THE HOURS―めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人

  • 集英社 (2003年4月4日発売)
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三人の女がいる。それぞれ生きている時代も場所も異なる。一人は1923年のロンドン郊外に。もう一人は1949年、ロサンジェルス。最後の一人は20世紀も終わろうとするニューヨークに。六月のある晴れた朝、ニューヨークでは、クラリッサが今夜のパーティー用の花を買おうとして部屋を出るところだ。彼女のあだ名は「ミセス・ダロウェイ」。親友のリチャードが18歳の時命名した。

ロンドン郊外にあるホガース・ハウスでは、ヴァージニアが目ざめたばかり。彼女は新しい小説の書き出しを思いついたところだ。召使いに邪魔されることをおそれ、そっと書斎に入ると思いついたばかりの一行を書きつける。
「そうね、花はわたしが買ってきましょう、とミセス・ダロウェイは言った。」

ロサンジェルスでは、ローラ・ブラウンがベッドの上で読みかけていた本の表を下にして、後もう一頁を読もうか読まないでおくか思案していた。今日は夫のダンの誕生日、起きてケーキを焼かなければいけないのに、ローラはいつまでもベッドから離れられない。今読んでいるのは、ヴァージニア・ウルフ作『ダロウェイ夫人』。

いうまでもないことだが、『ダロウェイ夫人』とは、ヴァージニア・ウルフの代表作であり、今では話題に上ることもない「意識の流れ」の手法を用い、人物と人物が街角や部屋ですれ違うたびに視点が交代し、いつも誰かの視点から周囲で起きる出来事が語られる、当時としては実験的な作品である。『めぐりあう時間たち』は、「ダロウェイ夫人」と呼ばれる女と、『ダロウェイ夫人』を書く女、そして『ダロウェイ夫人』を読む三人の女の物語である。

これがポスト・モダン小説とでもいうのだろうか。カニンガムは、ウルフの『ダロウェイ夫人』を素材に、人物同士の関係やプロットを一度ばらばらに分解し、あらためて人物や情景に現代的意匠を施した上で再構成するという手の込んだ作業を行っている。しかも、作者であるヴァージニア・ウルフその人の伝記、評伝を参考にしながら『ダロウェイ夫人』執筆時の作家の心理や家族との葛藤までも織り込むという懲りようである。訳文で知るかぎりではあるが、原作と読み比べてみると、文体模倣はパロディやパスティーシュといったレベルを超えている。

原題は“THE HOURS”。バージニア・ウルフが最終稿を書き上げるまでの仮題としていた『時間』を自作の題にしている。そう、この小説の主題は時間である。人が生きている「今」という時間は、唯に現在であるばかりでなく、不断に侵入してくる過去によっても構成されている。我々は否応なしに過去の自分と向き合いながら毎日を生きているのだ。

ミセス・ダロウェイは52歳。美しさは変わらないが老いが見えはじめてもいる。友人たちから見れば何不自由のないヒロインだが、自分の人生を肯定しながらも別の生き方があったのではないかという思いが残る。そして、自分にとっての人生の最良の時はすでに過ぎ去っている。ミセス・ブラウンは夫と子どもを愛しながら、そこが本当の自分の居場所ではないような気がしてならない。神経を病むヴァージニアもまた、夫の愛は理解しながらも、ここではない世界に行きたいと執拗に願っている。

ジョン・エヴァレット・ミレイ描く『オフィーリア』の表紙が暗示するように、この物語には「身を投じる」という身振りが終始つきまとっている。「舞い上がる気分!大気に身を躍らせる気持ちよさ!」。それまで結ばれることもなかった三人の時間はリチャードの飛び降り自殺によって劇的な出会いを迎えることになる。小説の中ではミセス・ダロウェイは死なず、リチャード(原作ではセプティマス)が代理のような自殺を遂げるのだが、1941年、「レンブラントかベラスケスの描く肖像さながら」に美しかったヴァージニア・ウルフはウーズ河に身を投じて死ぬことになる。59歳のことであった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: アメリカ文学
感想投稿日 : 2013年3月10日
読了日 : 2003年5月5日
本棚登録日 : 2013年3月10日

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