは、『あしたのジョー』のようなアウトローを主人公に据えたスポ根漫画作品である。現代の若いヤンキーたちが本書に触れたときにも魅力を感じるのかが気になる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年9月1日
読了日 : 2021年9月1日
本棚登録日 : 2021年9月1日

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