昨年の新型コロナウイス感染の始まりから緊急事態宣言で一旦収束させるまでの、最前線で戦ったクラスター対策班のドキュメント。そこでリアルタイムの数値解析を行い適宜政府に助言を行った西浦博氏が主人公。
自伝ぽい作りだが、実際に書いたのは共著者の川端裕人氏。西浦氏とは10年以上前から知古の間柄といい、氏への綿密な取材に基づいて執筆され、西浦氏の確認の上で本にまとめられている。
感染症の数値解析が行政に取り入れられたのは初だという。過去に幾多の感染症の流行があったが、数値解析ベースで対策を行った今回は革新的なことだった。
とはいえ、クラスター対策はデータの収集とクラスターの追跡、濃厚接触者へのケアという膨大な労力抜きには語れない。その大変な作業を有意義なものにし得たのが数値解析による様々なシミュレーション。
結果、日本は欧米に比べ格段に少ない感染者数と死者数で第一波をなんとか乗り切った。
もっとも、西浦氏は安心しない。リスクの高い行動が増えればオーバーシュートなる感染爆発はいつでも起こり得るという。ワクチンなど根本的な対策が確立されるまでは、行動変容により感染を抑え込むしかない。
というコロナ関係のドキュメントとしても意義深い本だが、本書は川端氏のライターとしての仕事がずば抜けている。ただ西浦氏にインタビューしただけではない。感染症全般について深い知識がなければこれほど欠点のない本は書けない。
リスクコミュニケーションの難しさが常々言われるが、本書のように理系分野を丁寧に正確に分かりやすく伝える文系分野の働きはどうしても欠かせない。そういう有能な人がいることもまた、今回のコロナ禍の中で得難い輝きである。
サイエンスライターの仕事は自分も興味があるので参考にしたい。
一方、この本の中で書かれているが、西浦氏は感染の専門家で感染を広めないことは助言できるが、それによる経済のダメージには何もできない。それではと経済の専門家を政府が選べば、当人は「とにかくPCRをやれ」と、経済の専門家として的はずれなことを言い始める始末。
数値解析ベースで経済を語れる学者がいない、いても政府には見つけられなかったという悲劇。そういえば経済政策で今回のような解析ベースの説明は聞いたことがない。日本の文系分野の大多数が置かれている世界の歪みがここに現れている。
だからこそ、川端氏のように優れた著者の存在は意味がある。
- 感想投稿日 : 2021年1月11日
- 読了日 : 2021年1月11日
- 本棚登録日 : 2021年1月11日
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