太陽のめざめ [DVD]

監督 : エマニュエル・ベルコ 
出演 : カトリーヌ・ドヌーヴ  ロッド・パラド  ブノワ・マジメル  サラ・フォレスティエ  ティアーヌ・ルーセル 
  • アルバトロス
3.67
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感想 : 3
4

『太陽のめざめ』
まず感じたのは、フランスと日本の少年犯罪に向き合う“更生”の捉え方の違いだ。
対応する組織体系やシステムの違いもだが、何より携わる人たちの姿勢が違う。手続き中心の感じが強い日本の少年犯罪の印象だが、この映画ではマロニーの不良ぶりに対して「ここまでやって、全く反省も、更生の兆しも見えないのに、まだ刑務所に入れないの?」と言った感じを抱きながら観ていました。
それは、判事が贔屓してるのではないかと思われるほどに対象者の『更生』を期待し願っている故なのだと思う。

そして、フランスの一貧困家庭が作り出す、貧しさの連鎖の苦しさ。「あの親にしてこの子あり」という現実と将来の姿を、モロに見せつけられた感じがする。映画の中では、“感情のコントロールができない”という表現が使われていたが、キレまくって、一向にそれが正されることなく成長していく。映画のほとんどの部分はキレるマロニーでしかなかった。 観ている私も苦しくなってきていた。だって、マロニーが生まれて過ごした幼少期の環境の悲惨さは容易に想像できるではないですか。人間は感情を少しづつ自分の手中に収めて大人になっていくのだけど、その為に必要な心の安寧、ひいてはそれを育む他者からの愛情を受けずに育ったマロニーには、自分自身がなぜこんなにも激しい感情が自分の中に湧き上がってしまうのかわからない。 まるで自分の身体の中に異物である“怒り”という生物が生きているような感覚だと想像するのです。更生へ向かおうとした意思を確認できても、この激しい感情が全てをもとに押し戻してしまう。

でも、スクリーンの外にいる私は、やはり最後にはマロニーの将来への期待を込めずにはいられない。
子どもを授かったこのマロニーに寄せる思いは、判事を演じるカトリーヌ・ドヌーブのそれと同じだ。何度も何度も期待を裏切られているのにやっぱりマロニーを信じるしかない。それしか、この映画を観た者は救いがない。
タイトルの『太陽のめざめ』どおりに

でも、マロニーを演じたロッド・パラドは迫真に迫るいい演技をしていた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年9月3日
読了日 : 2017年9月3日
本棚登録日 : 2017年9月3日

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