赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2019年1月27日発売)
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感想 : 35

江戸時代の貧しい庶民たちを診療する養生所を舞台にした八篇の連作形式の小説。三船敏郎と加山雄三が出演した、黒澤明による映画化作品も有名である。

幕府の御番医としてエリート医師の道を歩むために三年間の長崎遊学を終えた保本登が、主に貧乏人を相手にする小石川養生所に医員見習として住み込むところに物語が始まる。エリート医師の卵としてのプライド、不本意な就職先、遊学前に婚約を交わしたちぐさに逃げられたことなどが重なって荒れる登は酒に酔って暴れるなど、養生所に馴染もうとしない。そんな登だったが、養生所の代表で強烈な個性を放つ医師"赤ひげ"こと新出去定や、患者たちとの関わりを通して認識を改め、人間的な成長をとげていく。

基本は一話完結の連作形式だが、途中参加の人物が養生所の住人に加わったり、全体を通して登や去定の背景が徐々に明かになり、破れた登の縁談のその後を描くなど、シリーズものとしての性格も併せもつ。タイトルにもなっている"赤ひげ"は去定に反発する医師による蔑称であり、意外にも一話目にしか登場しない。予想される通り、見習い医師である登視点で"赤ひげ"こと去定の破天荒な魅力が描かれるのも面白さだが、それだけではない。去定がほとんど活躍しないエピソードも複数あり、それでも短編作品としての魅力から引き込まれる。また、各話の終わり方についても必ずしも勧善懲悪のハッピーエンドとは限らず、救いがなかったり、突き放すような結末もあるなど様々となっている。なお、作中に登場する患者は身体的な病よりも精神的な病とされる者か、末期な患者がほとんどである。

裕福な患者から法外な薬代や診察料をふんだくり、ぶっきらぼうながらも貧しい人々の助けになろうと尽力する去定が体現する思想は、やはり作品の大きな魅力だろう。短気な性格もあって、ときには弱者にたかる者たちに激昂することはあっても、「この世に悪人はない」と断言し、常に人間そのものに罪はなく環境によるものだとする人間観と、医療の非力さへの認識に貫かれている。娯楽小説でありながらも単純に善悪によって断罪するではなく、生きることの苦さ、世の中のままならなさも、そのままに提示し、ときに貧しい人々が報われないままに無残な死を遂げる。映画化作品はもっとわかりやすい面白さだった覚えがある。原作である本作には、そこで汲みとりきれない奥行を感じ、映画鑑賞済みでも読む価値は十分あると思える。娯楽作品としての期待を越えて、より味わい深い作品だった。

やはり手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』も、本作の新出去定に強い影響を受けたキャラクターだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年6月11日
読了日 : 2021年6月11日
本棚登録日 : 2021年6月11日

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