著者のミッケル・ボルグ・ビャーウスは、デンマークに拠点を置くファントム・ブルワー(自ら醸造設備を持たず、委託醸造でビールを販売する)でありながら、同じくデンマーク、コペンハーゲンに拠点を置く世界的レストランnomaのシグネチャーボトルを醸造するなど、世界40カ国に輸出される、今世界でもっとも有名な醸造家のひとりといえる存在。

通読するというよりか、ホームブリュワーが都度参照するためのTips集といった趣の一冊。同版元、ガイアブックスの近著「クラフトビール・フォーザ・ピープル」はスコットランドの世界的醸造所・ブリュードッグを扱っていたが、こちらはそのミッケラー版という感じ。内容は重複もあり、掲載されているレシピはもちろん異なる。
ホームブリューからはじめ、数学・物理の教員として実力を磨き、世界的な醸造家となったミッケルさんの半生はとても刺激的。フレッシュホップについては好意的な記述はなく、農産物としてのビールという側面は薄く、ビールの実験的な部分を押し広げていっている印象。

ファントム・ブルワーという生き方は、今まで頭になかったけれどもホップ生産者と掛け合わせた職業としては結構おもしろいのかもしれない、と思った。そのためにも、ホップのペレット化、冷凍破砕などの後加工の技術と設備について研究しなければならない。

ミッケラー社のラベルアートワークは総じて好きです。

2022年1月10日

読書状況 読み終わった [2022年1月10日]

系統進化生物学の研究者である著者ふたりが、独自の視点でビールの歴史に迫った一冊。生物学と化学と学術的な系統分類によってビールとビールにまつわる人体のリアクションなどが解説されており、いわゆるふつうのビール本とはひと味違う感じ。

それだけに咀嚼するのになかなか骨が折れるが、必要なところを抜き出して現場ですり合わせればとても役に立ちそう。ホップについてもまるまる一節20頁ほどさかれており、ためになる。

一杯のビールをながめながら、そこに秘められた歴史に思いをはせ、化学的、生物学的な視座に立った分析的な視点を持てば、ビールという醸造酒は無限の可能性がある。

日本にも少なくとも500社、アメリカにも5000社を超える醸造所があるというが、それぞれがどの視座に立ってものづくりをしているかはなんとなくわかってきたような気がする。

個人的にはファッション、カルチャーとしてのビールではなく、化学、生物学の視点から農産加工品としての多様性、原材料の長を引き出そうとチャレンジしているブリュワリーにシンパシーを感じるし、そういうモノづくりに憧れるが、マーケティングやブランディんが不要かといえば、もちろんそうではない。

アメリカでクラフトビール文化が花開いた理由には、もちろんインディペンデントな国民性があるのだが、歴史的な文脈でいえば、禁酒法によってたくさんの醸造所が駆逐され、大手資本による寡占が進んだ市場に対するカウンターカルチャーとして勃興した背景がある。そもそも禁酒法がなければ、今の百花繚乱、高品質なクラフト文化が生まれなかったと思えば、禁酒法もあながち悪ではなった(禁酒してもムダ、ということがわかったので)。

一方、コロナ渦によって世界は社交としての飲酒文化を忘れつつあり、酒造業界も大きな影響を受けている。かつての禁酒法時代とその後に続く大量生産ビールの寡占時代のように、一度失われた文化をもう一度やり直すには長い時間がかかる。

税法と感染症に振り回されるのは、いつの時代も酒業界の常。次はどちらへ行こうかと、身軽な方がしたたかに生き残っていくのだろう。

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p.219
アメリカのクラフトビール運動の出発点は、工業的なビール造りの拒絶だった。そして永遠の原点回帰までは望まずとも、いにしえの手仕事を探求したいという思いは工業化の反発と相通じるものがある。だれか太古のビールの再現を試みるのも時間の問題であった。

p.236
大東亜の反対側では、一九七〇年代の状況はまったくちがったものだった。合衆国には復活させるべき伝統が最初からないのだし、禁酒法とその後遺症が破壊したのは地元の醸造所にとどまらなった。かつてはビアホールや居酒屋で行われていた社交の一環としてビールを飲む習慣までが消えてしまった。取って代わったのは自宅の冷蔵庫から出してすぐ飲む極端に冷やした大量生産ビールだった。

p.238
大手のラガーと真っ向からぶつかっても勝ち目はない。それなら風味の豊かなエールとポーターでニッチな市場をつくりだそう。そう考えたマコーリフは、料理と合わせて行儀よく楽しめるビールを売りこんだ。

p.249
ビール造りはというのは単なる醸造ではなく、原材料の加工から副原料の利用に至るまで料理を作るような自由度があり、これがビールの多様化を許容してきた重要な要素になっている

2022年1月10日

読書状況 読み終わった [2022年1月10日]

「さつま白波」で有名な薩摩酒造を30年間技術者として支え、後に鹿児島大学農学部教授に着任した著者が、焼酎の源流を自ら訪ねてていねいにたどっていく一冊。巻末の年表は圧巻。これだけで買う価値あると思う。

飲用アルコールの蒸留は、紀元前4世紀ごろからすでに行われていたが、現在につながる製法や品質管理が確立されるのは、自家醸酒が禁じられた1899年以降のこと。
中国の個体発酵、蒸留を製法とする白酒を祖とする焼酎が、琉球に伝わり、やがて薩摩へ伝来し、そこから本格焼酎(乙類焼酎のうち添加物のないもの)が飛躍するまでの文化の歴史は、しらふで読んでいるだけで、とても興味をそそられる。

もともと、個体発酵したもろみから高濃度のアルコールを蒸留する焼酎に類する酒づくりは、おもに温帯~熱帯に位置する東南アジアには広くみられる酒造方法である。
日本においては低温環境での発酵管理を必要とする清酒は上級武士の飲む酒、イモ類、穀類のでんぷん由来のもろみから蒸留する焼酎は庶民の酒と位置付けられてきた。技術革新と地道なプロモーションの成果としうて、今や、百花繚乱の焼酎文化を築くに至った。

泡盛づくりに使っていた黒麹が後に生酸菌であることが分かり、発酵過程で生成されるクエン酸などが汚染を防止、さらに蒸留することで酸味を分離できることから、焼酎の製造に革命をもたらした逸話など、興味深いエピソードが盛りだくさん。

余談だが、明治中期には国税の徴収額比率において、酒税が地租税を超えた時期があり、明治の近代化、富国強兵・殖産興業には酒税が大いに貢献したことがあるという。

そういう意味でいえば、酒づくりは「国づくり」でもある。

余剰穀物から多種多様な食文化のを開き、酒税によって国家財政を支えてきた酒造産業への興味はなかなか尽きることがなく、おもしろい。

もち米を醸造し、森のボタニカルを加えて蒸留した焼酎、またはスピリッツ。そんな岡山県新庄村の地産地消の酒に思いをはせつつ、酒づくりの資料をつぶさにあたってしていくのは、とても楽しい。

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p. 98
酒税を主要な国家財源とした明治政府が酒類近代化を指導

その転換期は明治の激動の時代にあった。

西南戦争、日清戦争と続く多大な財政負担もあり、酒税が国Amazon|っていく中、明治32年(1899年)には自家用酒が禁止となり、この年、酒税が地租を抜いて国税収入の首位に躍り出た。

明治34・35年になると実に国税収入の4割近くを酒税が占めるまでになる。


p.211
明治32年(1899年)に自家用酒の製造が禁止され、集落ごとに製造免許が与えられ、さらに酒税確保のために多すぎる製造免許の整理が断行され、生き残った蔵の競争が激しくなっていく。自家醸造から脱却して製造を専門の技能者に委ねる時代の到来である。


p.270
幕末から明治にかけて日本は歴史上類を見ない激変の時代を経験し、ごく短期間に世界史における「奇跡」と言われるほどの近代化を果たした。その重要な一翼を担ったのが酒税だった。


p.314
中国の酒造りには雑菌という概念はない。玉石混交の中から生み出される複雑な香味が尊ばれる世界であり、西洋流の考えが通用しない世界があり、液体発酵にどっぷり漬かっている身には考えさせられることが多い。


p.325
焼酎は清酒の技術を基とし、海外文化を取り入れ、発展の基礎を築いたが、その後、長い間南九州の地酒の地位に甘んじていた。それが今では神武天皇の東征を思わせるような北上を開始し、日本の國酒といわれるまでになっている。

2022年1月9日

読書状況 読み終わった [2022年1月9日]

