良いシリーズなので何度も目を通している。が、アメリカ理解について、決定的に足りない視点が一つだけある。アメリカにおける「宗教」の重要性がそっくり抜け落ちているのだ。
例えば、「大覚醒」についての記述は非常に淡白なもので、その重要性についてほとんど吟味していない。本シリーズは「通史」が目的なので考察の重要度は低くてもいいかもしれないが、これはあんまりだ。
人々の間で宗教的熱狂が起きることが「アメリカ」がアメリカたるゆえんであり、現在においてもキー概念であることは中公新書の『アメリカの宗教右派』で指摘されているとおり。なぜ未だにダーウィニズムへの拒絶がまかり通る強力な層が存在しているのか。その力はどれほどのものであり、どこから来て、どのような影響をアメリカ社会にもたらし続けるのか。
この問いの大元が「大覚醒」にある。「大覚醒」がヨーロッパを切断し、アメリカナイゼーションの口火を切ったのではないのか。本書にはただ「熱狂」として片づけられていた大覚醒であるが、しかし、その発生と広がり方には多くのアメリカ的な特徴がある。他の誰に言われるのではなく、「私」の判断で神と向き合うという自己吟味。誰でも覚醒に至ることができるという平等主義。人々の自由で自発的な団体の形成などである。つまり大覚醒とはまったくアメリカ独自の運動であり、一般大衆を駆動原としたアメリカ化運動であったのではないか。
「もし大覚醒がなかったら、アメリカのキリスト教は「旧世界」のキリスト教を移植したままのものとなっていたであろうし、そうなればアメリカ文化も政治も経済も外交も今とはまったく異なった姿になったことであろう。」(森本. 2009)
実際には「大覚醒」こそがアメリカ独立を準備し、ひいてはアメリカの特異性(平等主義、自発的結社、自己吟味、反知性主義etc)を準備した。そのことを見落としている、日本のアメリカ学の一端がよくみえてしまう一冊。
- 感想投稿日 : 2013年4月11日
- 読了日 : 2013年4月11日
- 本棚登録日 : 2013年4月11日
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