吉本ばなな自選選集 1 オカルト

著者 :
  • 新潮社 (2000年11月1日発売)
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本棚登録 : 199
感想 : 17

「私は、その手の学習をして楽になった人も、悪化した人も知っている。でも何もなかったのは彼女だけだった。
彼女は確かにとんちんかんな人だったが、いつも自分で決めた。自分で決める力が必要以上に強い人だった。服も、髪型も、友達も、会社も、自分の好きなことや嫌いなことも。どんなささいなことでも。
それが積み重なって、後に真の『自信』というフィールドをかたちづくるような気がしてならない。
その人がその人であることは、壊れて行く自由も含めてこんなにも美しい、人に決めてもらえることなんて何一つ本当じゃないんだな、としみじみ光るように生きる彼女を見ていて私はよく思った。」

「竜一郎はどう思っているだろうか、と思って竜一郎を見た。
観察と好奇心と、信じる気持ちと、疑ってみる精密さの入りまじった表情をしていた。
そしてそこにはいつものように『でも何もかも本当はわかっている』という明るい感じがあった。それは彼特有の持ち味だった。
私は竜一郎で確かめるのが好きだ。
安心する。
いつも近くに彼がいて、こんなふうに確かめられたら楽だな、と思う。
この役割においては、私の中で彼は他の追随を許さないところにいる。」

「俺なんか、頭使うのが職業だから、いつもその調整が大変なんだ。でも、考えちゃだめなんだ。極端な話、走るとか、泳ぐとか、そういうのでもいいくらいだ。今したいことにためらいなく足が動くように調整しとかないと、頭の筋肉が熱を持って、オーバーヒートしちゃう。休めなくなるんだ。君にも多分これから過酷な運命が待ってると思うけれども、何とかなるよ、こつさえつかめば。それにことによると、いろんな人にいろんなことを言われるかもしれないが、自分の体から声をだしてる奴以外の奴は、どんなにもっともらしいことをいっても、わかってくれても信じちゃだめだよ。そういう奴は過酷な運命を知らないから、うその言葉でいくらでもしゃべることができるんだ。誰が本当の声で話しているか、誰がきちんと体験の分量で話しているか、勘はそういうことにこそ使わないと、死活問題だから。ほかの人みたいに、遊びでいられない脳の使い方を、君はしてるんだから。」

「きしめんは今日は髪の毛を二本のみつあみにして、肩に下げていた。黒いセーターに、緑のスカートをはいていた。そんなラフな様子なのにどこか固く、公式の場にでるようなきちんとした雰囲気をたたえていた。誰にも彼女の流れをくずすことはできない、そういう感じだった。人よりずっと長く生きているような感じ。そしてどこか、影の薄いような、哀しいような感じがした。そして、特別話しかけたり笑いかけたりしているわけではないのに、自分はすごくこのひとに愛されているというような気がした。」

「何て宗教くさい手紙なの!」
と私はあまりのあいかわらずさに感動すら覚えて言った。
「いい手紙じゃない。」
ビデオを見ながらこっちを見もせずに昭が言ったので、
「読んだの?」
と聞くと、
「違う、読んでる君の顔を見てた。」
と答えた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年1月29日
読了日 : 2015年11月24日
本棚登録日 : 2015年9月11日

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