文学全集を立ちあげる

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レビュー : 20
abraxasさん 本の本   読み終わった 

文学全集が売れないという。そりゃそうだろう。百科事典も同じで、1セット置くだけで書棚が半分ふさがってしまう。しかし、あれは便利だった。評者の一人鹿島茂も言っているが、家に本のない者にとっては、片端から読んでいくことで、文学の世界を鳥瞰できる仕掛けになっていた。

また、丸谷才一がいみじくも喝破した通り、文学全集はキャノンとしての役割をもつ。キャノンとは、規範の意を示すギリシャ語で、キリスト教では外典に対する聖典を意味するが、文学的には偉大な作品として価値を認められている作品群を指す。つまり、巻数が限られる全集の中に誰のどの作品を入れるかは大事な問題で、結果として選りすぐったキャノンの集まったものが世界文学全集なのである。

ところが、近頃の新人作家は、昔の作品をほとんど読んでいない。その結果、書けることを書いてしまうともう書くことがなくなってしまうという。小説の骨法を学ぶためにも文学全集は必要だということになる。ところで、それまでの文学全集の構成は倫理的、求道的な姿勢が目立つこともあり、現代ではそこが敬遠されやすい。

そこで、今までの全集が採り上げなかった周縁の文学、少年少女小説やSF、推理小説なども積極的に入れた新しい架空の文学全集を作ろうというのが、この企画である。いずれ劣らぬ博学多才の三人が、それぞれの蘊蓄を傾けての文学談義だからこれが面白くないはずがない。そこに、今考えられる最上の文学全集を選ぶという目的が加わるのだから、放談に終わらぬ真剣さが伝わってくる。英文学好きの丸谷、仏文の鹿島、独文の三浦と互いの主張を譲らず、ネゴシエーションの様相を呈する。どんな全集ができあがることやら。

結果的には世界133卷と日本84卷の文学全集の見立て一覧がそれぞれの編の末尾に附されているので、それを見てもらえば一目瞭然だが、まず、読んで面白いと思える作品が重視されている。ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』が落ちて、サド『悪徳の栄え』やレアージュ『O嬢の物語』の入った世界文学全集というのは本邦初ではないか。『ファニー・ヒル』も入っているが、そういった類のものばかりではない。

『トリストラム・シャンディ』のスターンや、ウォルター・スコット、ヴァージニア・ウルフ、ジェーン・オースティンにも一巻与えられているし、ウォルポールやベックフォードといったゴシック・ロマンスにも一巻が与えられているなど、ヘッセが落ちているのは、個人的には不満だが、目配りはよく利いている。もちろん、ナボコフは一人で一巻である。

ハメット、チャンドラーで一巻、ヴェルヌ、ルブラン、シムノンで一巻、チェスタトン、ハイスミス、アルレーで一巻、ブラッドベリ、ヴォネガット、ディック、バラードで一巻という周縁の文学編にはSF好きや推理小説ファンの満足した顔が浮かぶようだ。歌謡集には、ボブ・ディランやジョン・レノンの詩篇も入る予定。なお、詩については基本的に対訳付きのパラレル・テキストという編集方針がうれしい。

日本文学全集については触れる紙数がなくなってしまったが、こちらも大胆さにおいては世界文学全集に負けてはいない。ただ、どちらかを選べというなら、この世界文学全集は外せない。ぜひ書斎に置いて、端から読破したいと思わせる内容である。一覧だけでも立ち読みしてみる値打ちがあると思う。三人の丁々発止のやりとりが読みたいと思われる向きには、図書館で借りるという手もある。読書リストとして、最適の一冊。手許に置かれても損はしないと思うが如何。

レビュー投稿日
2013年3月8日
読了日
2006年12月3日
本棚登録日
2013年3月8日
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