先日ご本人にお会いする機会があり、移住の大先輩に書籍をお借りして読みました。

内容は、自分がこれから実践したいと思っていることが、実践知とファクトをもとに書かれていて、まさに巨人の肩に立って見通しをクリアにし、いくらか生きて使える時間をショートカットできた気分。読後感がとてもよいです。

2007年、14年前に書かれているものの、内容は少しも古びていない。一方で、ということは一方で提言されていることは目について社会実装されたわけではない、ということにもなる。当時私、まだ大学生ですね。

巻末で引かれている渋沢寿一さんの言葉が、なにより重い。

「持続的社会を可能にする精神基盤は、その土地で一生を終えようとする覚悟である」p.289

自分はといえば、ようやくこの頃「ああ、この場所で一所懸命に働いて、それで死ぬのかな」と少しは思えるようになってきた。

個人の実践を社会に波及させることはとても難しいし、時間がかかる。そもそも生活の実践は完成することはなく、個別に異なるから一般化、体系化も難しい。また政治と経済力で社会を動かすことにも限界はある。

最小公約数的にコモンズとして共有できることがあるとすれば、それはただ一点、渋沢さんが言うように、社会を構成する諸個人が自分と今いる大地、気候風土、コミュニティとつながりを持てているか問い直し、自分の精神的基盤を確認すること。そこから社会の持続可能性を芽をたぐるそれぞれの旅がはじまる。

そうした一般意志の総和が一定の水準を超えたときが、すでに環境破壊の物理的な不可逆点を超えていないよう、ただ地に根ざした地道な実践を続けていかねば……と、怠けがちな自分をそっと引っ張り上げてくれる一冊です。

2021年12月14日

読書状況 読み終わった [2021年12月14日]

農業がこの先すぐに消滅するか、といわれるとそんなわけないのだが、就農者の高齢化、気候変動、燃料/輸入肥料・資材の高騰、種苗改正と自家採種・開発品種の権利保護、輸入農産物の安全性、またコロナ禍による米価下落と保証システムの落とし穴(普通に運用すれば、最低価格ラインもなく漸減していく危険あり)などトータルで考えれば、近い将来この国に飢餓が発生する可能性はゼロではない。

筆者は農業経済を研究し、FTA交渉の最前線に立ち、農業政策立案の政府ブレーンとして働いた経験から、他国相対的で決して保証が手厚いわけではない農業政策の問題点を指摘する。アメリカが大規模効率化とともに手厚い収入保証、コロナ禍における手厚い買上げ制度により自国農業を保護し、圧倒的物量で世界も穀物市場を手中に収めている。

筆者の主張はとてもシンプルである。市民の生命の安全保障、その一番のフロントラインは食料の安定供給である、という大前提。

だからこそ、これを公共支出によって下支えし、地域が自立した農業経営を行って食料の安定的な域内自給を推進すべし。そのためには輸入農産物の関税率を適正レベルに持ち上げ、コモンズとしての種を営利企業だけに任せることには留保が必要だ、と主張する。

一次産業は補助金が手厚いから競争が発生せずに、産業として衰退する、という論は、はたして正しいか、と言われると半分正解、半分間違いだと思う。意欲的なチャレンジ、合理化は必要だが、コモンズの独占、寡占による安全保障の危機を招かないための介入は必要。筆者曰くその水準も十分ではない。

筆者はおわりに、地域における循環型農業推進の必要性を説く。

「根本的には、都市への人口集中という3密構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域経済が観光や外需に対して過度に依存しないで、地域の中で回る循環構造を強化する必要がある。

地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結びつけて循環経済をつくるには、農林水産業こそが核になる。

農林水産業が元気な上に、地域の環境や文化が守られなくては、観光業も成り立たない。ましてや、政府が掲げる農作物輸出額5兆円という目標が実現できるわけがない。足元を見ずに、“観光だ、インバウンドだ、輸出だ”と騒ぐのは本末転倒であろう」p.221

まずは強い農林水産業、これが基本になくてはやがて地域は立ち行かなくなる。観光も住民福祉も、もとを辿ればすべて一次産業の根ざしている、と思う。

農政にコミットするにはあまりに遠いけれど、現場で考える限り策を練り、ときに体を張って、これまでつながってきた土地の歴史をつないでいきたい。

当たり前が当たり前でなくなるかもしれない、コモンズの議論をすっ飛ばした市場原理主義の行き着く先は、たぶんそういう荒野なのだとすれば、私たち一人ひとりが身近な大地にまずは種をまいてみる、ということが、世界をよくするための、誰も傷つかない抵抗を可能にする、英雄的な行為かもしれない。

と、思ったり。

2021年12月3日

読書状況 読み終わった [2021年12月3日]

600頁の大著だったが、昔先生の著作を読んだ記憶をたどりつつ、わりとさらりと読めた。

宇沢先生については、時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世から手紙で、"Capitalism are alright?(資本主義は大丈夫なのか?)"と直接問われた経済学者、という説明で十分だろう。

宇沢先生は、当時の米英の主流派・新古典派経済学の世界においてもっとも影響力のあった研究者のひとりでありながら(後に新自由主義的な市場万能説を唱える当時の主流派経済学説を批判して、ノーベル経済学賞を受賞するジョセフ・スティグリッツ、ジョージア・アカロフが彼の教え子にあたる)、後年は市場の外にあるシャドウコストをモデルに組み入れて社会的共通資本(Commons)をいかにして守るか、ということに軸足を移して行動した稀有な研究者だった。

ひとことで言えば、暴走する資本主義を制御しようとしてこなかった経済学の分野に[良心/倫理/モラル]を埋め込もうと孤軍奮闘した人、ということになると思う。
ただアカデミックの世界で理論を組み立てて論文を書くことと、これを実社会に効力を発揮する制度として埋め込むためには、また別のハードルが存在する。後年の運動家としての活動は、ことごとく失敗しているように見える。宇沢先生の理想は、当時の政治家にとっては「青い鳥」に見えたいたようだ。

そして2011年3月21日、東日本大震災の10日後、宇沢先生は脳閉栓で倒れ、そのまま闘病もむなしく帰らぬ人となる。

宇沢先生の社会活動家としての問題意識の原点は、たとえば水俣病のような公害、つまり資本主義の暴走と人間の欲がもたらす人為的な災害の経験だった。後に金融工学という詐欺的手法で世界経済を破壊したサブプライムローン問題を、宇沢先生は当初から厳しく批判していた。

このころ、ようやくコモンズ、社会的共通資本を守らねば社会は立ち行かなくなるという問題意識が広く浸透してきたように見える。持続可能な社会のために、取り組まなければならない課題はたくさんあり、世界中のさまざまな場所で新しい仕組みを社会実装する動きが起こっている。

宇沢先生が生きて成しえなかった三里塚農社は、今まさに僕自身が取り組もうとしているモデルに近い気がする。巨人の肩に立ち、ここから見える景色を、ひとつずつ実現できるように進んでいきたい、と心から思った。

マジでよい本です。

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今日では理解するのが難しくなっている点だが、西ヨーロッパでソ連経済が高く評価され、敬意が持たれていた。五か年計画による工業開発、「指令統制型」の経済、完全雇用の実現……、これが当時のソ連の主張であり、イメージであった。失業者があふれ、資本主義が失敗した1930年代、ソ連は偉大なオアシスであり、解毒剤だとみられていた。ソ連がナチのきわめて効率的な軍隊の攻撃に耐えたことでも、ソ連型の経済モデルの名声がさらに高まった。これらの点から、社会主義の評判が高くなった。ソ連経済に対する敬意と称賛は、ヨーロッパの左派だけにみられた現象ではない。中道派にも見られ、保守派にすらみられた。
p.122


ケプラー書店にしょっちゅう出入りしていた宇沢は、サンドパールという名の店主と顔なじみになった。それほど広くない書店の床にそのまま座り込むような集会で、ときどき歌を歌っている少女がいた。高校生とはおもえないほど上手で、いつも店主が聞き惚れていた。無名の高校生歌手はまもなくすると、「花はどこへ行った」という楽曲で全米に知られるようになる。公民権運動や反戦運動の象徴ともなった、1960年代を代表するフォーク歌手、ジョーン・バエズである。

しばしば家主のアンから平和集会に誘われるようになった宇沢が、ある日、「大学では経済学を研究しています」と話したところ、「私の父も経済学者だったの...

