塵よりよみがえり

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本棚登録 : 88
レビュー : 14
制作 : Ray Bradbury  中村 融 
abraxasさん アメリカ文学   読み終わった 

高校時代、SFに詳しい友人がいて、すすめられるままに読み始めた中に、一人毛色の変わった作品を書く作家がいた。その頃のSFといえば、宇宙を舞台にした科学的な未来世界を描いたものが多い中にあって、屋根裏部屋や地下室に棲む人とも幽霊ともつかぬうから族のことをまるで自分の身内のことを話すような親しげな筆致で描いた短編のいくつかは不思議にこちらの胸に響いてきた。それが、SFの抒情詩人と呼ばれたブラッドベリとの最初の出会いだった。

当時はSF作家に分類されていたが、ミステリも書けば、ファンタジーも、ホラーも書けるブラッドベリは、これらの分野の始祖E・A・ポオの衣鉢を継ぐ正真正銘の後継者であるといえるだろう。そうは言っても当然、その持ち味はちがう。ゴシック・ロマンスを脱構築したポオの作品が、「早すぎた埋葬」を通奏低音に持つ死と恐怖の色濃い「グロテスクのアラベスク」だとしたら、同じ怪奇と幻想を描きながらもレイのそれは、朝露を帯びた丘の夜明け前の大気の記憶を憧憬する死から放擲された一族の悲哀に満ちた吐息のような作品群である。

『塵よりよみがえり』は、レイの所謂「エリオット一族」物の集大成で、最初の構想は1945年に始まり、2000年にようやく完結した。その間55年、なんという超大作かと思うだろうが、何のことはない200ページほどのそれもほとんどが短編を集めたものである。次々と湧き出てくるアイデアや饒舌すぎるほどの引用、絢爛たる比喩、奔騰する語りの文体は、長編向きではない。ポオに似て、本質的に短編作家であるレイが、一族の物語を書くために採用した変則的なスタイルは、すでにアンソロジーに収録されたいくつかの短編を、短い、時には散文詩かとも思えるテキストで各篇をつなぎ、序章と最後の一編を添えてまとめたものである。

主人公の少年ティモシーは、魔物や幽霊が棲みつく館の前に捨てられていた館で唯一人の人間である。館には四千年前のファラオの娘のミイラである「ひいが千回つくおばあちゃん」や、眠りを通してあらゆるものの中に心を飛ばすことのできるシシー、それにハロウィンが来るとやってくる緑の翼を生やしたアイナ―おじさんなど、魅力的な人物(魔物)が溢れている。北イリノイの丘の上に立つ古ぼけた館に棲む一族と、ハロウィンの夜に集まってくる世界中に散らばった眷属の、「創世と没落、冒険と災難、愛と悲しみ」を描いたのが、この物語である。

エリオット家の一族は、作者の一族をモデルにしているとあとがきにある。ブラッドベリに色濃い幼年回帰志向がここでも物語の基調となっている。極度に感受性の強い子どもだったろう少年時代のレイが、自分一人が一族の者とは違う存在だと感じていた違和感が、家族や一族を魅惑的な愛すべき魔物として描き出させたのだろう。一族の没落とそれに寄せる作者の愛情は一読後強く胸を打つ。喪われて二度と再び戻らないものながら、自分の中にいつまでも残る原風景を描いた、これは極めて変わった形のしかし哀切な美しさを纏った年代記である。

表紙の絵は故チャールズ・アダムズ。海辺の丘に立つ館に集まって来る魔物たちの絵がブラッドベリの世界と絶妙のコラボレーションをなしている。ただ、タイトルまで控えめにして原画を生かしておきながら、バー・コードで折角の絵を隠しているのが解せない。可惜の憾が残る。

レビュー投稿日
2013年3月10日
読了日
2002年12月22日
本棚登録日
2013年3月10日
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