静謐な雰囲気が、私的な表現から漂う、とても美しい作品です。
ストーリー性を求めてしまうと退屈な作品だと思います。恋人や家族といったわかりやすい関係性はほとんど描かれず、言葉に表しにくい人への複雑な想いが描かれています。
とくに面白いなぁと思ったのは、
身体感覚に記憶や想いが現れてくる描写。
頭の中だけにあると思いがちなモノを、発掘された物や、身体の変化、そして場所などに託されています。
あの震災で行方不明になっていた知人の訪れ。
ゲッティンゲンに設置された惑星と、消えては現れる準惑星に「降格」した冥王星。
トリュフ犬に発掘される人々の記憶を司る物たち。
時間と記憶がまぜこぜになり、
どこからが現実で、どこからが記憶なのか、
曖昧なところがすごく不思議だった。
貝が、彼のいる海の底のイメージと重なる。
舞台はゲッティンゲンではあるけれど、
記憶に関わるモノが発掘されていくことを考えると、
海王星付近は海中を表しているのかもしれない。
野宮と向き合うことが、「わたし」にもたらしたものは何か。
身体感覚に残る記憶の断片の描写がとても興味深い。
記憶という見えないもの、
時には自分を苦しめたり、
自分というものを証明してくれる「記憶」。
あの東日本大地震から長い時間が経ったからこそ、無くしたものが何かがわかってくる。
時間が容赦なく記憶を薄れさせる。
わかりやすいストーリーではないことや、ハッキリした人物像を持たない登場人物や、詩的な表現のために、内容をつかむことはとても難しく感じたけれど、
この作品から漂う空気は気に入った。
- 感想投稿日 : 2021年9月19日
- 読了日 : 2021年9月19日
- 本棚登録日 : 2021年8月29日
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