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2021年11月18日

読書状況 読み終わった [2021年11月18日]

野生、ではなく野性。

意識をして使い分けている人あんまりいないような気もするが、野生はそのまま「自然に山野で育つこと」であり、野性は「自然のままの本能的な性質。洗練されていない粗野な性質」。

つまり本書は、野生の獣のように社会の決まり事を破壊して生きよ、という話ではなく、今ふうに言えば持続可能、自己破壊的な羊の群れ(資本主義の暴走、右に倣えの記号的消費社会の突進)とならないように、一人ひとりが自分の中に野性を飼い、「動物としての人間」の性質を意識的に忘れないように生きよ、ということを主張している、ように読めた。

ユヴァク・ノア・ハラリは人間が大繁栄した理由、つまり人間にあって他の生き物になかった特性として、ナラティブ、物語、道徳規範としての宗教や、社会の流動性を高めイノベーションを加速するための資本・貨幣という、いわゆる“共同幻想”を持つことができたことだと言ったが、「野性の実践」では、そうした人工的な社会の枠組み(共同幻想)のなかで正気を、バランスを保つために、ナマの自然と接点を持ち、動物としての自分を生かしておけ、とミクロな視点の実践を勧める。

たとえば、なんとなく「オフグリッド」って、「野性的」なのかなと思う。もちろん、自然エネルギーを使用可能電気エネルギーに変換する装置は人工物だけれど、人工的なつながれた網、ネットワークに依存するのでなく、ナマの自然から直接エネルギーを取り出す部分に自分で責任を持つ、という意味で。

すべてでなくてもいいが、自然から価値を切り出す接点、その現場に関われば、なんらか意識の変容が起きるはずだから。

社会的な存在としての人間、野性的な動物としての人間。あるいは都会と里山(人里と“野生”の境界)、後者に手を伸ばせば二本足で立つことができ、一方の社会的な存在としても自由になれる。どちらかにとらわれてしまうと、行き詰まる。

だからこそ、実際に人は山に歩き、瞑想し、動植物を育ててバランスをとっている。その体験から得るものの解像度は人それぞれだけれども。

色々併読しながら、足かけ2年くらいかけてじっくり読んだ。

ゲーリー・スナイダーの著作を読むと、おこがましいけれど、なんとなおぼろげにつかんでいた真理のようなものの理解を補強してもらったような、再確認したような、背中を押してもらったような、そんな気分になる。こうした一見当たり前、普遍的なことをであればあるほど、ちゃんと商業ベースでテキストにして残すということは難しいと思う。山と渓谷社は本当に偉大。

自分なりの野性の発見と実践を続け、表面の人工社会でなんらか利他の営為を、胸を張れるなにかをひとつ形にして、裏面の野生の中に紛れて人知れず死んでいけたら本望であるな、とずっと思っている。

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「昔ながらのやり方」で生きている社会は、素晴らしい技術をいくつかもっている。採集狩猟によって生活している人々――本来の植物学者・動物学者――にとって、ジャングルは豊かな供給源である。繊維、毒、薬、酒、麻薬、解毒剤、容器、防水剤、食物、染料、膠、香料、娯楽、仲間、霊感、それに刺し傷、かみ傷。こうした原初の社会は、人間の歴において、ちょうど原生林にあてはまり、同様の深みと多様性(それと同時に「古代性」かつ「処女性」)をもっている。野生の自然の伝承は人間の定住文化の広がりとともに、失われつつある。文化は、それぞれ、腐植土のように肥沃な習慣や、神話や、伝承をもっているが、それもいまや急速に失われている――これは我々すべてにとって悲劇だ。
p.260

伝統的な芸術や工芸の世界では、どの分野でも、見習い修行の習慣があった。一四歳ほどの年頃になると、男の子と女の子も、陶工、大工、織物職人、染物屋、薬師、鍛冶屋、調理職人などのもとへ、丁稚奉公に出された。若者たちは、家を...

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2021年9月25日

読書状況 読み終わった [2021年9月25日]

いまふうの承認欲求や虚栄心などひとかけらもなく、ただ無私の心でひたすら彼の地アフガニスタンの人びとの暮らしのために、地道に汗をかいてインフラを作り続けている人びとの記録。

全体的に淡く、彩度低めでハイキーな荒野の写真にやがて水が流れて、緑が萌える。わずか120ページの写真集だが、長い年月をかけて少しずつ希望が現実になっていく様子は感動的。

このような仕事の時間のスパンはひとりの人間の一生では到底足りないかもしれないが、それでも続けていく。そういう仕事の尊さを、今の時代にこそ考えたい。

2021年7月3日

読書状況 読み終わった [2021年7月3日]

徳島のオーガニックエコフェスタでお聴きした萩原さん講演が、僕にとって「ああ、こういうことがしたいな」という目からうろこのアハ体験だったのだが、期待にそぐわず良い本。

農業技術と人間性、どっちも大事。でなければ、そこに経済性は生まれない。中山間地における中量多品目生産、目指すべき経営規模としては本当に理想的だ。

2021年6月21日

読書状況 読み終わった [2021年6月21日]

既視感、これまで何度も読んできたような錯覚。80年代以降のローカリゼーション論の源流はすべてここにあったのか。

少し前に斎藤幸平さん(ほぼ同年代)の「人新生の資本論(https://www.amazon.co.jp/dp/B08L2XMQKX/ )」がベストセラーとなり、行き過ぎた資本主義社会から脱成長とコミュニズム回帰へ移行するという思想がひとつブームになっているが、このような考えは決して新しいものではなく、同じ類型の指摘は前駆的に無数の著述家によって唱えられてきた。

本書は1970年代、チベット仏教の里ラダックの伝統的な農村社会が、資本主義経済の流入、開発の激流にさらされる中で文化への誇りを失い、それまで守ってきたいまでいう「サーキュラー・エコノミー」的な生活体系を徐々に失っていく様子が、経時的にていねいに描いていく。

同時代、ローマクラブの有名なレポート「成長の限界(1972年)」の中で「環境破壊と資源の枯渇を止めるためには、私たちConsumer(消費者)はProsumer(生産消費者)となって、身の丈を知って暮らし方を再建する必要がある」と唱えられていたころ、まさにラダックでは資本の誘惑によって、伝統的なProsumer(生産消費者)社会がConsumer(消費者)社会へつくりかえられていたのであるから皮肉でしかない。

社会の大きなシステムをどうするか、いわゆるイデオロギーの論争が社会を変えうるのかもしれないが、それよりも私たち一人ひとりが自分の暮らしのためのものづくりに携わることで、貨幣経済の中で私たちが身の丈以上の生活を当たり前に享受しているという事実を、きちんと受け止めるほうことがまず第一歩として必要だろう。

社会を変えるのは口角泡飛ばしての論戦ではなく、ただ静かに自らの生活を自らの身体性をもって立ち上げることなのではないか。過去の農村生活がすべて正しく、あの頃に戻るべきだというつもりはないけれど、身の丈をわきまえてブレーキを持つことは必要だし、それが大人の分別というものではないか。そうでなければ私たちは餓鬼か、エコノミック・アニマルに成り下がる。

ドッグイヤーしすぎてえらいボリュームになるので抜き書きは控える。それだけ本書の世界のとらえ方には、1986年生まれいわゆる[ゆとり世代][ミレニアル世代]にとっては当たり前に共感できる世界観。興味を持たれたらぜひ一読を勧めたい。
あとはそれを、どのアプローチで実現するか。

2021年5月15日

読書状況 読み終わった [2021年5月15日]

すみからすみまで目からウロコ本。1972年初版発行。高度経済成長期を迎え、外材輸入がどんどん進んでいく時代に書かれた日本人の木材利用のクロニクル。

クスノキからヒノキ、そして広葉樹へ。あるいは割木木工から大鋸、たてびき鋸からベニヤ技法、すなわち厚みを持った「材」から、表層を飾る記号へと価値が変遷していく歴史。

長く針葉樹の白い木肌を愛した日本文化も、いまやグローバルな文化の混交でなんのこっちゃわからなくなっている。とはいえ、ヒノキは特別な気もするし、なにに根ざしてものづくりをすべきか、考えさせられるばかりである。

