三つ編み

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本棚登録 : 1228
レビュー : 132
制作 : 髙崎順子 
ありんこゆういちさん  未設定  読み終わった 

ジェンダーによる差別は、年を経て代替わりしていく毎に少なくなっていると思います。
差別であるという事を言葉に出せるようになったこと自体が、改善している証拠であろうと思います。
しかし、その地域で根強く残る産まれによる差別や、性差別。国籍や職業による差別は根強く残っています。
本書では違う国で生きる3人の女性が自らの手で人生を切り開こうとする物語です。しかしそこにあるのは希望の道ではなく、絶望的な現状にかすかに見える蜘蛛の糸のような細さの道です。
普通であれば歩き出さないような細い道。道と誰も認識しないような困難な崖っぷちの縁のような道です。
インドでカーストにも入っていない、不可触民と言われる最下層の生活を強いられているスミタ。何千年も続くこのシステムから娘を解放する為学校に行かせるべく奮闘しますが、差別の壁は分厚く、娘を連れて村からの脱出を図ります。
イタリアで毛髪加工の会社の娘ジュリアは、会社の危機を乗り越える為望まない結婚を強いられ、カナダではシングルマザーの弁護士サラが、乳がんの発症により職場で閑職に追いやられ暗に退職させられそうになります。

インドのスミタの境遇があまりにも悲惨で、素手で村の人々の家々の汲み取り便所を毎日素手で掃除しなければいけないという決まりがあります。これは正当な報酬を得るための職業ではなく義務で、報酬と言えるものも家々の人々が気まぐれで投げ出したぼろきれ、残飯等しかありません。もし逆らおうものなら殺されても文句は言えません。
我々が人間は平等で、差別されるべき人が存在してはいけないと思っているのは、教育によってそれを理解し同意しているからに他なりません。
当然インドのカーストの中でも優しい人はいます。これは不可触民というものを無くすという優しさではなく、可哀そうな不浄な人に施しを与えましょうという優しさです。
マークトゥエインのトムソーヤの冒険の中で、トムの家にいる奴隷の男性が、逃げてきた奴隷をかくまいます。トムの家では奴隷を大事に扱っていたので、トムも当然無体な事はしないのですが、逃げてきた奴隷を逃がすという話になった時に、トムは「奴隷なのに逃げるなんて恐ろしい事を・・・」というような意味のことを言います。これを読んだとき僕は衝撃を受けました。トムは差別的な所が少ないわんぱく少年なんですが、この時代は奴隷は財産であり、逃げたり逆らったりすることは悪なんですね。世の中の常識の中でのいい人だったり、理解が有ったりする人だったりする訳です。
周りが「この人間は不浄だ」「この人間と我々は違う」「交わると穢れる」などと言っていれば、何も知らない子供たちはそれが真実と思って生きていくわけです。女性は男に従うべきなんていう考え方も同じ遠因だと思います。
閑話休題
そんなアウトオブカーストに生きるスミタは誰が見ても悲惨だし、僕らの立ち位置から見ると現代の事なのか疑いたくなるくらいです。
しかしイタリアのジュリアンや、カナダのサラも女性であることによる生きにくさが有ります。そこには西欧の先進的と言われる文化の中で、女性は尊重されるべきであるという土台があります。しかし相対的な部分で彼らは、世の中の女性のほとんどが感じている生きにくさを体現していると言えます。
カナダのサラは、エグゼクティブで有能な弁護士という立場を何としても守りたいと思うがあまり、自分の女性であることのデメリット(と彼女が感じている)を隠そうと奮闘します。これは彼女自体が男社会の中でのし上がる為に、女性でいる事自体がデメリットであると確信している所に問題が有ります。これは短絡的にもっと肩の力を抜く等といったきれいごとではなく、ただ単にこの世の中の大多数が未だに「男」の社会であるという事に他なりません。直感的にそう感じている人は多いと思います。

それでもこの本が世界中で読まれているという事は、世の中の趨勢はマッチョな男根主義から、多様性を重視する世の中にシフトしつつあるという事の照明だと思います。
人間が代を重ねるごとに改善していくのであれば、我々の次世代に偏見の種を撒かないというのが一番重要ではないかと感じました。

レビュー投稿日
2020年2月18日
読了日
2020年2月18日
本棚登録日
2020年2月18日
5
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