おじいちゃんのポエム。

カテゴリ 心理・哲学

ぼくは、好き。
ちんぽが入らないって想像するととんでもないことだって思う。でも兄妹のように信頼しあい支えあえる人が伴侶だというだけで、実はとてつもない幸運なのかもしれない。
そのうえちんぽも入れば言うことなかった、たったそれだけのことなのかもしれない。

悩んで苦しんで、人の生きてきた歴史には数知れない傷が刻まれ、全身から血が噴き出している。

ラストに出てくる保険の営業の人のように、他者の笑顔の下にそのような歴史があるとは想像しない、考えてもみない、己の心の貧困さ故に「当たり前」で押し通そうとする人々にとっては視界に入れるのも嫌な本に違いない。と想像する。

ぼくは本を読み終えて好きな人にラインを送ることにした。

読書状況 読み終わった
カテゴリ 小説(日本)

この短編よかったなぁ。ぼくは「フルスロットル」が好きだ。母ちゃん最高!

ユーモアがあり皮肉が効いてて。こういう啓蒙主義的な小説って今はもう書かれないというか、書けなくなってきているのだろうから、貴重な作品だと思う。

2018年12月25日

読書状況 読み終わった [2018年12月25日]
カテゴリ 小説(海外)

「能動」というのは僕にとってよくワカランもののひとつだ。そんななんもかも自由意志によって決定を強いられているという考え方が馴染まない。というか、疲れないかそれ?
僕の知る人間はもっと惰性で生きている。周りを見ると重要に見える決定ほど「成り行き」とか「なんとなく」で起こっているような気がしてしまう。

國分功一郎の「暇と退屈の倫理学」は読んだことがあったし、そこで語られるテーマはその時の僕の考えていたことにも重なった。
今スピノザを僕なりに読み解いていて、そこから國分功一郎がスピノザの研究者だと知りまた舞い戻ってきた感じ。

たしかにスピノザは人間の自由意志を否定しているように思える。でも受動は退けるべきもの、能動は目指すものとして描かれている。スピノザの考える「能動」の概念についてもっと知りたい……そういう想いで手に取った本書。

読み終えてから時間が経ってしまったので、なんとなくの印象で……

と思ったけど思い出せん。

2018年12月23日

読書状況 読み終わった [2018年12月23日]
カテゴリ 心理・哲学

読んだ……けど内容忘れちゃった!!

2018年12月23日

読書状況 読み終わった [2018年12月23日]
カテゴリ 小説(日本)

謎のDJが木の上から皆のあたまの中に直接語り掛けるという想像ラジオ。はじめはエッセイテイストの話かと思いきや、よもや3.11のテーマだったとは。

すごくセンシティヴな話だから、書く苦労は尋常ではなかったろう。「多方面に配慮する」と言うが、「多方面」が「被害者すべて」である時、なおかつそれが「加害者持たぬ被害者」である時、それはもはや「全方位」を意味する。
「全方位に配慮する」時、私たちは黙るほかない。「そんなの無理だからいいや」となってしまえば今度は放言になる。そんな中物語を紡ぐことは細い綱の上を慎重に進むような、いわば「ギリギリの配慮」が要求される……と思う。

そんな議論を踏まえた上で、ただの小説好きの戯言だけれども、この小説は「同時代的」という意味で唯一無二のものになっていると思う。

小説はなにものにも束縛されず自由であるべきだと思うが、束縛されざるを得ない状況でなおも自由を目指しあがくのもまた小説だ。


「宗教」「神」を持たない私たち日本人は、統一された死者への関わり方を今や持たない。
それは生き残った他者に対しての関わり方を持たないのと同義だ。「正解がない」。

だから「黙る」「忘れる」……でもほんとうにそれでいいんだろうか? 僕は小説のこの声にはっとさせられた。

2018年12月23日

読書状況 読み終わった [2018年12月23日]
カテゴリ 小説(日本)

……思い当たる。
ひきこもりニート経験のある者は共感するだろう。

空虚を詩的なことばで埋めるかんじ。
実際やってることはしょーもないのだが。
タイトルは傑作。

2018年12月23日

読書状況 読み終わった [2018年12月23日]
カテゴリ 小説(日本)