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英国人はoak(ナラ)をもって木材の王者とし、oakの柾目の雄渾華麗な木目に最上の評価を与えている。美が外形的、表面的で、物質的な傾向を持つ西洋的な嗜好からすれば、輝かしく塗りあげられたナラの木理こそは、木材の中で最も美しいものであるに違いない。しかし、墨一色で書かれた南画の絵絹の空白に、幾百の色彩を感じ得る民族には、一見平凡に見える針葉樹の木肌にも、無限の変化を味わうことができたのだろう。美しいものの上に、さらに美しさを置こうとする、西洋の多々ますます弁ずる主義と、床柱に残されたただ一輪の朝顔に、万花以上の効果をあげた利休の含蓄主義とは、まったく正反対のものである。炭の上に置かれた伽羅の、ほのかに香ってくるのを待ちながら、ものの余韻、たしなみを、しみじみ噛みしめることが、この民族のもつ本質的なものであったから、彼らはヒノキの枯淡な肌にこそ、真に心の琴線にふれるものを見出したに違いない。そして、やがてヒノキを自在に使いこなすことによって、模倣時代から脱した、純日本木彫仏が作られることになったのである。
p75

ヒノキは軽軟ではあるが、刃物の鋭さを要求することはもっとも強い。それゆえ、よほど鋭利な刃物でなくては、ヒノキの彫刻を美しく仕上げにくいことは、木彫家の等しく認めるところである。ことにその木口のノミ跡を見れば、腕の程度が推知できると言われている。したがって、貞観時代にこのような木彫が発達するためには、優秀な刃物が存在していなければならなかったはずである。
p78

日本語の「美」が繊細、清潔であること、言葉自体が平安期にほぼ固まったことと、ヒノキの木肌が日本語の「美」にそのままあてはまり、ヒノキの彫刻がおなじ平安期に確立されたことなどを合わせ考えると、日本文化の中に占める地位が、いかに大きく根深いものであるかがよくわかる。

けがれのない清浄さを求められた木は、また使い捨てという習慣を生ませたようでもある。平城宮のあとからは、使い捨てられた箸や食器がたくさん出てきている。延喜時代には天皇のおぐしを梳くために、一日に一つずつ新しいものを用意する規則が決められていたという。これが年々障子を張り替え、畳を新しくする習慣につながっていった。銀製の食器を孫子の代まで伝えていく西欧風の合理主義とは本質的に違うものである。日本の住居の底に流れるものはこの考え方であったし、この世を仮のすみ家とする思想の芽生えも、これがあずかって力あったと見ることもできよう。
p80

ケヤキのような環孔材の木肌がわれわれの生活の中に入ってきたのは、比較的近年のことである。建築では桃山、彫刻では明治以降と考えてよい。それらの材が彫刻に用いられるようになった事情は、前記の「木材の工芸的利用」の中の次の文によって推察することができる。そこには明治末年における展覧会出品の木彫材料の趨勢について解説してあるが、ケヤキのような環孔材が、新しい様式の彫刻に採用されるようになったのは最近のことである、と指摘したのち、「これらの材は、彫刻家の間に異説あるのみならず、その思考も如何あるべきやと考えられるにより、この木については、しばらく将来の趨勢を卜せんとす...

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2021年3月16日

読書状況 読み終わった [2021年3月16日]

六曜社には大学時代から背伸びして出入りするようになり、いつも地下でドーナツとコーヒーを頼んでのんびりしていた。その後、高田渡のトリビュートアルバムを買って、歌っているその人がマスターのオクノ修さんだと知るのは、さらにそこから後のことになる。

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京都河原町三条の喫茶店「六曜社」
https://rokuyosha-coffee.com/

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戦後の奉天で喫茶店を開業した奥野實さんが日本に帰ってきて今の三条河原町に店を構え、その後三男の修さんが地下店の経営を本格的に始めたのが1986年6月というから、六曜社地下店と僕は同い年ということになる。

実際には経営は少しずつ厳しくなり、一時はキャッシュがショートして倒産寸前までいったとか。今では自社物件として買入されたようだが、テナント時の賃料は65万円というから結構な額だ。

それでも現在経営を引き継いでいる孫の董平氏は、働きすぎで焙煎器の前で居眠りしてボヤ騒ぎを起こすほど疲弊していたというから、いかに現代の喫茶医業隊の経営が難しいかわかる。

ドトール、スターバックス、そしてサードウェーブの波にも争いながら、今も営業を続けているのは奇跡にも近い。

思うのだが、好きな店はやっぱりお客が守らなければならないし、逆にそういう店には、新しい世代の顧客も乗っかることのできる、強度のあるストーリーと、店主のパーソナリティがある。

合理化、均一化にあらがってここにしかない独特の豊かな交流の場が存在するということは、京都という町にまだ文化を許容する隙間があるという希望でもあるような気がするので、これからも営業してほしいな、と思いながらも今となっては簡単には通えず、コロナの問題もある。どうなっているんだろうか。

継続すること、場を守ること。そのために数字を作り、サービスを組み立てること。たぶん六曜社も単純にお金のためだけではない、歴史を続けていく覚悟があるのであって、そういうのを本当の「仕事」と呼びたい。稼ぐことが自己目的化した事業はやっぱり薄っぺらい。

美味しいコーヒーとドーナツ。なんにでもその裏には人の歴史がある。それを想像する力、好奇心が場を守るのかなー、と思いました。想像力と好奇心、価値を見出して言語化する力。お店はやっぱりお客と一緒に作るものなんだろうな。

2021年1月9日

読書状況 読み終わった [2021年1月9日]

ウィリアム・モリス、ブルーノ・タウト、バーナード・リーチ、川喜田煉七郎、柳宗理、山本鼎、宮沢賢治、農民芸術運動、バウハウス、こけし、工人、白樺派、富本憲吉、木端人形、複製芸術……など多彩な引用、キーワードを通して整理しなおされる民藝の歴史に関する対話シリーズ。

本来は「脱権威化」を目指した民藝運動が、逆に権威化していく過程と、逆に対極的に素朴な農村素人の手技を必要以上に面白がる(ある意味でエドワード・サイードのいうオリエンタリズム/東洋蔑視史観的な)いき過ぎた“寂び”、むしろ悪趣味としての民藝、その両方の問題を指摘しながらも、答えはない。

結局のところ、民藝そのものの定義に確たる実態はなく、何をどう評価するかは思想と美意識次第でしかないということではあるが、どちらにしても実は「権威化した美」あってこそのカウンター、サブカルとしての民藝、さらにそこから解脱するアウト・オブという構図だけは確かにある。

実は批判するだけで知的優越感にひたるサブカルチャーのポジションを取ることが一番呑気なもので、権威的な美の現場で戦うことも大変だし、もしくはシーンから完全に漏れ出て新しい価値観を作ることも困難である。

なんだかこの「本流があってのカウンター」という構図は、民藝の定義をどうするか、という議論に限らず身の回りにあるいろんな対立構造と、基本的には同じことだなー、と。今日も「批判と対案、本流に受け入れられる批判的提案とは何か?」みたいなことを自分の仕事について考える機会があったので。

二極どちらかに無批判によって行くことは実は簡単で、何かちょうどいいポイントを見極めて、揺れ動きながらもそれを実践(ものづくり)し続けることが一番結構難しいのではないかな、と思ったり。

京都でおもしろい企画を打ち出し続けておられる誠光社さんが版元の本書。今、民藝をあらためて考える上で、広い視点で全体を捉えながらも、クリティカルな引用がいっぱい出てくるのでとてもいい本だと思いました。

買ってよかった。

誠光社さんの通販サイト、セレクトが抜群に素敵です。

2021年1月8日

読書状況 読み終わった [2021年1月8日]

泣ける。

個人的には創設期の2010年から3年ほどと、それから「観光客の哲学」が出版された2017年あたりにゲンロン友の会に入会していて、著作も背伸びしながらずっと読んできたものだから、ゲンロンというおそらく日本で唯一無二のユニークな会社の内部で当時なにが起こっていたのかは、相当なリアリティを持って読めた。

多くの方がレビューで書いているとおり、「会社の本体はむしろ事務にあります」やら、離反した社員の残した経理書類をひたすら整理する話やら、兼任社長のキャッシュ使い込みやら、もう生々しい闘いの日々の記録は涙なしには読めない。

そしてその傷をそのままさらすことで、社会と関わるということは、所詮そういう生々しいヒトの欲望と向き合って傷だらけになることなのだと、読み手を勇気づけてくれる。

だからこそ、東氏の活動における「権威的で古い論壇界隈を離れ、もっと濃密に社会と関わっていこう」とするスタンスは、象牙の塔にこもって自分たち(ホモソーシャル)だけにわかる言語で会話をしながら傷つかないようにタコツボ化していく同時代の“思想家”の歴々とはまったく違うもので、そのインパクトはとても大きい(と思っている)。

