「三島由紀夫」とはなにものだったのか (新潮文庫)

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著者 :
blockさん  未設定  未設定

膨大な議論によって
兵士になれなかった三人の劣等意識を隠蔽しつつ
「金閣寺」に書かれていたものは
結局、ただの理由なき反抗にすぎなかった
しかしそれにしたって中途半端なのは
その時点の三島由紀夫にはとうてい理解できないだろう価値観
…すなわち、ナメられたら終わりという
本当ならあの作品が、それに基づくものでなければならなかったからだ
それを外しているからこそ「金閣寺」はあらゆる面で上滑りなんだが
戦後民主主義の申し子たる橋本治にも
やはり「ナメられたら終わり」が理解できなかったようで
三島由紀夫の人格を「行動者」と「認識者」に分けたまではいいけど
肝心の平岡公威をどこかに捨ててきてしまうんである
兵士として使い物にならないオトコオンナ
そういう烙印を押されてしまった平岡公威の絶望に対して
オトコオンナで何が悪いの?と
冷たく言い放てるのが橋本治であろうから
もちろん、それ自体いけないってんではないが
三島論としてどうなんだ、という話

レビュー投稿日
2019年3月29日
本棚登録日
2019年3月29日
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