章ごとに登場人物や彼らの生きる時代が移り変わり重層的なうんたらかんたらみたいな小説。

散漫的読書になってしまい全然あたまに入ってこんかった。
引き出し多いんだけど、自然主義的なアレを小説にあまり求めていないのじゃ。

デッドケネディーズとか出てくる

2018年12月23日

読書状況 読み終わった [2018年12月23日]
カテゴリ 小説(海外)

狂おしいほど愛しい。

男は母親に捨てられたことにより女性崇拝(同時に女性蔑視でもある)に陥っており、ほかにも笑顔が虫の裏側に似ているというコンプレックスや、閉所恐怖症といった弱さを盛りだくさん抱えているが、アマプロ経験者のマッチョな親父にマッチョ教育を受けたせいで、泣きたくても泣けない、愛する人に対しても自らの弱さをさらけ出すことが出来ず、アスカ(彼女)との対立をおそれ、風俗や恋や過去の女の思い出に逃げ込む。

ありていに言って、クズである。
アスカにしても、浮気性の飽き性で働きもせず(抗うつ剤を飲んでいるため働けないのだが)、一人よがりな音楽制作にうつつを抜かしながらあたしは天才だと根拠のない自己肯定に寄り掛かっているメンヘラのクズである。

認めよう。ふたりともクズである。

お互いが自分自身を見つめられぬまま、自己を認められぬまま続けた同棲生活6年間。

時間の無駄遣い。最高に楽しい時間の無駄塚いだ。

向き合ったら壊れてしまった。
いや、本当に向き合えていたのだろうか。
震災のさなか、震える彼女を置いてトイレで自慰をするなんて。もう心配ないなんてマッチョぶって。めちゃくちゃにカッコわるい。

だけどもどうしてこうも愛しいのか。

2018年7月8日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年7月8日]
カテゴリ 小説(日本)

三十歳になってもボロアパートで、旅館経営をやってるおふくろのすねをかじりつつ、たまにバイトしつつなんとかやって、昔一緒に住んだことがある花子がまた引っ越してきたり、お隣の岡崎さんていうベテランの愛人さんとか、小説家のおばさんとか、グズな弟と強い男性性をもった奥さんとか、塾のバイト先の先生でモテようという欲求が知識のひけらかしにいってしまう小林くんとかとか……

まあとにかく次から次へといろいろな人が出てくるわ、女性の会話に見られるような話題の飛躍に次ぐ飛躍、その中にもまた別の人物の噂が語られ、実はその人物が知り合いの知り合いだったみたいに現実に復帰してきたり、と。

精緻に点検するように読み始めたせいか、はじめはこの文章にかなり抵抗感があったが、次第に「これはノリだ」とわかってだんだん彼女(たち)のお喋りに付き合ってみたくなった。

何の事前情報もなく手に取った本書だったが、ちょうどピンポイントで関心のあるテーマがいくつか扱われていた。つまり……

「所有と存在」「セックスが交換可能であるという認識」「交換のグロテスクさ」「働かざるもの食うべからずの違和感」「経済について」「男の無反省」「経済は男の言い訳のために作られたのではないか」「女の無客観性」「女性蔑視」

「阿Q風冷奴」は実際に作って食べた。

にぶやたかしの解説も興味深い。
「カタリー派」とか、谷崎潤一郎の「下痢」とかおもしろいテーマが盛りだくさんって感じだ。

2018年7月7日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年7月7日]
カテゴリ 小説(日本)

恋愛と一口に言うけれど、恋は欲や所有であり、愛はありのままを認めること(存在)である……

エーリッヒ・フロムの『生きるということ』を読んだ後だったので、フロムの「持つこと」と「あること」についての議論のひとつのバリエーションとして読んでいた。

本を通して、自己受容(自分をありのまま認める)ことができないから相手を所有したがるのだという、まあ、ありきたりと言えばありきたりな話が語られ、後半はではどうしたら自己受容できるようになるのか、に主題が移っていく。