そんな東氏がいろいろあって今ケンカを売っているのは、YouTubeに代表されるネットの広告収益モデル(による言葉≒コンテンツの劣化)なのだから、そのドンキホーテっぷりをもう全力で応援するしかない。

おそらく本書は東氏の著作、またゲンロン関連書籍を全く読んだことがない人が読んでも、それほど感情移入できないと思う。

雰囲気としては矢沢永吉の「成り上がり」が近いのかな?(読んだことないけど)失敗だらけの赤裸々な半生こそ、後に続くものにとってかけがえのない教訓を与えてくれるものだ。

こうすれば成功する、儲けられる、という類のノウハウ本、自己啓発本には何の価値もないが、「近道はない、地道に信じることをやれ」と言ってくれる書こそ、本当の啓発書だと思う。

いやぁ、おもしろかった(学びが多かった)。

事務大事、経理大事。人に任せる仕事をそもそも自分で理解しておくこと大事。でも、クリエイティブは王様だとも思う。

それこそ2009年頃(ちょうど前職の会社に入社して、いろいろ迷っていた頃ですね)からあずまんをフォローしてきてよかったな、と思いました。

言葉で完結するコミュニケーションはない。コミュニケーションの誤配にこそ、新しい価値が宿る。これを現代の世相の中でどのように実装し、価値づけ、人々を啓蒙していくか。今後もゲンロンの動向から多くを学んで、僕も実践したい。

2021年1月5日

読書状況 読み終わった [2021年1月5日]

ジャン・プルーヴェは建築士が免許制度に移行する前に、鋳鉄職人から工務店経営から建築設計へキャリアを移しながら、2度の大戦で傷ついたフランスのために、貧しい人が豊かに暮らせる住宅を、製造方法から構想し、実際に築いた人。生涯建築士の免許は取らなかった。

自社工場の資本による乗っ取りにあったり、高等教育機関で教鞭を取りながら、さまざまな建築を手がけるが、彼の代表作は、表紙にあるような鉄骨ラーメン構造+木造の低層プレハブ小屋なのではないか。ここに彼の哲理の集成があるのだと思う。

一方で、あのポンピドゥーセンターのコンペでレンツォ・ピアノのプランを引き上げたのもまた、プルーヴェ。そこになにか地続きな哲学がある。あの配管むき出し、機能が外装意匠を兼ねるという手法に、装飾性を最優先とする同時代の虚飾建築へのアンチを見たのかもしれない。

また彼は、技術の人、工法から構想する人であり、アンビルドが当たり前になった現代のデジタルツールによる設計全盛の現代とは対抗にいる人だ。技術的・素材的制約のある地方建築においては、彼の思想が今も真理に近いように見える。もともと鋳鉄職人ということもあり、自分にとって手ざわり感のある設計を最後まで追及したように見える。

この自身の半生を語ったインタビュー、そして後半の自作の解説とものづくりの哲学のエッセイをまとめた前後半それぞれのパートを読んでいくと、この人のものづくりの原動力だったものがはっきり見えてくる。

1901年に生まれ、2度の対戦を経験して1984年に亡くなったジョン・プルーヴェは、第2次世界大戦終了時は44歳。焦土と化したヨーロッパ、フランスの中でそこから復興と経済成長、伝統工法ではまったく住宅の生産が追いつかない。人々が生きていくために高効率な構造、生産手法で作られた量産型住宅が強く求められた時代。

鋳鉄職人という出自を生かして、さまざまな独自の金属製の建築部材を発明し、これを反復して構造を立ち上げる手法。バックミンスター・フラーとも通じる水回りをまとめた「コア」をプレファブして現場に持ち込み、これに屋根と壁をかけて単納期で住宅を量産する。

彼は、戦後の経済成長と都会への人口集中のフェーズに求められた手頃な住宅の量産、これに人生の大半を捧げている。今でこそデザイン家具として彼の家具は、スイスのVitra社から高級品として販売されているが、どう見ても彼の作品は耽美な工芸作品などではなく、その多くは元は力学的に破綻の起きないように「丈夫であること」と「量産性」を最優先に据えた民衆の家具だった思う。

戦争は悲惨だし、あるべきではない。戦後の惨事便乗型経済、いわゆるショック・ドクトリンのための戦争などはもってのほかなのだが、戦後にはこれをなんとか復興しようという使命感を持った、圧倒的なエネルギーを持った作家がさまざまな分野に生まれていることは事実。

日本でいえば、丹下健三、前川國男、黒川紀章、ジャン・プルーヴェもそのあたりの歴々と行動原理はそろっていると思う。強烈な使命感をそれぞれの仕事から感じる。

さて翻って2020年、ものはあふれ、住宅は飽和し、資本主義は戦後復興の栄華の先のある極点に達したように見える。そこで生きる私たちに求められているものは、プルーヴェが生きた20世紀から当然、まったく変わってしまった。

今日び建築家に求められているのは、物体としての構造物の新奇性ではなくて、土地の文脈のなかでそれを建てた後に、その構造(建造物に限らない)がコミュニティの中でどのように受容され、暮らしにどのような好循環をもたらすかを表現したストーリー、身近な暮らしの中における関係性を描く力、これを社会やクライアントに伝えるコミュニケーション力、そんなものが重要視されている(と思う)。

ジャン・プルーヴェは確かに...

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2020年12月9日

読書状況 読み終わった [2020年12月9日]

この世には「呪い」というものが、実際にあると思う。

それはまじないやオカルト的な呪詛としての「呪い」ではなくて、「こうでなければならない」という自分自身の凝り固まった思い込みのこと。

つまり、本書で指摘される「日々の食卓のあり方」に限らず、「社会の中でこうふるまうべき」「男は、女はおうあらねばならぬ」というような社会的な典礼のようなもの。

これらは実は、もとをたどれば、それなりに制度設計段階における意義はあったけれど、そのおおもとの意味が忘れられ、時がたち精度が変わる中で、儀礼的な外形だけが残された結果、やがて人々を縛る「呪い」として、文化的習俗として残された。

そうした呪いにまずは気づくこと、そして「心が、身体が自然と求める形でいいんだよ」と。土井さんは「一汁一菜」というあり方を通じて、そういうことを包括的に教えてくれているのだと思う。

戦後、急速に西欧化し、本来は料理屋で作られるの手の込んだ料理が家庭の台所に少しずつ浸透したことで、「一般中流家庭の食卓はこうでなければならない」という社会にかけられた、ある種の呪い。

料理から楽しさや発見の喜びを奪い、やがてそれは合理化され、アウトソーシングていった毎日の食卓を、自分のため、家族のために取り戻すことは、現代社会における幸福を再発見する福音になりうるはず。

日々の「ふつう(ケ)」。

その基準を設定し、実践することで、ハレのありがたさがわかる。飽食の果てに幸せはなく、抑制的な生活の振る舞いがあるから、相対化された差異としての「ご馳走」が際立つものだ。

動物的に「よりよい(と言われているもの)もの」だけを無尽蔵に求めて、欲望のインフレを起こし、その先に「幸せの不感症」を起こすことは、実に不幸だと思う。
自分にとって最低限必要なものはなにで「これがあったら、ちょっとうれしい」「こんな日々こそ幸せだ」という感性こそ、和食や茶道がうたった「日本人的感性」であると思うし、それを素養として取り戻すように、モノがあふれる社会の中でつつましやかにふるまうことが必要ですね。

終わりなき日常に疲れてしまうのであれば、自分の中に「日々のふつう」をもう一度、意識的に持つことで呪いは解くことができる。「これでいい」「ちょうどいい」を知るために、一汁一菜という暮らしの実践は、確かにひとつの道標になる。

——

持続可能な家庭料理を目指した「一汁一菜でよいという提案」のその先にあるのは、秩序を取り戻した暮らしです。ひとり一人の生活に、家族としての意味を取り戻し、世代を超えて伝えるべき暮らしのかたちを作るのです。そしてまた、一汁一菜は日本人を知り、和食を知るものでもあるのです。
p.82

お店は、客の無理難題に答えることが正解ではないのです。良い料理とは、客とサービス、調理場、経営者の真ん中に浮かぶスープのようなものです。まっすぐこぼれない状態こそが健全であり、均衡を失ってどちらかに傾いてスープがあふれるようではいけないのです。本来、お店と客は対等な関係です。普段の人間同士の関係と同じです。
p.83

良い食品の条件は、環境に悪影響を与えない、生産者にとっても、消費者にとっても有益で、自然のように循環して持続可能であること。人を傷つけることの決してない、命を養う食品です。
p.102

権威社会である日本では、権威の存在しないところに、サブカルチャーとしてときどきすごいものが生まれるようです。それは、かつて若い人たちが異文化の料理を持ち前の「和心」を持って発展させ、競いあい、作りあげたものです。
p.145

一汁一菜が、日本の食文化の原点です。
ケ(日常)の食事である一汁一菜を基本にして、季節の食材を肴にしてお酒を楽しみ、そのときにできる精一杯のご馳走を用意して、最後に一服のお茶を振る舞うのが、茶事...

