あとは野となれ大和撫子

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本棚登録 : 764
レビュー : 142
著者 :
ayh1r0さん  未設定  読み終わった 

かつてソ連時代の灌漑によって水が干上がり、「20世紀最大の環境破壊」とも言われたアラル海。そこがもし、人の住める土地となって独立国を名乗っていたら……、という架空国家を舞台に語られる一つの物語。

一見タイトルから出オチに見えますが、読み終えてみると、まさにこれ以外にぴったりのタイトルは無いと思います。乾いた沙漠に吹く、一陣の風を思わせるような爽快さ。それにちゃんと文字通りの意味もある巧みさ。

中央アジアで「自由主義で多民族主義で世俗的な国家があるなんて」ということの荒唐無稽さを問うても仕方ありません。このお話自体が、一つの試みであり、シミュレーションです。世界各地で、国家が、民族が、信仰が上手くいかなくなって混沌に陥っているこの21世紀で、「じゃあどうしたら私達はより幸せにやっていけるのか」ということを考えるために。

国家の運営をいきなり任されてしまうのが、なぜ他の誰でもなく女の子達なのか。その答えは、劇中のナツキの言葉に端的に集約されています。

"過去、紛争をはじめた男たちを恨んだこともある。それによって、大切な家族だって喪った。けれど、いまは少し考えが違う。
「戦争ははじめたのは男でも女でもない。大人たちだよ」"
(129ページ)

こうした前提を踏まえた上で読んでいくと、本当にリアルに創り出された国家のドキュメンタリーを読んでいるようでもあり、一方で首都防衛戦のシーンや、徐々に明らかになっていく各キャラクターの伏線回収的なバックグラウンドなど、エンタメとしても楽しめるところしかない作品だと思いました。
そして、ただ面白いだけじゃなく、読者の私達にも今一度この世界のことを考える機会と視点を与えてくれます。

20世紀までに人類は様々な過ちを犯し、今現在も、そしてこれからも、たくさん過ちは犯され続けます。ただ、現代の我々が唯一学んだことがあるとすれば、それは「この地球は分からない」ということ。

"わからないのだ。
自分たちは、この地球という惑星のことを。"
(226ページ)

この地球のことを分かっていないということを分かっていなかったがために、人類は大量の兵器を作り、環境を作り変え、各々の社会の利益を優先した。結果、地球は温暖化し、環境は破壊され、人々の衝突が起きた。
物語の舞台にアラル海が選ばれたのも、その「分からなさ」を象徴しています。
沙漠を緑化する夢を持つナツキがぶつかるのは、沙漠で暮らす遊牧民達の生活を奪ってしまうという問題。誰かが幸福を追求した時、巡り巡っては誰かの不幸を招きかねない。

では、これからの私達はどうしたら良いのか。その「分からなさ」を前にして何もせずにひるんでしまっていいのか。これにも、ナツキ達は一つの方針を持っています。

"「大切なのは、いまを生きている人々。そしてもっと大切なのは、千年後を生きる人々。そうだとは思わない?」"
(232ページ)

そして、個人の人間にとって必要となってくるのは、「やることはやった」という実感です。「やることはやった。あとは野となれ山となれ」と思えるか。
その結果が吉と出るか凶と出るか、判断できるのは何世代も後かもしれません。でも、人の寿命が限られていて、いつか死ぬということを思う時、どうせならこうやって思えるような人生を送りたいと、少なくとも私は思います。

だから、ナツキの姿はとても眩しく、カッコよく、美しく見えました。
劇中の範囲で、ナツキとアイシャそれぞれが持つ夢の結果は語られません。沙漠を緑で満たしたら何が起きるか。国体と信仰と人権の三権分立を果たしたら何が起きるか。まだ、誰にも分かりません。それでも彼女達は、胸を張って突き進みます。「やることはやった」と自信を持って言えるように。

まだ同著者の全作品を読んでるわけではありませんが、今年読んだ中では間違いなく最高だと思いました。

レビュー投稿日
2017年10月9日
読了日
2017年10月8日
本棚登録日
2017年5月14日
2
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