どちらかといえば退屈な読み物だと思っていたのだけれど、終盤の二村ヒトシとB子さん・信田さよ子さんとの対談で今までの「実にまっとうに思える」主張が反転し、実は女性解放を願っているという作者が最も女性を所有したがっているのでは、という疑惑をそのまま放り投げて文庫化までしてしまっているというところにこの本の凄味がある。
もはやこのどんでん返しは上質なミステリー小説にも匹敵すると思うのだ。

これは常々思っていたことだけれど、ヤリチンってミソジニスト(女性蔑視者)でなければできないんじゃないか、と。そのところ、B子さんは「ヤリチンのことを語れ」と作者を詰めるところがエライ。この作者にはヤリチン心理こそを語ってほしい。

信田さち子氏の「男には反省がない」発言も、そう言われれば確かに……と。
最後まで読んで、もう一度読み返すとさらに面白いかもしれない。

2018年7月7日

読書状況 読み終わった [2018年7月7日]

あぶなかった。読んでいるのが喫茶店でなかったらおもくそ泣いてしまうところだった。

コリンが「ぼくはいつまでも――いつまでも――いつまでも生きる!」と言う場面。

環境によるところも大きいが、それ以上にコリン自身が作り出していた死の牢獄。その牢獄を開け放ち、彼に生きる望みを与えることができたのは、彼と同等かそれ以上にわがままで暴君のように振舞うメアリさまだってこと。

だめなんだけど、だめな人を救えるのもまただめな人であるということ、だめでも生きてていいのだということ、ずっとよくなれるような<魔法>でこの世は満ちているのだと信じることの尊さ。

秘密を分かちあうことと、秘密を守ることによって生を育むということ。

2018年12月23日

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読書状況 読み終わった [2018年12月23日]
カテゴリ 小説(海外)

『TO HAVE OR TO BE?』
原題のほうがやはりしっくりくる。<持つ>か<ある>か?

産業主義社会って<持つ>ことが即ちあることであるような社会だ。ランボルギーニ持ってる人は<ランボルギーニの人>って認識されるし、品川のタワマン高層階に住んでる人はやっぱり<タワマン高層の人>って認識される。
こういう思考が根っから備わっているから、学歴や職業も同じように<持つ>様式で語られる。

でもみんながみんなタワマンの高層階に住めるわけではない。資源や土地や資産は有限であってみんなに行き渡るほどはないし、そこには必ず競争があり、競争が生むのは羨望や嫉妬、他人を貶めるずる賢さ……であったりする。

<持つ>様式はエゴイズムと結びついて、人間をどんどん生きにくくさせてしまう。
フロムは<持つ>ことと対比させ<ある>生き方を提唱する。

テニソンは花を根から断ち切って持ち帰った。
松尾芭蕉は花を見た。
ゲーテは花を根っこごと持ち帰り、家の庭に植えた。

テニソンは対象を所有することにより喜びを得た。しかし対象はそれによって死んでしまっている。
松尾芭蕉は「見る」そのことによって喜びを感じている。
ゲーテは彼らの中間を取り、「共にある」「共に生きる」ということに喜びを見出している。

フロムは<ある>ことをこう説明する。
<人が何も持つことなく、何かを持とうと渇望することもなく、喜びにあふれ、自分の能力を生産的に使用し、世界と一になる存在様式である。>


冒頭はスリリングだが、後半にいくにつれどうすればこのラディカルな社会変革を起こせるかに主題が移っていく。宗教的な話も多く、自分の現実感覚としてはちょっとズレていくのを感じた。

<「人びとは何をなすべきかより、自分が何であるかを考えるべきである……。かくしてなすべきことの数や種類でなく、善くあることに重点をおくように心掛けよ。あなたの仕事のよって立つ基本を、むしろ重視せよ」>

<ある>ということは、生産的な能動性である。
鈴木大拙
スピノザ

2018年7月2日

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読書状況 読み終わった [2018年7月2日]
カテゴリ 心理・哲学

