燃えあがる緑の木〈第3部〉大いなる日に (新潮文庫)

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本棚登録 : 143
レビュー : 7
著者 :
afro108さん  未設定  読み終わった 

新興宗教が最大まで膨張した結果、そこから萎んでいく過程を描いた3冊目。
 前半は物語の語り手である両性具有のサッチャンが記録者としての客観的立場ではなくなっている。
自分が特別な存在だと思っていたのに、それが裏切られた結果、存在価値を追い求めて、ひたすら自暴自棄に生きていく姿が読んでいて痛々しかった。その中でギー兄さんが両膝を潰されてしまう事件が発生。ますます「救い主」として神格化は進み、組織が大きくなる一方で、教団間での軋轢や教団の対外的なポジションの難しさなど課題が山積していく。それらに対する各自の所感、対処方法がドラマになっていて、お決まりの過激派と穏健派の覇権争いがオモシロかった。
 ギー兄さんは特に自分の意志とは関係なく教会の中心に据えられて、皆の崇拝の対象となる人生を余儀なくされる。自分のコントロールが効かないまま流されていくしかない人生は虚しいものなのかもしれない。喜んで世襲に乗っかる人もたくさんいるけれど、たとえば天皇制は?という疑問も沸く。大きな意思を大事にしすぎてもしょうがないという著者の思いを感じた。
 原発が1つのテーマとして大きくフィーチャー、当時から明確にNOを示していて、311以降の今読むと小説とはいえ大江健三郎の言葉としてグサグサ刺さる。今生きている我々は次の世代に渡すバトンをあくまで持っているだけ、と言われると環境問題などのタイムスケールの大きいことも身近に考えられる気がする。先ほどの大きな意思がここでは重要視されている。特定の対象を偶像崇拝せずに世界全体の未来を考えて行動することを信仰と呼ぶのなら、信仰することも悪くないのかもしれない。
 あとがきにも書かれているとおり、身もふたもない言い方すれば本作は新興宗教の栄枯盛衰物語だけれどそんな矮小化されたものではない。仏教ベース/ほぼ無宗教に日本において祈ることの意味がどこにあるのか、そもそも何に対して祈るのか?を問うてくる小説。最後に本読みとして刺さったパンチラインを引用しておく。

本に出会うことの幸不幸ということを話しておきたいんだ。運と不運といった方がさらに正しいかもしれない。本にジャストミートするかたちで出会うことは、読む当人がなしとげる仕業というほかないんだね。選び方もあるし、時期もある。たまたま貰った本にジャストミートすることもあるし、自分が買って来た本で書棚にしまっておいたのが、ある日、ということもある。

レビュー投稿日
2020年2月12日
読了日
2020年2月12日
本棚登録日
2020年2月12日
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