「後編」を読んだ後に遡って「前編」を読んだ。
著者が選んだ12人のうち、「前編」では次の6人を取り上げている。すなわち、聖徳太子、光源氏、源頼朝、織田信長、石田三成、徳川家康だ。
聖徳太子の選択に違和感を抱く人は少ないのではないか。次に光源氏-なんと実在する人物ではなく、源氏物語の登場人物という架空の人物が選ばれている。
次に源頼朝は鎌倉幕府を開いたその人であり、織田信長は戦国武将の中では最も濃い人物であるので、この選択も誰もが頷くだろう。最後の徳川家康に至っては本命中の本命に思える。それに対し、石田三成はダークホース的だ。そもそも、関ケ原の合戦の勝者と敗者が二人とも選ばれているというのは興味深い。
著者堺屋太一氏は、この6人を選んだ理由を明かしていく。最初に聖徳太子。世界唯一の「習合思想」を発案したという。世界にある一神教的な考え方に対し、聖徳太子はもともとあった神道に当時大陸から輸入した仏教や儒教を習合し、それを日本の根底の思想として根付かせたという。著者の言葉を借りれば「ええとこどり」の思想だ。確かに日本人はその傾向が強いと感じる。
次いで、光源氏。光源氏は当時の人物像をモデル化したものだという。上流貴族的な資質。自分から実務的なことに手を出すのではなく、上品に上から眺めているのが日本的貴族の資質だという。
源頼朝の功績は、幕府と王朝を二分化し、権力の二重構造化を図ったとしている。また、平安時代に確立されていた律令制を曖昧化する「令外」のルールを勝手に作った。律令制を建前とし、幕府では令外のルールで本音の政治運営を行ったと。この「本音」と「建前」の考え方を取り入れたのが源頼朝だと。なるほど~。
織田信長は、何といっても「天下武布」・・・天下統一の思想、中央集権国家的な発想の元祖。著者は「絶対王政ビジョン」を世界で最も早く持った男としている。
石田三成の人選は意外性があるが、著者は石田を中堅官僚プロジェクトの元祖であるという。関ケ原で家康に対するにはあまりにも格が違いすぎたが、その格下の存在で東西の対立構造を成立させたのは、そこまでもっていった石田三成のシナリオメイクであり、プロジェクト運営であったという。もっとも失敗に終わったが。
そういうプロジェクト的な手法を創り上げた人物としての石田三成は選ばれたようだ。
最後に、家康。律儀+辛抱+冷酷の3要素で家康は、天下をもぎ取り、取ったからには徹底して「成長志向」を削ぎ、対立軸を封じ、ひたすら「安定志向」を追究した。
この家康のタヌキオヤジ像は、本書発刊当時の安定企業の経営者像にダブっていたようだが、それから時代を経て、現代活躍するベンチャー企業の経営者は、家康のタヌキオヤジとはキャラを異にしているようだ。新たな人選が必要となっているのか。
いずれにしても、堺屋太一氏の人選とその理由、とても面白く読めた。
- 感想投稿日 : 2019年10月2日
- 読了日 : 2019年10月2日
- 本棚登録日 : 2019年9月21日
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