「嘘」とはなんぞやと思い、研究の一環として読んでみた。広くあさく嘘について取り扱った本。

ぼくの興味深かったのは冒頭の、<内的事実>と<外的事実>によって語られるチンパンジーと研究者とのエピソードだ。

内的でも外的でも偽りであれば真っ赤な嘘ということになるが、<内的事実>としてどれほど真にパーセンテージを振れるのかは人により千差万別であるし、時には「馬は空を飛べる」というナンセンスな言説も、それを内的事実として受け止める人にとっては嘘ではないということ。

<内的事実>として偽りでなければそれは嘘とは言えないということが、今更ながら目からうろこ。

2018年7月2日

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読書状況 読み終わった [2018年7月2日]
カテゴリ 心理・哲学

夫と夫のいる家から出て、ファミレスで今日の宿はどこにするかと途方にくれる30代の女。
思えば休日を一緒に過ごせる友達もいないし、あんなに愛情を持っていたはずの会社もなんだかこの頃は疲れる。

作者は出会い系Xに登録をして、脱コミュ障をめざす。せっかくなら相手にあった本の紹介もしよう……そんな一挙両得の思いつきから彼女の武者修行がはじまる。

冒頭のエピソードで打ちひしがれた作者の姿を知っている者としては、「出会い系」にうごめく魑魅魍魎たちと果たしてどう立ち向かうのか……
しかしそんな心配は第1章「東京がこんなにおもしろマッドシティーだったとは」で、杞憂だったことを思い知る。

杞憂どころか作者はメタルスライム狩りの勇者の如き素早さで経験値をどしどし稼いでいく……次第につ、つよい、と唸らざるをえなくなってくる。


この本のテーマや作者の心情は、今のぼくにとってはすごく親近感がわくもので、さらなる動機づけをもらった気がする。

気になる人には、道端でだって気軽に話せるぐらいがいい。でもやっぱ何か怖い。
怖く感じるのは何でか?
「習慣」とか「常識」とか、そういった言葉で語られる目に見えないものが、そう感じさせている。
それは正しいことなのか?
正しいとは思わない。
ならばその錆ついた鎖を噛み切って自由に飛び出していくべきじゃあないのかい。

<「二択で悩んだときは自由な生き方の方を選択しろ」>

2018年6月24日

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読書状況 読み終わった [2018年6月24日]

「怠惰の美徳」という表題とはところどころかけ離れたアンソロジー。

並行して読んでたエーリッヒ・フロムの「生きるということ」とクロスオーバーする部分も。

戦争が終わり産めよ増やせよで人口過剰になった日本で、作者は女子供を押しのけねば電車に乗り込めないと嘆く。電車に乗れなければ会社に行くこともできないから、仕方ない。
戦争を通して感じていた―自分が生きるためなら他者をも食らう―エゴイズムにほとほと嫌気がさし、もーやめようぜと弱弱しくつぶやく。布団の中で。

ぼくの今の気持ちにはこっちのほうが近いかもしれない。
<自分が俗物であるという意識、どんな背徳無惨なことでもやれるという気持、これほど私を力づけてくれるものはない。>

「百円紙幣」「防波堤」もおもしろかったし、小説も読んでみたい。「突堤にて」が気になる。

<防波堤で殴り合った男も、日曜日の客を素人とさげすんだ男も、あるいは餌を盗んだ子供も、彼が自らの人生に打ち込むべき熱情を、他の低いものとすりかえているのだ。熱情を徒労にすることによってのみ自分を支えて生きて行かねばならぬ彼等の心情が、常に私の心を暗くして来た。>

<自分の内部のものをむりに明確化し図式化することは、往々にしてその作家の小説をだめなものにしてしまう。むりに見積もらない方が賢明であるとも言える。自分の内部の深淵、いや、本当は深淵でなく浅い水たまりに過ぎないとしても、それをしょっちゅうかき廻し、どろどろに濁らせて、底が見えない状態に保って置く必要がある。底が見えなければ、それが深淵であるか浅い水たまりであるか、誰にも判りゃしない。自分にすら判らない。自分にも判らない程度に混沌とさせておくべきである。その混沌たる水深が、言わば作家の見栄のよりどころである。作家という職業は虚栄心あるいはうぬぼれが強烈でなければ成立しない職業であって、それらを支えているものがその深淵であり、あるいは深淵だと自分が信じているところの水たまりなのである。>

