ヴォイス (西のはての年代記 2)

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本棚登録 : 188
レビュー : 33
制作 : 谷垣 暁美 
abraxasさん ファンタジー   読み終わった 

待ちに待ったル=グウィンの新作。それも、あの『ゲド戦記』の跡を襲うハイ・ファンタジーである。先に『ギフト』を読み、すぐ続きが読みたくなった。『ゲド戦記』とは、一味も二味もちがうが、紛れもなくル=グウィンの刻印が捺された、長く読まれ、語り続けられるだろうファンタジー文学の傑作の誕生である。

ゲドの物語が、アースシーという架空の多島海を舞台にしていたように、今回もル=グウィンは、入り組んだ海岸線を持つ詳細な地図を用意してくれている。それによると、今回の物語は、東方に広がる砂漠と山脈や丘陵で区切られた、海に面した都市国家群が舞台になっている。多分に西欧を思わせる配置だが、人種や宗教はそれをなぞらない。物語の舞台になる土地には、その土地固有の信仰や容貌が与えられている。そうすることによって、金髪碧眼で白い肌を持つ男女が主人公になるのが当然のような西欧中心主義を回避しているからだ。

そればかりではない。作家自身が『ゲド戦記』の中に発見した男性中心主義もまた慎重に回避されている。ただ、ゲドの時のように傷ましい回心めいた色ではなく、より成熟し余裕に満ちた書きぶりで。主人公メナーの声を借りて、物語の中に日々の食事の事が語られていない不満を言うあたりや、面子にこだわって本音で話し合えない男たちの愚かしさに女二人が苦笑を共有するあたりに、恢復したル=グウィンの穏やかな微笑みを見る思いがする。

そう。一口に言って、この物語の色調は仄かな明るみに充たされている。ゲドの戦いが光と影の世界を往還するものであったとすれば、メナーの物語は、隠された闇の奧臥から清澄な光の中に噴き上げる水のように祝祭的な光景に象徴されている。

交易によって栄えた商業都市アンサルは、大きな図書館や大学を持つ文化都市として周辺の都市国家の間でも知られていたが、急激に力をつけてきた砂漠の民であるオルド人によって攻撃を受けた結果、今では、図書館は壊され、厖大な書物は破棄され、民衆はオルド人の支配下にあった。オルド人が奉じる一神教の火の神アッスが本や文字を魔物扱いするため、アンサルの町では本は交易を司る「道の長」の住むガルヴァ館に秘かに隠されていた。

主人公はメナーという少女。母はガルヴァの血筋を引き、道の長の下で館を切り盛りしていたが、オルド人に暴行されメナーを生む。母の死後、少女は館の仕事を手伝いながら道の長の教育を受けて育つ。オルド人に復讐を誓うメナーだったが、高地から来た「語り人」オレックと、その妻グライに出会うことで、敵であるオルドの王ガンド・イオラスの威厳に気づく。

オルド人の支配から脱するためのアンサルの反逆の烽火が上がると同時にイオラスの息子の裏切りが発覚し、物語は佳境を迎える。一神教と多神教、パロールとエクリチュール、一極支配と多極化、と対立する命題を輻輳させて物語は終焉を迎える。

9.11以来の世界の寓意とも取られかねないアレゴリカルな作品世界だが、これを寓話として読むのは愚の骨頂だろう。架空世界でありながら、隅々まで意匠を考え抜かれた街路や建築、食物は勿論のこと作中で吟じられる物語や詩を存分に愉しむよう作者は心をくだいている。その中から一つだけ挙げるなら、グライが護身用に連れ歩くシタールという名のハーフ・ライオン。動物を描かせたらル=グウィンは巧い。特に猫は好きらしくよく作品に登場するが、まるで大きな猫のような仕種をしてみせるこの小型の獅子が何とも愛らしい。

『ヴォイス』は「西のはての年代記」シリーズの第二巻だが、三部作の各巻がそれぞれ別の町、別の主人公の物語として設定されているので、この巻から読んでも、特に問題はない。言い忘れたが「語り人」のオレックは、第一巻『ギフト』の主人公の成長した姿。オレックの物語を語る力やグライの持つ動物と言葉が交わせる能力が賜物(ギフト)と呼ばれるものである。このギフトと呼ばれる力こそ年代記を統べるモチーフなのだが、それでは、メナーのギフトとは何か。ヒントは題名にあるとだけ言っておこう。

レビュー投稿日
2013年3月21日
読了日
2008年9月2日
本棚登録日
2013年3月21日
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