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2020年12月5日

読書状況 読み終わった [2020年12月5日]

いわずとしれたプロダクトデザインの巨匠・柳宗理は1915年に生まれ、2011年に亡くなった、日本の戦後〜高度経済成長の目まぐるしく流行が移り変わったまさに「工業デザインの時代」の真ん中を生きた人である。

父に民藝運動を主導した柳宗悦を持ちながら、マスプロダクションの世界に身を投じながら、一貫して「用の美」を起点にしたどこか民藝らしい意匠、機能をまとったプロダクトで業績を残す一方、晩年には日本民藝館の館長に就任して父・宗悦の思想を引き継いで活動した。

本書では主に、柳宗理自身の高度経済成長における日本のものづくりへの危惧、つもり本来デザイナーが追求すべき「機能的に優れ/普遍的な意匠をもって、生活の中にいかにとけこんで長く愛されるか」ではなくて、表象の記号的な差異化、すなわちマーケティングや広告表現によって次々と買い替えを促す詐取的な仕事になりさがることへ危機感が、全編を通じて表明されている。

工業デザインの世界に足は置いているものの、やはりバックボーンは民藝運動の父・柳宗悦にあるのだな、と(ほぼ晩年の書籍なので、そういう編集したのかもしれないが)。

いけいけどんどん、右肩上がりの成長の中で「それは本質じゃなくてまやかしだ。ブレーキを踏んで考え直せ」と表明することは、やはり同業者やクライアントから白い目で見られるリスクを負うわけで、覚悟がなければなかなか難しいことだと思う。

その批判精神は、同時代的に言えば「生き延びるためのデザイン」などを記したヴィクター・パパネックなどと呼応する。そうして産業的な権威に背を向けながら、オルタナティブとして後世に残る仕事を残したのは、やはりその仕事の哲学が本質をついていて、後の作り手や使い手に支持されたからだろう。

無批判に記号的消費社会の差異化のゲームに突っ込んでいったように見える日本お社会の中において、柳宗理や秋岡芳夫など、当時としては天邪鬼ポジションをとりながら誠実なものづくりを目指した作り手は、当時も大勢いらっしゃったのだろう。

彼らはある意味で「日本的良心の作り手」といえるのかもしれないが、それでも時代の大衆の求め(欲望?)にはとても抗えるものではなかった。けれど、その思想は、今を生きている私たちが引き継いでいくに十分な普遍性を持った、本質をついた主張だと思う。

本書の中で一番面白かったのは、「藝術の社会性と宗敬の発想」というタイトルで、柳宗理が父・宗悦の民藝運動を、先駆的に起こったジョン・ラスキンとウィリアム・モリスの「アーツアンドクラフツ運動」と対置して、思想的な強度という意味で決して劣るものではなかったと明確に評価し、また同時代的にドイツで起こったバウハウスのマスプロ時代における手工芸的をものづくり教育の思想と、その起こりと主張の中身においてまるでドッペルゲンガーのような相似形を持っている、と説明しているところだ。

ラスキンとモリスの「アーツアンドクラフツ」、柳宗悦の「民藝運動」とヴァルター・グロピウスの「バウハウスの芸術教育」。今ほど情報流通のスピードが速くはなかった当時において、これらが互いに影響を及ぼしあった程度は少ないだろうけれど、目の前に立ち上がってくる新しい時代の産業構造とその問題点を目にした事による反射運動として、地理的な距離を超えてその言わんとするところが連動しているというのは、とても興味深い。

柳宗理はこれらを「時代の推移に対する必然的思想」として同列に扱った。

実は社会への問題意識の立ち上がりや、その解法へのアプローチは人種、文化などを問わず、それほど変わりがないのかもしれない。おそらく歴史を辿れば、お隣の中国や韓国、東南アジア、さらにはいわゆる第三世界においてもこうした問題意識と運動は、発見されうるはずだ。

逆に欲望をベースにした経済的なつながり(産業...

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2020年11月27日

読書状況 読み終わった [2020年11月27日]

こういう、言葉が明確で強い人は、だからといって別に絶対的に正しい真理をつかんでいるわけではなく、むしろ逆に「この世の中に絶対的な価値、真理など存在しないからこそ、自分自身が責任を持って、腹をくくって進むしかない」と覚悟を決めた人なのだと思う。

そして、一見すると当たり前のことを、しつこく面罵するためには、少なくとも自分は「当たり前」の1枚も2枚も上手をいっていないといけないわけで、それが難しいから、多くの場合は人は人に弱腰になる。森さんはその点においては、自分の積み重ねに圧倒的な自信があり、まったく容赦がなかった人らしい。

自信というのは現場での積み重ねのなかからしか生まれない。そういう積み重ねに支えられた人を「職人」というとしたら、森さんは“デザイナー”という名の横文字の仮面をかぶった(というかそういう職能「も」身につけた)工芸作家、陶磁器職人にもみえる。

当時、大量消費社会の最盛期にあって、試行錯誤、七転八倒しながらもロングライフなものをただひたすらに追求する生き様がめちゃかっこいい。

こないだ白山陶器の「ペンギン 徳利」を買いました。寒くなってきたので熱燗飲みながら使い勝手を確かめてみます。

 ペンギン 徳利 | D&DEPARTMENT
 https://www.d-department.com/item/2012009900055.html

 森正洋 - Wikipedia
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E6%AD%A3%E6%B4%8B

-----(以下、引用)-----

p.14
学校で、お前、何のためにデザインをするのか、と学生に尋ねても、答えるだけの思想を持ってないんですよ。
僕たちの頃とはまるで逆になっちゃった。
学生のときこそ、デザイン思想、物と人間の生活のことを徹底的に論じなければいけないんですがね。
社会に出たら汚染されるばっかりですから。

p.38
中小企業だと、デザインというのは販売から包装紙までぜんぶやらないとダメなんです。
ろくろができたらデザイナー、なんてことは絶対ありません。

p.41
デザイナーには野生が必要。
出ないと新しいものは生み出せないんだよ。

p.43
物を作りながら物を見るのではなく、物の後ろに人間が居ること、人々の生活があることを忘れてはいけない。

p.88
今の学生たちは、「きれいなものを作りたい」って言って、ちっともきれいじゃないものを作る。
体験がないからだね。
体験があっていろいろな形ができるでしょ。
自由だ何だって、生活体験が何もない。
だからなんの実感もない。
かわいそうだよね。

p.102
生活の道具のというのは、いつの時代もあくまで量産品でなければならない。

p.167
公共の空間や公園などのオブジェでも、人間の生活になんらかの影響を与えなければ、それはただの粗大ゴミなんだ。
“日常”のなかで人間は生活しているのだから、まずはそこを豊かにしていくべきなんだよ。

p.170
ものがあり余っているのに値段だけ下げて、無制限に作っていくなんて、そんなバカなことやめろって言ってるんだ。

p.182
マーケティングに騙されるなと言いたいです。
世の中にない本当にほしいものを作曲しろということです。
創作は作曲と同じことなのです。

p.186
産地が産地として生きるには、既製品だけではどうにもならない。
どこにもない、新しい製品がいる。
それを生み出せるのはデザイナーだけである。

2020年11月24日

読書状況 読み終わった [2020年11月24日]

右肩上がりの成長がふつうではなくなった今、確かに僕たちは「「何がふつうなのか考える」時代」(p.448)に生きている。

卑近なところでいえば、自分が最低限満足して生活するのにどのくらいの所得が必要か。あるいはマクロな視点でみれば、地球というひとつの系が持続可能であるために、私たち一人ひとりはどのくらいの生活水準を享受することが可能か?というような。

思えば、人類という種そのものこそ、ずっと自分たちが幸せに生きることのできる「ふつう」を設定しようとして、欲をかいては失敗し(大きな文明の勃興と衰退、産業革命やイデオロギーの時代を通して)、考え続けてきたようにも思える。

