クジラの「淀ちゃん」が旅立ってしまった。
ペットを飼うなど動物が身近だったことは一度もなかった。しかしそんな自分でも、見知らぬ場所で衰弱死していった、あの孤独な背中を見て何も思わないはずがない。だから本書を読んでいる間も、ローレンツ博士が見守ってきた動物達と「淀ちゃん」を結びつけずにはいられなかった。
「私はできるかぎりたくさんの人たちに、自然のもつ畏敬すべき驚異への、より深い理解をよびさますことを自分の任務だと考えている」
著者のローレンツ博士は「動物行動学(エソロジー)」という分野を開拓、1973年にはノーベル生理学・医学賞を受賞した。
本書は彼が自宅でほぼ放し飼いしていた動物達の生態観察記である。本能のまま自由に行動できるし、餌も貰える。観察目的とは言え、彼らにとってはまさにパラダイスな環境下であったと思う。
生態観察記と書いたが、ニュアンス的には「動物ふれあい日記」といった風。彼らとのふれあいをユーモアたっぷりに記録しており(当時のヒットソングを引き合いに出して魚の生殖行動を語ったり笑)、それでいて生態も正確に記されているから凄い。
あとはペットを飼いたい読者に宛てたアドバイスの章もあったりする笑(飼いたい衝動に駆られなかったものの、生き物を育てることの本来の意味を学べた。それだけでこの章の持つ力は大きい)
「ソロモンの指環」とはイスラエル王ソロモンが所持していた指環のことで、これを使って王は動物達と会話が出来たという。
それを踏まえてローレンツ博士は、「自分の方が王よりも一枚うわてだ」と語る。何故なら王は最も親しい動物とですら、指環がなければコミュニケーションを取れなかったから。
ソロモン王を超えた博士のおっしゃる通り、彼は動物達との共生を極めている。
コクマルガラスの「チョック」(鳴き声から著者が命名)とのエピソードがその最たる例であろう。(章のタイトルも「永遠にかわらぬ友」)
鳥なんて開け放てば最後、注視していてもどこかに飛んでいってしまうと思い込んでいたが、博士曰くそうでもないらしい。
ペットショップで運命の出会いを果たしてから独り立ちするまで、チョックはなかなか博士から離れようとしなかった。著者自身もその後コクマルガラス14羽を飼育した際には、観察を経て目印なしで見分けられるようになったという。(勿論それには相当な時間と労力を要したが)
動物愛好家の方はもちろん自分のように不慣れな人でも、彼が動物達にそそぐ愛情は間違いなく本物であることが見てとれる。
博士だったら「淀ちゃん」のために何かしただろうか。何なら指環があれば「淀ちゃん」のSOSにいち早く気づけただろうか。
どうしようもないことばかり考えてしまう…
この喪失感が、博士の言う「自然が持つ畏敬すべき驚異への理解が呼び覚まされている」兆しだと良いのだけど。
- 感想投稿日 : 2023年1月20日
- 読了日 : 2023年1月20日
- 本棚登録日 : 2023年1月20日
みんなの感想をみる