2018年6月23日

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読書状況 読み終わった [2018年6月23日]
カテゴリ 小説(日本)

気分が落ち込んだ時に読んでたからますます落ち込んだ。救いがない……。

定年まぎわのおじちゃん教授は性欲ギラギラで教え子とやっちゃって教職を追われ、娘が住むアフリカへ行ってみるんだけれどギャングどもにやっつけられてやれやれ……というはなし。

救いのない時代の救いとは何か。成長なき時代の成長とは何か。ただ恥辱に耐えていくしかないのか。
身分不相応な望みを持つことは罪なのか。

しっかし陰気な小説だなーと思いました。

2018年6月16日

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読書状況 読み終わった [2018年6月16日]
カテゴリ 小説(海外)

ら抜きのバンバンと、ら抜きが許せないエビセン……
お互いがお互いを憎みあい、弱味を握り合い、バンバンは「らを抜かない」言葉を、エビセンは「ら抜き」言葉を余儀なく使用させられ……

奇抜な構想の喜劇だと思っていたが読みす進めるうちに、ことわざ、敬語、女言葉、果ては山形弁など、ことばづかいの玉手箱のような様相を呈してき……

文字通り言葉の掛け合いから登場人物の性格的弱さが浮かび上がる。結局は自分の想いを伝えるために、どんな言葉づかいを選びとるのか、それが一番大事なんじゃないかねっていう熱いメッセージ。

2018年6月16日

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読書状況 読み終わった [2018年6月16日]
カテゴリ 小説(日本)

上巻は引き込まれてどんどん読み進めたくなるような文章だった。でも下巻からだんだんと雲行きが怪しくなっていって……。

なにしろ主人公のマーチンの意志薄弱ぶりったら、本当に主人公かと疑うほどだ。ハニートラップには嬉々として引っかかるし、重要な場面でいつも酒を飲んでいるし、物語のラストだって状況に否応なく選択させられているような気がする。そもそも推理なんて微塵もしていなくて、すべて場当たり的だ。現代人の等身大って感じではあるけど、ミステリ小説にそんなもん期待していない。

ダメならダメで、あっぱれなまでの開き直りがあればせめて救いがあったけれども、作者が最後の最後でイヴを持ってきたのも悪い冗談としか思えない。

一番がっかりだったのは、自供でしか犯人を特定できない状況で、かつ自供するもしないも犯人次第ってところだ。
そうなったらもう犯人を殺すしか方法は残っていないが、それはミステリ小説の敗北を意味しないか?

2018年6月16日

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読書状況 読み終わった [2018年6月16日]
カテゴリ 小説(海外)

YouTubeで「働くおっさん劇場」を見つつ、この本を読み進めていた。

本来しなやかであるはずの<生>にうまれる機械的なこわばり……そこに笑いが生じ、こわばりは解消される。

野見さんのタイトルコールだけですでにおもろい。物覚えがわるいせいかなかなかタイトルを覚えられず苦戦し、紙詰まりを起こしたコピー機のように途中で止まってしまう野見さんの顔が浮かぶ。結局はでたらめなタイトルを勢いだけでごまかす、その姿はやはり視聴者の笑いを誘う。
また野見さんは非常に<おかしい顔>をしており、あやつり人形の如き彼の行動は松本人志≒視聴者の共犯関係を思わせる……。

興味深いのは、性格のおかしさとしてベルクソンが「虚栄心」を挙げているところだ。

二村ヒトシの『すべてはモテるためである』には、主に欲望から生ずる<ギラギラ>に自己開示で対処せよという文章がある。

<バカな自分を、自分で開示して(わざとらしく「おどける」のではなく「オレのことを解ってよ」と押しつけるのでもなく、ただ開示して)みんなに笑われることで、あなたは、みんなを和やかにすることができたのです。