深澤氏は日本という国の「美しく保つ」という民族的習慣に可能性を見出している。毎朝軒先を掃き清め、定期的に埃を落とし、ひとつのものをきちんとメンテナンスして長く使い続ける。スクラップ&ビルドではない、保守的な生活態度。感覚的にはこれは東アジアにおいて強く現れる文化的特徴
のようにも見える。

そうした生活を保つふるまいと、それを支える長く使える、あきのこない「ふつう」なプロダクト。用の美をまとったそれは、やっぱり最終的に民藝という思想に還る。氏が日本民藝館の館長を務めたのも、そうしたものづくりの哲学につながりがあったからこそ。

自分たちの生活の「ふつう」を設定すること。

その中には、生活を組み立てるふるまいすら極度に分業化/アウトソースされた“合理的な都市文明”から、自分たちの手を動かして、自分たちの生活を立ち上げ直す、という事が含まれると思う。

自分にとっての、暮らしの「ふつう」を設定すること。成長(≒市場スケールの無限増殖による物質的飽和)の時代の幻が解けた今、それを「人生」と呼ぶのだろうか。

ただひとついえるのは、「これでいい」と思える、里の暮らしの普通を作るものづくりを、真面目に続けていくことを、僕自身が望んでいるということだ。

余談だが、クリスマスの夜に富士そばでかき揚げそばを食べる話があって、「ああ、深澤さんも富士そばいくのか」と、とてもほっこりしました。

聖なる夜には富士そばの演歌が沁みるそうです……わかる。

-----(以下、抜書き)-----

p.448
2000年頃、深澤さんはこう言っていました。「“ふつう”が“ふつう”でなかったから、“ふつう”という言葉は注目された」と。そして20年を経た今、まさに地球環境やテクノロジーの激変の世の中にあって、誰もが確かな価値軸を求め始めている今、また「ふつう」とはどういうことだといいのか、何を持って「ふつう」じゃなくなったのか、などと「ふつう」について、考え、そこから生活の価値を整理し、新しいものを作り出す指針を探らないといけない時代が来る

2020年11月21日

読書状況 読み終わった [2020年11月21日]

たいへんよい本。少なくとも自分にはすごくタイムリー。

著者曰く、民藝とはそもそもなにか決まった方向性のスタイルが定義されているわけではなく、時の権威によって制度化されつつあった「美の基準(例えば、日展的な、制度化された業界による評価システム)」に対するカウンターカルチャーであって、「民藝とはなにか」という問いにおいて「〇〇だから民藝」という定義はまったく重要ではない。

むしろ、それは「民藝」そのものを権威化するフレーミングであり、民藝が“民藝的”というラベリングによって本来の運動の意味から離れていくいくという、いわば自家中毒を引き起こしているのが現代の「民藝調(民藝茶屋とか素朴なぽってりした陶器とか……)」と聞いて皆が思い浮かべるあれ。

民藝運動は、そもそもお仕着せの美の基準から、市民を自由に解き放つための思想だった。

その土地の生活風土の中で生み出され、歴史の積み重ねの中で固定化されたスタイルを持ち、丈夫で長く使え、壊れても修理が効き、いよいよ買い換える時も同じものが容易に手に入る。「民藝」とは、特定の意匠や構造に対して与えられるものではなくて、土地土地の生活文化に深く組み込まれたものづくりのあり方のことであって、もっとゆるく、しかし強い決意表明のこと。

うまくまとめられないのだが、民藝が「民藝調」という檻に自ら閉じこもる必要はなく、生活の必要に応じて絶対的な基準/定義を持たずにゆるく作られたモノが、時間の流れの中で徐々に結晶化していくことを「民藝的」呼ぶということであれば、例えば無印良品やユニクロもナショナルレベルでの民藝といえるし、逆にもちろんローカルごとの特徴を帯びた“民藝調”の手作り工芸品も民藝の範疇に入る。

個人的に、今まさに「地域の素材を使った、地域の住民のための、地域の文化の文脈に沿った木工ものづくり」的な仕組み、場を導入するにあたり、これって結構「民藝」的な運動の文脈に載るんじゃないかと思った。

少なくとも著者のいう、美の基準を定義し直すための運動としての「民藝」には。

あるいは自分たちの手に「作る」を取り戻すことによって、消費者としての視点に変容をもたらそうとする「FabLab」的なカルチャーも、実は民藝運動と思想的に共鳴する部分があるし、うまく接続するような気がする。

結局自分のやろうとしていることは、民藝運動の文脈の上にあって、なかんずくこれを少しでも更新していこうという方向で進んでいくのが、今のところ正解に近いと思った。

過去に学び、これを内包した上で、現実に価値あるものとして昇華する。地域に根ざしたものづくり。インターネットの時代には、素材産地優位なオープンソースの民藝的ものづくりがピタリをハマる。なんとなく見えてきた。

が、たいへん長く困難な未知(道)のような気もする。

-----(以下、抜書き)-----

p.49-50
なぜ「民」の文字が出てくるのか。かつて熊倉功夫先生の講演でうかがった話ですが、明治末とは、横山源之助『日本の下層社会』(1899年)に記されたような「病んだ都市」、つまり都市部でのスラム化、貧困、さらには貧富の格差が是正されない状況が問題視され、それに対し、理想的な田園風景として農村や地方を再評価し、海外の目に頼ることなく地域それ俺の土着的な文化を自らの力で評価しなおそう、「日本」のあるべき姿を自分たちの手で実現しよう、という動きが起こり始めた時期でした。この状況、今と意外と変わらないんですよ。

で、日本再評価の試みのあらわれが、たとえば1910年に出版された柳田國男の『遠野物語』であり、1918年に武者小路実篤が宮崎県に拓いた理想郷的な農村「新しき村」であり、1921年に始まった渋沢敬三のプライベートミュージアム「アチック・ミューゼアム」であり、柳たちの民藝運動で...

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2020年11月19日

読書状況 読み終わった [2020年11月19日]

斎藤氏はほぼ僕と同世代、マルクスにまつわる経済思想研究で成果を積み重ねて大阪市立大准教授就任、ということでいろいろなところで名前は目にしていたが、本書が売れに売れ、坂本龍一や松岡正剛が帯文で激勝、ということでミーハー心で読んでみた。

同世代ということで問題認識も似ており、論旨に共感はする。共感はする……だが、拍子抜けするほどに内容があんまりないような……?

新書というフォーマットなので、現場での実践的な理論書ではなくて広く一般読者を啓蒙するもの、という位置付けがあるのか、いわゆる僕たちミレニアル世代の世代間ではおよそ(たぶん教育によって)共有されているであろう環境破壊への危機意識を、「マルクスも実はこう言っていた」というふうに巨人を依代に使いながら、最近のテクノロジーの進歩に依拠した楽観論を「めっ!」と否定しつつ、コミュニティ礼讃の脱成長だ!と言うものの、現場の具体的な論は紙幅の関係上、全然ない。

資本主義を更新していくためのコミュニティの復権というアプローチは、都市計画や建築による場づくりなど、さまざまな分野から試みられており、いまさらイタコとしてマルクス大先生を召喚して、大上段の社会システムの改変イデオロギーを打ち立てなくでも、社会は動いている。

なにやらマルクス経済学界隈の人が、彼らが経済思想学の分野で復活するための突破口、いわば“若手ロックスター”としてまつりあげている感じなのかな? 神輿に乗っているからか、地に足がついていない感じが否めない。

イデオロギー、思想というのはやっぱりなんらか実践を伴う、または実践に結びつけた論じゃないと厳しいのではないかも。よくも悪くもSNSの時代の運動体は短文ポピュリズム的な側面があるので、かつてのようなエリートの引っ張る高等な革命論のようなものでは市民は動けない。

現実的なことをいえば、現行制度を汗かいてハックして、それを乗り越えていくことを各自が積み上げていくしかない、ということが少なくともはっきりしている以上、なんとなく提案全体が上滑りしている。

卒論、修論でありそうな自説はほどほどに、それを裏付けとなる引用をこれでもかと散りばめた思考実験を伴う形而上論をえいやと新書にねじ込んで、「若い」ということをウリに、ガンガン版元が販促したら案の定連戦連敗のリベラル層の自尊心をくすぐる左翼ホイホイとして機能してヒットしたぜ、的な感じ。

例えるなら全然荒削りだけど、ガレージロックリバイバルで的に銘打ってレーベルがもうプッシュしたらなんかすげーヒットしたArcticMonkeys みたいな。いいとは思うけど、買いかぶられすぎでは……。

同世代なので応援はしたいのだが、もっと現実的な実践の場に降りてきて欲しいなぁ、と思いました。啓蒙はもっと上の世代に任せて、ガンガン動くほうがおもしろいのに。

次回作に期待。僕にとっては刺さらなかったですが、コモンズとして環境倫理思想を持ってない世代の人にはおもしろいのかもしれません。

2020年11月7日

読書状況 読み終わった [2020年11月7日]

楽しく読んだが、当たり前(?)なのかもしれないけれど、基本的には全編通して女性の読者を想定して書いてある。

 「いりこと玉ねぎの旨みの組み合わせは、好きな男性が多くおすすめです」(p.191)

など、おじさんにとっても「あー、そうそう」というリアルな記述が多く、とても誠実な書きぶりが信頼できる感じがした。台所に立つのがおっくうになったときに取り出すと力になってくれそう。

なんでもいいから、自分の頭で考えて、身体を動かして、なにかを作ることが、人間性を回復するための唯一の手段なのだとして。「台所」とは、いちばん最初に還るべき場所なのだろう。

当たり前のことだが、大切なのは健康的な食事のサイクルを守り、体温を一定程度高く保って免疫を維持すること。健康な内臓となめらなかな血流、柔らかい筋肉が健やかな日々を支え、精神の安定性を保ち、周囲の人びとを含めた幸福にもつながるのだろう、ということ。

当たり前のことを守り続けることが案外難しいのは、キャッチコピーとバズワードを肩書きに生きている、“自称・時代の寵児”が多すぎるからなのではないかなー、と本書と関係ないところで思ったりするこの頃。

めぐりめぐって、やっぱり誰か他者のために価値作り続ける試みだけが尊いのでは。そんな気持ちが強くなった。

2020年10月17日

読書状況 読み終わった [2020年10月17日]

これはタイトルのつけ方がよくないなぁ、と。単なるオルタナ系の自己啓発本に見えてしまって、本質が見えない。

昔からグレイトフル・デッドが好きで、京都六角の中古CDショップPoco a Pocoで「Live Dead」を買ってから、ずっと聞いている。Dark StarやTurn o Your Lovelightのプレイは、世紀に残る名演だと思う。

一般的なグレイトフル・デッドのパブリックイメージは「ヒッピーコミューンから生まれた、ドラッギーで自由なジャムバンド」という感じのような気がするが、その実態はそれほどシンプルではない。

音楽で生活するということは、とてつもない自己鍛錬をを要求する、という基本的な事実は彼らにとっても例外ではなく、社会的なイメージとは一線を画して、彼らは音楽をつくるという事柄にたいして、すこぶる勤勉だった。



自分はこれをやるのだときめたこと、見つけたことをやりつづけることによって飲み、ジェリーの言う「新たな空間」つまり「もうひとつの生き方」が、単なる夢ではなく、自分の日常をとりまく現実のものとなっていく。

ハイとは、理想の社会を自分の生活から作っていこうとすることなのだ。

ジェリーは、自分の好きなこととして音楽をやっていくということは、ただ自分たちだけで楽しんでやってればそれでいいということではない。

その日々は、すさまじい自己訓練を自らに課す日々なのだ。音楽ではなくても、なんであっても必ずそうだ。

p.234



そしてその上で、彼らにとって「音楽」はあくまで手段であって「よく生きるとはなにか」という問いを社会に投げかけることが目的だった。その根幹が見えていないと、単なる古風なロックンロール・バンドに見えてしまう。

時代によって、合法/違法の線引きは変わるし、あるときは意味合いは異なる。ドラッグ、ヒッピーカルチャーの外套を取り去った後に残る本質的な彼らのメッセージは「エゴや自己愛を相対化することで“生きる(死ぬ)恐怖”を克服し、人と人とのコミュニケーションからネガティブな抑圧を取り除くように相互努力を促すこと。競争ではなく“共生”の旗の下で、『ポジティブな社会を一人ひとりが形づくる』という意識を芽生えさせること」だということが読み取れる。

エゴや自己愛が、対等でポジティブなコミュニケーションを阻害するのはいつの時代も同じだ。そういったものは、まさに今、自分のまわりでも溢れている。

そこに「まだなにものでもない」という無知の知覚がなければ、他人に対して謙虚になれないし、変なプライドがコミュニケーションを硬直化させる。これは世代は関係ない。世界は無常であり、私たちは全体ではなく部分であるという意識を持って、状況に対してフラットであること。これは特に歳をとればとるほど、難しくなる(が、実践している人もたくさんいる)。



自分はなにものでもないんだ、自分たちはなにものでもないんだ、という自覚みたいなものが、ぼくたちグレートフル・デッドの間では、共通の基盤になっている。なにものでもないからこそ、そこからなんだって作っていけるのだ、という考え方が出てくる。

p.176



たとえばこような「無常感」は、日本でいえば吉田兼好とか松尾芭蕉、あるいは各時代の仏教の高僧にも通じるような普遍的な思想であり、人間意識の変性による社会改良を目指す、同時代の、あるいはこれまでのあらゆるロックンロールバンドとは違った意味を含んだ集団だ。だから、これほどまでに熱狂的に受け入れられてきたのだろう。

なんとなく「サイケ」とか「宇宙」などトリッピーな用語で形容されるので、現代的にはキワモノ感が出てくるが、思想の中心には至極真っ当な主張が...

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2020年7月10日

読書状況 読み終わった [2020年7月10日]

私たちを取り巻くテクノロジーの変化によって、私たちの「時間」の捉え方は明らかに変容している、という話。

印象的なエピソードとして挙げられているのは、スピーカーから流れてきた70年台のプログレッシブロックについて父が「当時はこういった音楽も、受け入れられるのに時間がかかったんだ」というと、小さな娘が「ということは、この曲は古いの?」と問いかける一幕。

あるいは、永遠に残り続けるネット空間に残されたデジタルフットプリント。データは古びることなく、その人の思考の変遷や社会的立場、あるいは犯罪歴に至るまで忘却が許されない。

「古い」「過去」という価値観や体験は、すでにある種のあざとさを持ったUI/UXとして提示されないと、気づかれないし体験されない価値になってきた。私たちはノイズ(時代性)の取り除かれたデジタルコンテンツを、まるで池から水をすくいとって飲むように消費するようになったので。

はたして一方向に進んでいく、線形の時間軸のモデルをこれからも持ち続けていくことができるのか?あるいは持ち続けていく必要があるのか?という問いと、時代の連続性が希薄になっていく中で、私たちは自己同一性を、あるいは生きている意味をどうやって担保するのか。あるいはそれを担保する必要があるのか?という問い。

いずれも答えることはとても難しいのだが、変容していく人間の意識と社会を俯瞰して捉えておくことは、単純におもしろい。決して全ては同じ場所にあり続けるわけではない。

禅問答のような本。でも僕はこういう「答えがなくてもいいという答え」にふれることで、結構安心できる。

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「私たちは自分の自己意識をとても大切なものと考えていて、自己意識こそが自分をコントロールし、身体の行動や脳の思考に命令を下しているのだと考えています。しかしオートポイエーシス的な視座で人間の心を捉えると、心のシステムは作動することによって初めて自己意識が生み出されているのです。つまり主体は自己意識ではなく、意識や思考、行動などを生みだしている脳の神経細胞のシステムそのものであるということ。

つまり、私たちの自己意識が主体なのではありません。思考が思考を、思考が行動を、行動が思考を、あるいは思考が自己意識を、行動が自己意識を、とさまざまな要素を生み出し続けるその「過程」のシステムこそが、私たちの主体であり、人間の本質だと言い換えることができるでしょう」p.410

「アニメ『GOHST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の続編『イノセンス』。この映画の終わり近くで、主人公草薙素子はブッダの言葉を口にします。

「孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく、林の中を象のように」

もしよい同伴者が作ることができなかったら、一人で歩いた方がいい。愚かな人を道連れにするくらいなら、森林に歩みを進めているゾウのように孤独に歩く方がいい。しかし彼女はそうやって孤独への決意を口にしながらも、懐かしい同僚バトーにこう伝えるのです。

「バトー、忘れないで。あなたがネットにアクセスするとき、私は必ずあなたのそばにいる」

森林の中を孤独に歩くゾウであっても、そのゾウは一人ではない。そこには孤独な道を歩くものたちの親密さがあり、ひっそりとともに歩いて行こうという共感があるのです」p.430

時間とテクノロジー

2020年10月17日

読書状況 読み終わった [2020年10月17日]
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