そうするとね、驚くべきことが起こります。「みんな」にではなく、「あなた」に起きます。
あなたは「きげんがよくなる」のです。>

なんとなーく言いたいことはわかるが引っかかっていた文章が、ベルクソンを読んですっと腑に落ちた気がした。そう、みんなを笑わせるもの、その正体とは「虚栄心」だったのである。(デデーン)

虚栄心⇐⇒謙虚さの対比とそこに連なる一文は、これからの研究対象だ。

笑いがもつ主要な機能のひとつとは、<焦点が定まっていない自尊心を自分自身の十全な意識に呼び戻すことであり、そうすることで性格がもちうる最も大きな社会性を手に入れることである。>

2018年6月16日

読書状況 読み終わった [2018年6月16日]
カテゴリ 心理・哲学

非常ぉ~に購入しにくい本だったが、レビューなどを見ていると心惹かれるものがあり、結果、読んでよかった。

わたしは「モテる」のか、「モテない」のか?
そこんとこよくわからない。案外、作者に一番やっかいな人と指摘されている分類に入るのかもしれない、とか思いつつ読んでいた。

なにはともあれ。後から加筆されたという「第5章 モテてみた後で考えたこと。」だけでも、この本を手に取った価値がある。

<【モテるようになった男が恋する女に「愛するけれど、お前が愛されたいように愛してあげることは、しないよ」とダブルバインドをかける】のは、つまり【自分のほうは、変わる気がない】ということだ。それだと相手だけじゃなく、なにより自分が苦しくなるのだ。>

胸に刺さる。
作者の口からエーリッヒ・フロムの名が出てくることからも、この本はレビュー通り至極まじめな哲学を扱った本である、と僕は了解した。

2018年5月31日

読書状況 読み終わった [2018年5月31日]
カテゴリ 人文・人間

「嫌われる勇気」が流行っている。そっちも少し立ち読みしたけれど、老哲学者と人生に悩む若者の対話という展開がどうもきな臭くて読めなかった。
老哲学者=岸見一郎なのだから、その作者がダイレクトにアドラー心理学を語った本にあたるのが手っ取り早いと思った。

アドラー心理学って、要は実存主義のことなんじゃなかろうか。作者も哲学だって言ってるし。だったら「トラウマ」っていう心理学用語を取り入れないほうが、妙な誤解を生まなくて済むと思うのだが。それはさておき。

例えば「ほめる」「罰する」ということをアドラー心理学では禁じており、そのエッセンス自体には共感を覚える。
ただし作者が描く日常――「あなたにはうちの子供をほめてほしくない」「言ってることはわかるのね、という看護師の言葉が親をモノ扱いしている」――は単なる偏屈なじいさんのわがままにしか思えない。

アドラーは民衆と会話を通して自分の教えを伝えたというが、かの作者が生み出しているのは「対立」だ。

その教えがどんなに真新しく素晴らしいものであっても、「社会一般」というものがあることを認めなければ、単なる暴力になってしまう。

哲学はよりよく生きることを目指す。行動に結びつかなければ、無だ。

僕にとってこの作者は「……そうは言っても」の観点がすっぽり抜け落ちているように思う。
「私はこのような考えを持っている」「しかし社会一般はそうではない」「ではわたしの生をより充足させるにはどうしたらよいか?」
その答えは「対立」ではないはず。
ましてや「嫌われる勇気」の老哲学者のような「半隠遁」でもないと僕は思う。

2018年5月31日

読書状況 読み終わった [2018年5月31日]
カテゴリ 心理・哲学

「うそ」探求シリーズ。
んー、まあ酒を片手にひやかし程度にぺらぺらめくるような本だ。作者ってあれか、ホンマでっか!に出てる人かいな。

「メタ認知能力」、「悪い時」より「いい時」を何故と分析すること。

2018年5月31日

読書状況 読み終わった [2018年5月31日]
カテゴリ 心理・哲学

あいかわらずエンターテインメントやなぁ。
ちょっとお下品さが減ったかしら?ベッドシーンがなくなったのはちょっと残念な気がするぞ。

2018年5月31日

読書状況 読み終わった [2018年5月31日]
カテゴリ 小説(海外)
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